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大森渚として考えたこと

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地味な父が「素晴らしい人生」を送った理由

地味な父が「素晴らしい人生」を送った理由

美しく華やかな母と比べて、私の父は地味だった。

決して美男ではなかったし、小柄で口下手だった。

中堅の化学会社の研究員だった父は、母との初めてのデートに自分が研究している薬品の試験管を持ってきた。

夜遅くまで仕事をして帰ってくる父からは、いつも何かの化学薬品の匂いがした。

しかし、地味な外見に反して、父は人生に成功した。決して派手ではないけれど、昭和時代の典型的な成功とも言える人生だった。

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大森渚の自己紹介(2019.7.17更新)

大森渚の自己紹介(2019.7.17更新)

はじめにこちらのnoteでは、販売促進コンサルタントとアパレルの2つの事業を掛け持ちする私が、日々の仕事や生活の中で気づいたことを書いていきます。映画・アートネタも多めです。

▶︎私がコンサルと服屋を掛け持ちする理由

▶︎アパレルブランド立ち上げによる、本業へのちょっといい影響

プロモーションの仕事プロモーションと制作の会社、株式会社オージュ・コンサルティングを経営しています。もともとは

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コンサルタントの私がアパレルブランドを立ち上げるまで

コンサルタントの私がアパレルブランドを立ち上げるまで

はじめにこんにちは。大森渚と言います。

コンサルティング会社を経営しながら、西アフリカの国・ガーナの生地を使ったアパレルブランドの運営をしています。

女性向けの通信販売会社で商品企画やWebディレクターとして勤務した後、8年前、コンサルティングの資格取得とともに、販売促進専門のコンサルティング会社を立ち上げました。

そんな私が、なぜアパレルブランドの立ち上げを決めたのか、どのような想いで運営

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おしゃれは人の意識も、時代も変える

おしゃれは人の意識も、時代も変える

池袋を歩いていた時のこと。明るい色の服を着てにこやかに談笑している女性たちがいた。

綺麗な人たちだな、と横目で見ていたら、スクールバスが止まった。

特別支援学校のバス。これまた可愛いメガネの女の子がニコニコと車椅子でバスから降りてきた。

一人のお母さんが「また明日」とお辞儀して、女の子と一緒に帰って行った。

そんな様子を微笑ましく眺めながら、時代は変わったと思った。

私が子どもの頃、ウン

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首里城の「台所」から

首里城の「台所」から

首里城に行きました。

ご存知の通り、首里城はかつて日本の南西諸島にあった琉球王国の王城で、1879年に明治政府の沖縄県設置により国王が追放され、1945年の沖縄戦により消失しています。

その後、1992年に正殿等が復元され、2000年には「首里城趾」として世界遺産登録、その後も2014年の黄金御殿・寄満・近習詰所・奥書院、今年2月の御内原など、復元工事と一般公開が進んでいます。

私が一度訪れ

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おかあさん

おかあさん

夜中まで勉強していた時、
「無理しないで」
と言った。

大事な仕事を任された時も、
「無理しないで」
と言った。

そんな言葉に甘えてはダメだと
自分に言い聞かせてきたけれど。

ひとりだちし、
昼も夜も仕事に明け暮れ、
心と体の限界を感じ始めた私に
はじめてあなたは
「死なないで」
と言った。

仕事をする私
結果を出す私
お金を稼ぐ私

そればかりを自分に求め、
求められ

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オジサン社会の鋳型の中で「やめない」アピールをしてしまうことについて

オジサン社会の鋳型の中で「やめない」アピールをしてしまうことについて

もう17年も前になるのだけど。

就職氷河期だった。
何十社もエントリーシートで落とされる時代。
「お祈りメール」をいくつもらっただろう。
一緒に面接に行っていた友人は、おかしな自己啓発セミナーにはまり疎遠になった。

あれは東横線だったっけ。
リクルートスーツで SPIの参考書を読んでいた。
その時、隣にいたオジサンに言われたんだ。
「女がいいところに就職しても無駄なんだよ。すぐやめるんだから」

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