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〘新話de神話3〙 置き去りにされた春

 
 
 

ころがれ ころがれ 指輪よ
ころがれ ころがれ 指輪
春の玄関口へ 夏の軒端へ
  秋の高殿へ  冬の絨毯の上を
新しい年の焚き火をさして

マルシャーク作「十二月」より『四月の指輪の呪文』
邦題「森は生きている」


「ころがれ ころがれ指輪よ、ころがれ ころがれ指輪……」
「パーヴェル?」

 不意につぶやいたパーヴェルに、ザハームが不思議そうな目を向けると、

「ああ、それ、呪文だろ?」

 向かいの席からヴァジームが口を挟んだ。

「呪文?」
「そう。えーと、アレだ……妖精だか精霊だかの呪文」
「……四月の指輪の呪文だ」

 物憂ものうげな視線を手元に向け、パーヴェルみずから訂正した。その視線の先、左手には指輪が光り、二人の視線も吸い寄せられる。

「パーヴェル……」

 顔を見合わせたザハームとヴァジームは互いの表情に同じ戸惑とまどいを見出みいだし、口にすべき言葉を探す。

「……諦められないのか?」

 躊躇ためらいがちにたずねたヴァジームに、パーヴェルはゆっくりと目を向けた。その眼差まなざしは夢を見ているかのようで、ヴァジームとザハームは口をつぐんだ。

「…………」

 返事の代わりなのか、うなずくように目蓋まぶたを伏せ、パーヴェルはひとり、席を立った。今、かけるに相応ふさわしい言葉はなく、ただ見送るしかなかった。

「ヴェスナ、どうしたんだろうな……」

 パーヴェルの恋人・ヴェスナは、今年のある春の日に姿を消したきり、年の瀬が押し迫った今も行方ゆくえはわかっていない。

「なあ……さっきの呪文って何なんだ?」

 ザハームの問いにヴァジームが顔を上げた。

「あいつ、ヴェスナがいなくなってからずっと心ここにらずで、あんなの口にしたの初めてじゃないか」
「……うーん。おれも、子どもの頃の寝物語としてばあちゃんから聞いた程度なんだけど……」

 ヴァジームは口ごもった。

「確か、神話に出て来る呪文でさ……」

 記憶を手繰たぐるようにポツリポツリと語り出す。

 ──大晦日おおみそかの晩、ワガママな女王が四月にしか咲かない花を欲しがり、かごいっぱいの花を持って来た者に賞金を与える触書ふれがきを出した。すると、ひとりの娘が、賞金を狙った欲深な継母ままははとその実娘である義姉に真冬の森へと行かされることになってしまった。

「見つかるはずのない花を探してこごえる森をさまよってた女の子は、き火を囲む不思議な人たちと出会うんだ。それが、十二月じゅうにづきを司る精霊たちだった、ってわけ」
「そう言われてみれば、大晦日に精霊がつどう、って話は聞いたことあるな」

 ──理由わけを話すと、働き者の娘のことを良く知っていた精霊たちは協力してくれることになった。四月の精霊の領分である1時間半刻を、冬の精霊に譲ってくれると言うのだ。こうして雪が積もっていた一角を春がおとない、四月に咲く花マツユキ草が目の前に現れた。

「四月の精霊は女の子に指輪を渡し、魔法の言葉も教えた。それがあの指輪の呪文な。そして、このことは誰にも話さないよう言い含めた。けど、戻った女の子は、花も指輪も継母たちに取り上げられ、女王に献上されてしまったんだ」
「ひどい話だな……」

 ──ところが、花を自分で摘みたいとワガママを言い出した女王は、娘と継母たちに案内させ、冬の森へと分け入った。しかし、娘は約束を守ってどうやって花を摘んだか話そうとせず、怒った女王は指輪を投げ捨ててしまう。

「その瞬間、女の子は呪文を唱えた。パーヴェルと違っておれは覚えてないけどな」

 苦笑したヴァジームが頬をくと、ザハームは小さく笑った。

「それで?」
「精霊が現れて、継母と義姉を犬の姿に変え、女王たちには幻惑の魔法をかけてしまう。そして、女の子は精霊に連れて行かれる」
「おーい。女の子はどうなっちまうんだよぉ」

 情けない表情かおをするザハームに「心配するな」と笑いかける。

「女の子は魔法の力で見違えるほど美しい姿にしてもらったし、たくさんの贈り物ももらった。ワガママだった女王も『人にお願いをする行為』と言う自分に足りないものを学んで、和解した二人は無事に森から去る……そんな感じだったかな」
「……パーヴェルはその女の子みたいにヴェスナが戻って来る、って信じてるのか……」
「……そうかもな」

 二人は黙りこくった。窓の外を見ると、さっきまでやんでいた雪がまた降り始めている。

「……なあ、ザハーム。パーヴェルも誘って、一緒に年越ししないか?」

 組んだ手をギュッと握りしめたヴァジームが言った。どこか不安げな様子は、ザハームに断られることをおそれているのではない。

「……おれもそうした方がいいと思う」

 ザハームは即答した。彼はヴァジームの不安を的確に理解していた。

パーヴェルあいつをひとりにするべきじゃない」

 その年の大晦日も、一面、銀世界だった。

「今夜は飲み明かして年越ししようぜ!」

 両手に余るほどの料理と酒を持ち、ザハームとヴァジームがパーヴェルの家に押しかけた。断るすべを与えない、幼なじみならではの作戦だった。

「まったく……」

 呆れながらもパーヴェルは笑った。前もって言えば、自分が遠慮することなどはなからお見通しの二人だとわかっていた。

「ほら、もっと飲め。せっかくうまいもの持って来たんだから」

 三人は酒をぎ合っては食べ、しゃべり、笑った。

「いや〜……良く食ったな……」
「……腹いっぱいだ……」

 テーブルに突っ伏し、あるいは椅子にもたれ込み、酔って真っ赤になった顔を見ては笑い合う。

 大騒ぎする三人だったが、静かに雪が降る夜、外は静寂せいじゃくに包まれている。

 笑い声と暖炉のまきぜる音だけの空間で、いつしか三人は微睡まどろみへといざなわれていた。


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「……っ……!」

 突然、ヴァジームは目覚めた。まるで恐ろしい夢でも見たかのように身体が飛び跳ねたのだった。カチカチとリズムを刻む時計の針は、あと1時間ほどで新しい年を迎えようとしている。

「あ……?」

 ぼんやりと辺りを見回したヴァジームは、ヒュッと音を立てて息を飲み込んだ。

「ザハーム! 起きろ!」

 ぐっすり寝込んでいるザハームを起こす。

「……ン……ん、ん~~?」

 両腕で顔を覆い、起きるのを拒否するザハームを乱暴に揺すぶり、声を上げた。

「パーヴェルがいない!」
「!!!」

 カッと目を開いたザハームが、先ほどのヴァジームと同じ勢いで飛び起きた。

「パーヴェル!」
「パーヴェル! どこだ!」

 家中を探し回り、玄関先に掛けられていたパーヴェルの外套マントがないことに気づいた二人の酔いは一気にめ、血の気が引いた。

「まさか、外へ……!?」
「大酒飲んでんのにふざけんなよ、あいつ! 死ぬ気かよ!」

 二人は外套とランプを手に家を飛び出した。

「どこだ! パーヴェル!」
「パーヴェル!」

 心の冷え、外気の冷たさ。
 相反する身体の火照ほてり。

 雪が降り積もる静寂しじまに、音なき音。
 雪を踏みしめる音、声を限りに友の名を呼ぶ二人の声。

 汗だくでパーヴェルを探し回りながら、二人はいつしか森の奥深く、湖の近くまでたどり着いていた。

「ヴァジーム、あそこに……!」
「! パーヴェル!」

 てついた湖の岸辺にパーヴェルは立っていた。

「何してるんだ、あいつ?」

 空に向けて何かをかざし、じっと見つめている。

「……指輪か……? いつも着けてた……?」

 直後、パーヴェルが腕を大きく振りかぶった。

「……おいっ! あいつ、何を……!?」

 右手から放たれた小さなきらめきは、確かに雪の反射を受けた指輪だった。光が虹の軌跡きせきのようにえがいたその時──。

ころがれ ころがれ 指輪よ
ころがれ ころがれ 指輪
春の玄関口へ 夏の軒端へ
  秋の高殿へ  冬の絨毯の上を
新しい年の焚き火をさして

 パーヴェルが唱えた指輪の呪文が森の中にこだまし、湖に光が生じた。

「……あれは……?」

 景色が一変し、二人は寝ぼけているように目をこすった。それも無理からぬことで、冬の最中さなか、春の花が今を盛りと咲いている。

「何だ、これ……夢かよ……」

 二人の脚は震えた。寒さのせいではない。
 湖がまるで昼間のように明るく輝き、とても現実とは思えない光景だったからだ。

「おい、ヴァジーム! あれ見ろ!」

 ザハームが指さす湖上の光から、人の形をした何かが現れたのだ。

「え、ヴェスナ……!?」

 ぼんやりとしてはいるが、髪の長い女性の輪郭は行方知れずになったパーヴェルの恋人・ヴェスナだった。
 呆然とする二人の目に、凍った湖に向かって足を踏み出すパーヴェルの姿が映った。

「待てっ! パーヴェル!」

 得体の知れない恐怖に追い立てられるように、二人は駆け出した。

 二人の声が届かないのか、パーヴェルはそのままヴェスナに近づいてゆき、導かれるように腕を差し出した。パーヴェルの目には、ヴェスナが姿を消してから数か月、見せることのなかった喜びがあふれている。

(ヴェスナ……そうなのか……!? そう言うことなのか……!?)

 ヴァジームの脳裏には、この不思議な光景の仮説が浮かんでいた。

 春先、不意に姿を消したヴェスナ。
 パーヴェルが口にした『指輪の呪文』。

 そして、半刻分が四月から連れ去られ、冬の最中さなかに置き去りにされた『春』──『ヴェスナ』が意味するものは、その『春』だ。

 パーヴェルは知っていたのか──ヴェスナが『春の精』だと言うことを。

「パーヴェル!」
「パーヴェル!」

 必死に呼ぶ二人の声が重なり、パーヴェルがゆっくりと振り返った。例えパーヴェルが全てを知っているのだとしても、そのまま見過ごすなど二人には出来ない。

「パーヴェル! 行くな! 戻って来い!」

 ヴェスナを胸にいだき、物哀しい表情を浮かべたパーヴェルの唇が動いた。

 ──すまない。

 二人の脚がゆるんだその瞬間、

 ──ありがとう。

 パーヴェルの唇の動きはそう伝えていた。

「ヴェスナ! ヴェスナ! 頼む! 連れて行かないでくれ! 頼むから、パーヴェルを……おれたちの友だちを……!」

 叫んだ二人に視線を向けたヴェスナの口元が、

 ──ごめんなさい。

 と、動いた。
 罪悪感をいだいてやまない表情かおだった。

「パーヴェル! ヴェスナ! 待ってくれ!」

 だが、光は掻き消えた。一面に咲いていた花も。

「……っ……パーヴェル……!」

 二人は膝から崩れ落ちた。
 春の名残なごりなど欠片かけらもなく、銀世界が一面に広がっているだけのその場所に。


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 どうやって戻ったのかは覚えていなかった。
 いつの間にか二人はヴァジームの家の居間で眠り込んでいたのだ。

 目を覚ますと、不思議なことにすぐ近くに建っていたはずのパーヴェルの家はなく、そもそも家があったことすら村人たちの記憶には残っていなかった。

 やがて冬が過ぎ、春が近づくにつれ、あらがいようもなく二人の記憶も薄れていた。

 あれほどに胸の痛みを分かち合ったヴァジームとザハームでさえ、それが誰のためであったのかすら忘れてしまいそうだった。

 大切な何かを置き去りにするかのような感覚は怖ろしく、時おり、その『何か』が何であったのかすら覚束おぼつかなくなってゆくことに押し潰されそうになる。

 大切な者を・・・・・忘れて・・・しまって・・・・いるのか・・・・──。
 端から・・・存在・・しない・・・大切な・・・者を・・忘れて・・・しまった・・・・思い・・込んで・・・いるのか・・・・──。

「……パーヴェル……」

 懸命に唱えても、もはや顔の記憶はおぼろげになり、やがては名前すら忘れてしまうに違いない。

 それでも、置き去りにする感覚だけは二人から消えることなく、冬が過ぎゆくたびに、春が訪れるたびに、折に触れて二人の心を締めつけるのだろう。
 
 
 
 
 

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スラブ神話を元に書かれた、マルシャーク作「十二月(邦題「森は生きている」)」を題材に二次創作的?スピンオフ的?に妄想しました。
『四月の指輪の呪文』は完全に引用させてもらってます。
神話部の投稿としてアウトだったらごめんなさい。(とにかく先にあやまっとくスタイル ←)

3月までに出す予定でいたのですが、15行くらい書いたまま下書きの中でゴロゴロしてました。季節外れも甚だしくてごめんなさい。(←)

呪文以外の引用枠内は、私が記憶の限りで書いたあらすじです。違ってても知らんぷりです🤣

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