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l Love You and Yours【お気に入り保存箱】

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また読み直したいものを勝手に放り込んでゆくところです。 勝手に入れますが、御容赦ください。
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#小説

【掌編】ウィル・オ・ウィスプ

【掌編】ウィル・オ・ウィスプ

己の呼吸と重たい衣擦れの音だけが、空間に響いている。もうどうれくらい此処にいるのだろう。周囲は、相も変わらず闇に支配されている。冷え切った床と壁は、あらゆる生命の営みを拒絶しているかのようだ。

私は罪を犯したとされた。家族や恋人、私にとって大切な人々の誰一人として減刑を嘆願しないのは、私の罪が王の怒りに触れるものだったからであろう。

しかし、である。私はただ一言、こう詠っただけだ。

――光こ

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岩崎さんの居る世界

岩崎さんの居る世界

Wi-Fiの調子が悪いのか、パソコンに表示されたZoomの画面が固まってしまった。いつもなら、焦ってしまうのだけれど、その時はあまり焦らなかった。我が家のWi-Fi回線は二つあるので、違う回線に切り替えてZoomに接続し直した。なんとか上手く切り抜けた。

Zoom上に集まったメンバーで、各々が書いた文章を読み合って感想を述べ合うことをした。テーマを決めずに即興で書くのは久しぶりで、どう書けば良い

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【掌編小説】雪の日のプレゼント

【掌編小説】雪の日のプレゼント

「参ったなあ。今日と明日は、大変な大雪なのかぁ」
 数年前の冬の日のことだだ。その日、台所で皿を洗いながら傍らに置いたスマートフォンで天気予報を見ていたわたしは、心の中でつぶやいていたた。その言葉はとても口には出せなかった。わたしの腰にしがみついている二人の子供に、聞かせたくなかったからだ。
「ねぇ、ママ。今日はクリスマスイブだね」
「クリクマシブだよねぇ」
「ケーキ食べるよね」
「キチン食べるよ

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映画と珈琲

映画と珈琲

はじめての場所で珈琲を飲んだ。ホテルの中にある珈琲店だった。奥まった場所にある珈琲専用のカウンターでハンドドリップ珈琲を注文した。財布のなかから探し出した500円硬貨をレジの女性に渡した。

白いトレーナーを着た若い男がドリップケトルを慎重に傾けて珈琲を抽出した。白いトレーナーの男はコーヒーサーバーを軽く回してからマグカップに珈琲を注いだ。マグカップを受け取った私は席を探すためにホテルのエントラン

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〘お題de神話〙 ずっと、ここにいて

〘お題de神話〙 ずっと、ここにいて

 
 
 
『永の別れにしたくなかったのだ』



 その村を訪れたのは先祖の供養をするためだった。調べてみたいことがあり、この機会にと両親の代わりに私が出向いたのだ。

 きっかけは数年前に亡くなった曾祖母が遺した言葉だった。

『お前の姉ちゃんは童神になったんよ』

 私には姉はおらず、意味する所は両親にもわからなかった。当時存命だった祖父にすら。
 だが、最期までしっかりしていた曾祖母の言

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小説 「さよなら、ナポリタン」

小説 「さよなら、ナポリタン」

【1日目】

①麺とタマネギとピーマンをあれする。

②フライパンで①のあれをあれする。

③ケチャップを〈ナポリタンの色〉になるまで入れ続ける。

④「これはナポリタンだ」と感じたら成功。

⑤ナポリタンの成功を祝うため、家を飾り付けする。ナポリタンは玄関に置くのが一般的。(来客時にアレをするため)

⑥おにぎりを食べ、就寝。

【2日目】

⑦起床したらまず、玄関のナポリタンを確認する。盗難さ

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短編「かなまう物語・下」

短編「かなまう物語・下」

 ぼうぼうだった草に元気がなくなった。風が強まり、細い路地にも舞い込んでは落ち場を転がしてゆく。秋が来たのだ。

 手紙は相変わらず届けられていた。箪笥の上へ積んでいた手紙はいっぱいになって雪崩を起こしたため、男は箱を一つ用意した。押し入れにしまってあった段ボールの一つだ。最初に屑籠に投げ入れた手紙もいつの間にか拾われてそちらへ入った。手紙の封筒の色や柄はいつも様々で、段ボールの中は男の家の内で一

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短編「かなまう物語・上」

短編「かなまう物語・上」



 郵便ポストの後ろに忘れられた細い路地がある。路地に沿うのは民家の側面とか裏側で玄関を構えている家はないものだから、日中もひっそりとしている。だが近所の住人にとっては生活道路に変わりなく、知る人ぞ知る路地でもある。その路地の片隅に、男の家はあった。

 男の家は路地のぷつりと切れるぎりぎりの位置にあって、平屋で、古くて、瓦が日に焼けて薄ボケて、玄関前の草はぼうぼうと生えたら生えたままであるし

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いつか見た風景 66

いつか見た風景 66

「機密文書の中の私」

 君のミッションについて先週検討会を開いたんだ。見知らぬ男が2人、私に近づいて来てそう言った。惑星の友人がよろしくって言っていたよ。君の記憶の消失や混濁を心配してるからね。それに最近は報告の方も随分と滞っているようじゃないか。ところで我々がこうして君に会いに来た理由は当然察しがついているんだろうね。

                スコッチィ・タカオ・ヒマナンデス

 通

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水曜日の午後、喫茶白鳩にて

水曜日の午後、喫茶白鳩にて

しとしとと雨の降る夕まぐれには、決まって彼のことを思い出す。彼はこういう日にこの喫茶店に来ると、いちばん窓際の席に座って、ずっと外を見ていた。雨だれがガラスに打ちつけるのを寂しげに、しかしどこか楽しそうに眺めていた。

彼はいつも同じ文庫本を持ち歩いていた。気に入ったページにはよれよれの付箋が、青々と茂る芝生のように大量につけられていた。それでは意味がないのではと尋ねたことがあったが、彼ははにかん

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【掌編】神無月

 呼ばれたので出かけた。夜になお目を忍ぶ金木犀が、なお香る。
 徒歩七八分いった先を曲がり、なにくわぬ顔をしてアパートに入りこむ。彼の部屋の鍵は開き、明かりも落としてあるのはともかく、裸で待っているのはどうかと思うがかわいい。
 服も下着もろくに見られず自ら脱ぎ捨てて、口を塞がれながら、苦しいほど早急にからだを合わせる。
 かえり道も金木犀がまた香る。近ごろ、汗ばむと焼き菓子めいた匂いが立つ。不思

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猫をなくした男と、女

猫をなくした男と、女

今日あいつに似たやつを見かけた。
あっちもおれに興味があったみたいだ。

そう、男が女に話すのは、もう、何度目か。

男は猫をなくしている。
女には、なついてくれた、はじめての猫だった。

 一

女は友人に誘われて、男の実家にある男の部屋を訪れた。
三方に窓が開き、日なたと、趣味のこまごまとにあふれていた。
にゃあと男の飼い猫がやってきて、客人たちの足元を、くるり、くるりと一周ずつした。
終える

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いつか見た風景 65

いつか見た風景 65

「深夜の読書会」

 君のことを描いた作品があるとしよう。絵画や小説、映画だっていい。そこには、これまで君に起こったことの取るに足らない一部分が切り取られている。怒りや喜びが、憂いや焦り、迷いや決断が。誰かがほんの少しだけ心を動かされたとしようか。どうだろう、その時には、君は一体どんな気分なんだい。

                スコッチィ・タカオ・ヒマナンデス

 久しぶりにちょっと風変わり

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いつか見た風景 64

いつか見た風景 64

「ア・スライス・トゥー・ゴー・プリーズ」

 ゴッサムシティーの隣町のマトリックスタウンの大学で私が講義をしていた頃の話だよ。ニック・ボストロムの「シュミレーション仮説」を例に取って私の今の現状を紹介していたんだ。つまりさ、架空の中の住人であるところの私は架空であることに気づかないんだってね。

                 スコッチィ・タカオ・ヒマナンデス

 

 ある日の夕方、私は同僚の

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