『風の神話5』 人の世の暦には切替があると言う。 『新しい年』など、我らにはとんと関係ないものだが、同じに吹いても人の心の持ち用で風の塩梅は違って来るらしい。 なればゼフュロス、エウロス、ノトス、ボレアス──我がアネモイよ、このアイオロスの下に集え。 ここからまた新しい風となれ。
『風の神話4』 「来たか…」 冷気を纏ったボレアスが近づいて来たのを感じる。 「主様。お久しゅうございます」 「息災で何よりだ。が、あまり荒ぶるでないぞ」 「私とて不本意なのです。しかし、人には時に試練が必要でございましょう」 憂い顔のボレアスを、アイオロスは不憫そうに見送った。
『風の神話3』 止まない暑さの中にやや秋めいたやわらかさを感じ、アイオロスは目を開けた。 「主様」 晩夏~秋を連れた南風ノトスだ。 「ノトスか。道理で。暑さがが和らいだ気がする」 「それは良かった。これから暑気払いに回ります」 「頼んだぞ」 「はい。主様も夏バテにはお気をつけて」
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『風の神話2』 風が湿度を帯び始めた。 「主様~お久しゅう~」 やって来たのは季節の割当てがない東風。 「おお、エウロス」 「主様。東国では夏の私をあいの風と呼ぶんです。主様の名前と似てますね」 二文字で似ていると言えるのかと首を捻りつつ、嬉しそうな東風を見送るアイオロスだった。
『風の神話1』 風を司るアイオロスの元へ、今年も西の彼方からゼピュロスが春の便りを携えてやって来た。 「主様!この冬は殊の外ボレアスの機嫌が悪かったので、私はゆるりと暖めてゆこうと思います!」 「そうしなさ…ヘックション!」 どうやら、神々にとってもカフューンの季節到来である。
『玉と石の神話74』 同じ頃、王達も火が放たれた事に気づいていた。 「…どちらが早い方が良い、という訳ではありませんが…」 王妃の言葉に、王はただ目を瞑った。 「琥珀…トパーズ…急いで…どうか無事に本宮へ…」 その願いが通じたのか、見事二人は敵を火で封じ込め、本宮へと飛び込んだ。
『玉と石の神話55』 誰一人、口を挟む事はなかった。 「皆も存じておろう…我らの住むこの世界を統べる神の存在を…」 王の口から発せられる一言一句を聞き洩らすまいと耳を傾けている。 「私と妃は遥か昔、その方から世界を管理する役目を仰せつかった。地を水を治め、良き世界とするように…」
『玉と石の神話56』 やはり、と琥珀は思った。トパーズが嗅ぎ取ったものと照らし合わせた自分の推測は間違っていなかった、と。 「我が妃は地を、私はその大半を覆う海を統べ、世界を守るよう申しつかった」 「なれば…」 誰かが小さく声を上げ、すぐに噤んだ。だが、皆言いたい事は理解出来た。
『玉と石の神話52』 誰も言葉を発する事はなかった。 「災禍が間近に迫っている今、我らは自らが無事で在ろうなどと思うてはおりませぬ」 トパーズの言葉に、王は穏やかな目を向けた。 「ただ、知っておきたいのです」 目を瞑り、王は頷いた。 「相わかった。金剛…皆をここに集めてくれぬか」
『玉と石の神話47』 「災禍が起きれば、無事に済むものは少なかろう」 琥珀の言葉を、トパーズはただ黙って聞いていた。だが、その黄玉の瞳には運命と受け入れる意思が浮かんでいる。 「我らも、免れまい」 「そなたのゆく場所ならどこでも構わぬ」 それだけ言うと、トパーズは馬の脚を速めた。
『玉と石の神話48』 金剛からの指示は、『敵を壊滅させる必要はない』だった。 「とにかく、来たるべき時まで足止めして欲しいのだそうだ」 「期間は?」 「約半月。我らは10日食い止め、誘い込みながら城に戻るぞ」 「わかった」 自信に満ちた返事に、琥珀の口元にも微かな笑みが浮かんだ。