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[ショートストーリー ] 夏祭りとヨーヨー

「下手くそぉ」
急に頭上から振ってきた声に驚いて、もう少しで釣れそうだった赤いヨーヨーを落とした。
ビニールプールの水面が、ぐわん、ぐわんと大きく揺れる。

「なんか、ふっ。しけた顔してんね」
顔を上げると、幼馴染みの啓太が立っていた。
「暇なの? そんな顔してると客逃げるよ」
「別に好きで店番してる訳じゃないもん」
まったく、啓太は昔から余計な一言が多い。

「それにしても町内会の夏祭り、懐かしいなあ。俺らが子供ん頃はもっと賑やかだった気がするけど」
彼はそう言って、私に100円玉を1枚手渡した。
私は引き換えに、釣り竿を渡してやる。
「お前、相変わらずヨーヨー釣り下手だね」
「もう少しで釣れそうだったのに、啓太が急に話しかけるからでしょ」
啓太は呆れたように笑うと、プールに釣り糸を垂らした。

「誰か知ってる奴いた?」
「うん。中学卒業してから全然会ってなかった子達とも、10年振りくらいに話した」
「へえ。嬉しくないの?」
「そんなこと、ないけど」
「ふうん。まあどうせ、仕事頑張ってるとか、結婚したとか、そういう近況報告聞いたんでしょ」
啓太に軽く言い当てられて、私は返す言葉を見失う。

水に浮いているヨーヨーが、まるで自分のように見えた。
やりたい事もなく、ただプカプカと生きている。
とりあえず大学に行き、何となく入社した会社は肌に合わず、アルバイトを掛け持ちする日々。
趣味無し、金無し。新しい恋の予感も、全く無し。

下手くそぉ。
さっき聞いた啓太の声が、頭の中に響く。
下手くそぉ。私は、生きるのが下手くそぉ。

「まあ、さ」
急に啓太が口を開いたので、私は反射的に顔を上げる。
「同じ年に生まれて、同じ場所に生まれて。スタート位置は同じだったはずのに、10年経てば、違う場所に立ってる。それって当たり前だけど、ちょっと不思議だよなあ。俺、どっかで道間違えたのかなとか、皆より遅れてんのかなって、たまに思ったり」
見かけによらず、啓太も寝苦しい夜、そんなことを1人で考えるのか。
ぼうっとしていたら、啓太が「よっしゃ」と小さく呟いた。

「これ、やる」
私がその大きい手からヨーヨーを受け取ろうとした時、
「でも、いいよな。 別に、俺らは俺らのペースで」
啓太が何となく発したその言葉に、なぜか力が抜けて、ピシャン、と赤いヨーヨーがプールに落ちた。

「あ!俺の100円」
その時啓太の発した声がすごく必死で、面白くて、私は吹き出した。
「何が面白いんだよ」
啓太の笑顔につられて、更に笑った。
何だか、こんなに笑ったのは久しぶりだ。
そう思ったら嬉しさだとか、寂しさだとか、色々な感情が堰を切ったように溢れ出てきて、仕方なくなった。

「ありがとう」
私は呟いて、啓太にバレないようにそっと、目尻を拭った。

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