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[ショートストーリー] 7日間の夏

【0日目】

羽化前夜。
やっと始まりで、もう終わり。
空にぽっかりと浮かぶ、丸い月を見上げながら思う。

どう 生きていこうか。
暗い部屋の中でずっと考えていたけれど、やっぱり僕は、孤独の中で自分と向き合いながら生きられる質ではないようだ。
あたたかさを知りたい。
そのためにできることは、ただ一つ。
来る明日を静かに待ちながら、目を閉じた。


【1日目】

人通りの多い駅前。
降り注ぐ日差しが、痛いくらいに暑い。
眩しい。
肩慣らしに、少しだけ声を出してみたら意外と通る声が出て、ちょっと感動した。
始まりの一歩、終わりの一歩。
僕は世界に向かって声を上げる。

誰か、僕はここにいる。


【2日目】

今日も茹だるような暑さの中、引き続き。
僕の歌声に、少しだけチラッと見てくれた誰かがいた
気がしたけれど、勘違いか。

歌い方も歌詞も、自己流すぎてこれで合っているのか分からない。いや、きっと正解なんてない。手探りでやっていくしかないんだろう。
遠くから同じような誰かの歌声が聞こえて、僕も負けじと腹に力を込めた。


【3日目】

この間から、胸に響く歌声が聞こえる。
僕は、ここにいるよ。
そう私を呼んでいるような気がした。
自意識過剰? いやそんなこと。
昨日、すぐに目を逸らしてしまったのは、
目に見えない何かに背中を押されて、ずっと止まっていた時間が動き出してしまう。
そんな確かな感覚があったから。
人生が前に進む時は、往々にして少し怖い。


【4日目】

「あなたは何日目ですか?」
まず男性にはそう聞きなさい、と昔母親に言われた。
収入、学歴、趣味。
そんなものより、何日目か。
それを聞かないと、あなたが悲しむんだからね。
母親が何度もそう繰り返す。
でも私は、そんなことないと思う。
愛があればそんなこと。

今日も、いつもの場所に彼がいた。
私は遠くから見つめているばかり。
大丈夫、聞こえてる。
そう教えてあげたいのに、喉に気持ちだけが詰まって声が出ない。


【5日目】

通りすがりに「うるさい」と言われた。
僕の焦りがノイズになって、名も知らぬ誰かの耳をいたずらに刺激したんだろう。
ただ1人に出会いたい。
世界に僕が存在していること。それを証明してくれるたった1人に。
ただそれだけなのに、ずっと暗い世界でじっとしていた僕には、それが難しい。
何だか、頭が痛くなってきた。


【6日目】

「僕は、6日目」
彼がフッ、と笑う。
照れているんじゃなくて、自虐するように。
そしたら女性が離れていった。
まあ、仕方ないよな。
そんな顔をして彼はまた歌う。



今日も体の調子が悪い。
自分もいよいよだということを悟る。
歌を止め、その代わりにはあ、とため息をひとつ。
こんなことなら、静かに生きていればよかった。
そんな考えが頭をよぎる。
けれど、そんなことを考えていても何かが変わる訳ではない。
断崖絶壁の端はもうすぐそこにある。
止まれない。

やっぱり僕は歌うしかなくて、ぼんやりする頭でただ声を出す。歌詞すらあやふやになってきた。
でも、ああやっぱり。あの子は今日も。



【7日目】

僕は必死に声を張り上げる。
うるさいと言われても構わない。
ここで終わるくらいなら。
足元がふらつく。今日がぼくの限界。
目眩でチカチカした視界の隅に、足を止めた誰かが映る。
やっと来てくれた。
僕は心臓で感じる。

「何日目……」
ああ、やっぱりそこはお決まりのね。
僕はもう7日目だ、と言おうとしたら、
「……でもいいの」
「え?」
「何日目でもいいの。私、ずっと、その……」
口ごもる彼女に僕は笑いかけた、
つもりだったけど、上手く口角が上がらない。

「緊張しちゃって」
「ううん。いいんだよ、ゆっくりで」
嘘。時間が無いことなんて、自分が一番よく分かっているのに、不意にそんな言葉がついて出る。
「私、ずっと…… あなたの声、聞こえてました。耳に絡まって…… 離れなかった」
そう言う彼女もまた、上手く笑えていない。
きっと、一緒にいられる時間が儚く短いことを、わかっているからだろう。僕の足が1歩下がる。
「本当にいいの。僕はもう7日目のセミだよ」
へなへな笑って言ったら、彼女は躊躇わず首を縦に振って応えてくれた。

ああ。あるんだ、こんな僕にも。
ゆっくりと彼女を抱きしめたら、安心感からか足の力が抜けた。
「だ、大丈夫?」
「あ、ああ」
体重をほぼ彼女に預けている今の僕、最高にカッコ悪い。だけど。
もう少し、あとほんの少しだけでいい。
このままで、いさせてくれ。

僕は遠くなりそうな意識をぐっと堪え、運命の出会いを命の限り抱きしめた。





***


どうしてセミは鳴くんだろう。

ふとそう思ってGoogle先生に聞いたら、
オスがメスを惹きつけるためだ、という答えが返ってきた。

私は、鳴かなければ体力を温存できて、一週間といわず、二週間でも生きられるのではないかと思ったけれど(実際には、一ヶ月生きるセミもいるらしい)、7~10年、土の中で幼虫として静かに過ごして、さらにその上家族も友達もいない地上で一人で生きていくには、二週間(仮)という時間はあまりにも長いし、茹だるような暑さと、孤独の冷たさの寒暖差で、逆に寿命が縮みそうだな、と思った。

だから、鳴く。
命を削って、ひと夏の、いや一生の運命を探す
「ジリリリ」
もしもセミ達にも、男女の駆け引きがあるのなら、私たちの見ている彼らはほんの一部でしかないなと思った。

命懸けの恋……
うーん、きっと彼らはそこまで考えていないんだろうなあ (とほほ)。


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