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今日から変わってゆく、愛されたいわたしの話

「ずっと、あなたのことをパートナーとして見れなかった」

付き合ってもうすぐ2年の彼が、電話口でそう言った。
わたしは、その言葉をどこか他人事のように、眺めるように、聞いていた。ショックを受けないように、自分を目一杯に防御していたのだ。

彼とは、もうすぐ結婚すると思っていた。

ちょうど1年前、「いつごろ結婚したいと思ってる?」と聞いてくれたのは彼だった。仄暗い彼の部屋、夜の始まりの空気のなかで。わたしはその問いに驚き、照れて、思わず涙がこぼれてしまったのを覚えてる。

「結婚するなら彼がいい。絶対に彼しかいない」と、わたしが思うようになったのは、彼からその問いをもらう少し前のことで。きっと年齢的なこともあったけれど、でも、心の底からそう思っていた。

だから、わたしはその問いに、迷いなく応えた。
「いつでもいい。なるべく早いといいな。」
すると彼は、「俺も」と応えて、やっぱり照れたように笑った。

「え、じゃあ、結婚する……?」
堪らなくなってそう聞いたのはわたしだ。
「それってプロポー……?」彼は笑い、「ちょっと待って。それは俺から言わせて」とわたしの髪を撫でた。

わたしは、あまりの幸せに胸が甘く苦しくなった。大好きな人と、もうすぐ一緒になれる。新幹線で片道4時間の遠距離恋愛も終わり。寂しい「またね」も不要になるのだ。そして、少し経ったらきっと子どもが生まれて、わたしの一番の夢であった「大家族をつくること」に、年々近づいていくのだ。

よくある、「いつプロポーズしてくれるの?」「わたしと結婚する気あるのかな」なんていう、じれったい問題もない。駆け引きも、焦りや不安も必要ない。なんてなめらかで、理想的な展開だろう。嬉しかった。安心した。

そしてそのまま、本当にそのまんま、1年が経った。

あの夜の記憶も、言葉や表情も、本当は自分が都合よく作り出した幻想なんじゃないかとさえ思う。抱いた安心がひっくり返るように、この1年間、わたしたちは幾度となく衝突を繰り返してしまったのだ。

いつ結婚する? ねえ、いつ一緒に住む?

待てど暮らせどプロポーズのプの字も出ない彼に対して、早々に痺れを切らしたわたしは、そんな問いを何度も彼に投げた。軽々しくじゃない。俗に言う「重たい彼女」になること覚悟で、それでも彼を信じて、話し合いの時間をつくろうとした。でも、いつだって欲しい言葉は貰えず、わたしは泣いたり怒ったりした。記念日も、誕生日も、クリスマスも、お正月も、楽しい思い出は沢山できたけど、だけど結婚の話が先に進むことはなかった。

彼を信じているからこそ、彼に期待していたつもりだった。でも、思えばずっと、彼を疑っていたのだろう。

そして、わたしは問い疲れた。きっと、いや間違いなく、彼も疲れ果てた。

そんな矢先に、冒頭の衝撃的な一言をもらったのだ。

「ずっと、あなたのことをパートナーとして見れなかった。支え合う関係というよりも、俺が支えなければならないと思っていた。あなたは自分に自信がなくて、落ち込んだり絶望したりすることが多くて、見ている俺はしんどかった。もう無理かもしれないと思ったことが何度もあった」

彼の声は淡々としていて、あぁこれは、嘘だよね、別れ話なの? わたしはぼんやりとした頭で、彼の話を静かに聞いていた。

「2人のことを考える段階には、まだ至っていないと、ずっと思っていた。同棲も結婚も、今のままではできない。俺に寄り掛かるだけではなく、あなたはあなたの感情や思考を受け入れ、あなたの人生と、もっと向き合ってほしい。」

彼の声はやはり淡々と、でも、いつもと変わない優しさをはらんでいることに気づいた。わたしを傷つける気持ちなんか微塵もない、清らかでシンプルな想いで、わたしに語りかけている。それを感じたから、わたしも少しずつ防御を解いて、なるべくシンプルな心で、彼の言葉に耳を傾けた。

「だから、俺は変わることにする。あなたに、もっと伝える。俺がなにを思ってるか、なにがしんどいのか、これからは全部伝えるよ。今まで、あなたが変わるのはあなたのペースでいいと思って、伝えられていなかったことがたくさんあるんだ。でも、これからはあなたの変化をただ待つのではなく、伝え続けることにする。これからも2人で一緒にいるために。」

2人で一緒にいるために。
その言葉を頭の中で反芻して、涙がほろりと零れ落ちた。

「別れることもできるけど、でも別れたくないと思った。一緒にいたい。だから俺が変わる。自分の気持ちを伝えるのって苦手だけど、でも、俺も頑張ろうと思ったんだよ。こんな気持ちにしてくれるあなたは、すごいよ。」

彼は明るくそう言って、ちょっと励ますように笑った。

わたしは自分の勘違いに、ゆっくりと気づいた。

彼が結婚してくれないのは、彼のせいだと思っていた。彼が、仕事や家族との折り合いをつけられなくて、時期を先延ばしにしているのだと思っていた。だから彼を問い詰めたし、責めていた。「わたしは準備できてるよ」とアピールし続けていた。

でも、彼が結婚してくれないのは、わたしの状態が、まだ準備できていなかったからだった。

わたしは彼の言う通り、自分に自信がなくて、自己嫌悪して泣いたり、誰かと比較して落ち込んだりしてばかりだった。そんな不完全な状態で、ただ彼からの愛を求めて、彼に愛されている時にようやく満たされる感覚がした。わたしは彼がいないと不完全なままだった。彼に期待して、期待が外れるとがっかりした。自分がいないと不完全な相手と生活を共にすることは、確かに不安で、プレッシャーに違いない。それはだって、彼に依存しているということだから。

わたしはまだ、誰かを愛するための土台ができていないのだ。誰かを愛するために、自分を愛せていないのだ。

愛することもできていないままに、愛されることばかり望んでいた。

それに気づいたとき、これまでの自分の言動・行動を、なんて自己本位だったのだと情けなく思った。私は彼を問い詰めていたけれど、彼がわたしに「変わってくれよ」と問い詰めたことは一度もなかったのだ。

「ありがとう。伝えてくれて本当にありがとう。わたしも今日から変わりたい。自分に自信を持ちたいし、本当の意味であなたを愛したい。一緒に、わたしが変わるのを、見守っていてもらえる……?」

彼は笑って、一緒に頑張ろうな!と言った。

わたしたちがいつか結婚できるのか、まだ分からない。わたしが変われずに、もしくは彼が変われずに、どちらかがしんどさを溜め込んで別れたいと言うかもしれない。でも、それでも今すぐに結婚するよりも、愛し方を学んでから、2人の未来をつくりたい。今日から変わっていこう。今日から向き合ってみよう。考えてみよう。まずは自分のことから。

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