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ショートストーリー | 私たちは金星を片手に
人は多ければ多いほど、無色透明になる。
そう気付いたのは、つい最近のことだ。
「ふっ、なんか哲学の先生みたいだね」
初めて食事をしたとき、柊さんにそう言われた。
普段考えていることは、気を抜くと口をついて出るものなのだろう。
「あっ、ごめんなさい……私つい」
「いや、いいんだよ」
パスタを水で流し込んで、こっそりと彼を盗み見た。その表情には一切の曇りもなくて、ほっと胸を撫で下ろす。
そんな
[ショートストーリー] 鍵
『鍵を、鍵穴に差し込む瞬間が好きなんだ』
夫は何の前触れもなく、そう言った。
『ズズッ、てさ。こう、伝わるかな』
「それは感触が好きってこと?」
水色が紫に変わり、夕方が夜になる。
その境目の空を、私は夫の沈黙を待ちながら眺めていた。
夜が近付いている。
『好きな理由は、うまく言えないけど』
「うん」
『自分は自分のままでいいって、思えるからかな』
感触より、気持ちの問題。
捻り出してくれ
[ショートストーリー ] 夏祭りとヨーヨー
「下手くそぉ」
急に頭上から振ってきた声に驚いて、もう少しで釣れそうだった赤いヨーヨーを落とした。
ビニールプールの水面が、ぐわん、ぐわんと大きく揺れる。
「なんか、ふっ。しけた顔してんね」
顔を上げると、幼馴染みの啓太が立っていた。
「暇なの? そんな顔してると客逃げるよ」
「別に好きで店番してる訳じゃないもん」
まったく、啓太は昔から余計な一言が多い。
「それにしても町内会の夏祭り、懐かし
回顧 (ショートストーリー)
ビルの屋上から見える景色は、遮るものが多すぎる。
無機質で大きいくせに、どこか頼りないこの街に、君はいない。
グレーの街並みに僕まで溶けてしまうような気がして、深いため息をひとつ吐いた。
「元気?」
携帯を開いて、ついさっき君から届いたシンプルなメッセージに目を落とす。
徐々に減っていく共通点が、会えない時間の長さを否応なしに感じさせて、胸が詰まりそうになる。
お互い意地を張るように、ぽつりぽつ