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いつか見た風景 66

「機密文書の中の私」


 君のミッションについて先週検討会を開いたんだ。見知らぬ男が2人、私に近づいて来てそう言った。惑星の友人がよろしくって言っていたよ。君の記憶の消失や混濁を心配してるからね。それに最近は報告の方も随分と滞っているようじゃないか。ところで我々がこうして君に会いに来た理由は当然察しがついているんだろうね。

                スコッチィ・タカオ・ヒマナンデス



「君のミッションはまだ終わってないよ」


 通りでいつも誰かに見張られている気がしていたよ。私は何かの監視下に置かれているんだな。その兆候はとっくに感じでたからさ。何かこう上手く言えないけど、私の身の回りの怪しい雰囲気って奴をさ。訳の分からない現象も最近じゃ慣れっこになっちゃって、それがむしろ自然な事の様に思い始めていたところだったんだよ。そうそう「老化」なんて雑な言い方をする者もいるようだけど、実感としてはむしろ「昇華」に近い感じがしないでもないな。

 ちょっと話が脱線するけど「昇華」ってのは個体が液体を経ないで直接気体になる事なんだ。ドライアイスみたいにね。心理学的にもさ、より高次元のものへと精神を高める事なんだって。日頃の不満とか劣情とかさ、嫉妬やいかがわしい気持ちとかを。もしかしたら淡い恋心なんかも勝手に昇華しちゃうのかな。そこに何か確固たる線引きってのはあるのかな? いずれにしてもさ、体重のわずかな減少でも最近では気になってしょうがないんだよ。食欲は全く落ちてないからさ、まず疑ったのは記憶の消失だよ。つまり記憶には重さがあるんじゃないかなって。情報には質量があって、いずれはエネルギーとして活用出来るなんて話しをどこかで聞いたばかりだしね。


「気体になった私は一体どこに向かってんの? 誰か知ってる?」


「報告書の書き方を変えたって?」と、ちょっと呆れた感じで見知らぬ男たちが声を荒げている。だからさ、説明してるじゃないか、さっきから、私の身の回りに起こった事は大体このノートに書いてあるって。君たちへの報告手段をすっかり忘れちゃったからさ、どうやって連絡すればいいのか思い出せないから、それでココに公開でもしておけばそっちの方で私を見つけてくれるかなって、たぶんそう思ったんだよ、きっと私はさ、つまりそう言う事なんじゃないかな。

 だから、それで私の息子を名乗る怪しいあの男に頼んでちょこっと手伝ってもらってさ、週に一度こうして私の見聞きした事を、アレっ? そうか、そうなんだな、あの怪しい息子は君たちの仲間なんだ、やっぱりな、何だかそんな気がしてたんだよ、そうなんだろう?

 彼らの反応は思ったより薄かった。大事な何かを誤魔化しているようにも感じられたけど、何かの大事な一線を私が越えた訳でもないようだ。なるほどこんな方法も悪くはないかと彼らは言った。ただスコッチィ・タカオ・ヒマナンデスって名前は頂けないなと半笑いで私を小馬鹿にするような表情を見せた。何というか、ダジャレにしてもセンスはどうなのよって。知ったことか、人のセンスをとやかく言う前に自分たちの素性をもう一度明らかにする方が先だろうと私は言った。思い出せないのはこっちが悪いけどさ。

 SPCのアルツと、彼はハイマーですと、アルツが言った。惑星ヒッポカムポスからやって来ましたと。SPCはつまり Sublimation Promotion Committee の略で「昇華促進委員会」だと言った。あらゆる生物の脳の黎明期の隙間に宿るバグの調査と彼らを取り巻く環境への影響について調査研究する惑星間連合政府の秘密の下部組織だと。近年俄かに高齢化の進む惑星への諜報活動の一環として私のようなスパイをリクルートしてフィールド調査とある種の啓蒙活動をしているようだった。啓蒙? 私を通して誰かに何かをって? 


「飛ぶのを忘れた鳥だって?」


 アルツとハイマーが2人揃って私を飛べない鳥に例えている。

「飛ぶのを忘れた鳥ってのがいるでしょう。ミューとかダチョウとか、ペンギンなんかもそうですよね」「つまり、飛べなくなっても次のステージがちゃんとあるんですよ、進化の過程で。それぞれの個体がそれぞれの何かを昇華させて出来上がった立派な作品と言ってもいい」「そこに至るには随分と時間がかかったんでしょうけど。困難や差別や、苦悩や葛藤があったかも知れないですね。だけどとうとう辿り着いたんですよ」

 私はミューになる途中なのか? それともダチョウとかペンギンとか。イメージか湧かないな。飛ぶことを忘れても、飛びたい気持ちが残ってたりするだろうからさ。時々大いなるジレンマって奴に襲われたりするんじゃないかな。昔は空を飛んでたって、何かの拍子に思い出したりしちゃってさ。頭からすっかり消えてたとしても、新たに飛びたい気持ちが芽生える事だってあるだろうしね。

「だけどね、ここからが大事な話しなんですけど」って、アルツの方が小声で、まるで私に耳打ちするように続けた。「タカチを変えて残す方法があるんですよアナタ自身を。つまりアナタの思考を、アナタの文化をね」と。訳の分からない回りくどい勿体ぶった言い回しだった。するとハイマーが「いや、正確には、カタチを変えて残す方法を、アナタを通して研究開発している段階なんですよ」と意味深な微笑みを讃え、そう付け加えた。

 私の思考や私の文化がカタチを変えてこの世に残る? こうなると正直、私の思考や文化なんて二の次で、その方法の方にどうしても興味が移ってしまう。それに、そうか、この私は、その研究開発に欠かせない被験者であると同時にリサーチャーでもあり研究員でもあり、さらに開発者でもあり啓蒙者でもある訳だ。


「卓上用自分の分身AIロボットのリース契約?」


 私の全てをこの卓上用AIロボットにディープラーニングさせて私の思考や文化を後世に残すプロジェクトって訳か。なるほど、私がまだ生きているうちは私の友として、さらに私の脳の外部記憶装置として私の日常生活を様々な角度からサポートするんだな。サブスク的なリース契約にする事で、永続的なメンテナンスと情報のアップデートを可能にするって魂胆か。

 卓上用だから、まさに飛べない鳥だけど、カタチを変えてってのは、要するにこう言うことなんだと私は思った。同時に私はこうも思った。私のような何でもないただの老人ならばさして問題は起こらないだろうけど、これが高度な思想や技術を持った特別な人間に適応された場合はどうなんだろうと。どこぞの国の政治家や思想家、また科学者や扇動家の卓上用AIロボットの出現はちょっと不気味で気持ちが悪いなと思った。

 いずれにしても私は今、惑星ヒッポカムポスからやって来たSPC(昇華促進委員会)の二人の男たちと交わした機密の契約文書の中にどうやら存在しているようだった。文書の最後にはこう書かれていた。報告書として収集した個人情報の取り扱いにつきましては当社の規定により契約者様の同意なしに活用する場合がありますので、その旨何卒ご了承下さいますよう宜しくお願い申し上げます。


「いつまで私は私でいられるのか?」


「卓上用自分の分身AIロボット」ってのにも一つ良いところがあってさ、外側のデザインは自分の好みに発注できるそうなんだよ。私はさ、レトロな昔のSFに出て来そうな奴にしようかなって思ってるよ。


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