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これまで、身の回りに困ったことの無い大切な友人について

とある大切な友人のことばを、今でも時折思い出す。

あれは大学4年生のとき。同じゼミに所属していたわたしたちは、卒業論文のテーマを決めたばかりだった。

その日も、わたしたちはいつものように隣の席に座って、お互いのテーマについて話していた。彼女はわたしのテーマを聞くと、笑いながら「やっぱりすごいな、いいなぁ」と言った。

わたしは社会に対して日頃から感じていた問題をテーマを選んだ。心から解決したいと考えていたことだった。そしてそれはゼミ内では異例のテーマで、これまで誰も、類似したものすら選んだことはないと教授が驚いたくらいだった。

一方、彼女がテーマに選んだのは、毎年誰かしらが選びそうな、よくあるテーマだった。たしか、「女性の社会進出について」とか。実際、10人ほどの同期の中でさえ、似たようなテーマを提示した人が何名もいた。

「わたしね、まだ出会っていないんだと思うんだよね」

「なにに?」

「なにか、自分を突き動かしてくれるくらいの、負のできごとに。」

彼女は真面目な顔で続けた。

「大きな挫折とか、取返しのつかない後悔とか。罪とか。傷とか。悲しみとか。経験したことないんだよね。だから、強く変えたい社会とかないの。課題を自分ごとに捉えられないの。まだ、出会ってないの」

言葉の裏に、「あなたとは違うの」と聞こえた。数年前に父を亡くしてから、人生が変わってしまったわたしを彼女は知っていた。決して嫌な響きではなかった。彼女が誰よりも純粋で、優しくて、人想いなことを知っていたから。

「それだけ、幸せなことなんだけれどね」

彼女は少し憂いたように言ったが、その幸せが失われることを望んでいるわけではもちろんなかった。わたしもまた、彼女の幸福を知っていた。

わたしはその話を聞いて、なんて言葉を返したのだろう。

思い出せないのに、時折ふと考えてしまう。

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