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〘お題de神話〙赤の王

 
 
 
「ルベウス。本当にその子と逃げるのか?」

 友・ヴォーツァロが問うた。ルベウスの手にはひと際鮮やかな『赤』が在った。

「致し方あるまい。神はこの子を良しとされなかった。このままでは消されてしまう。既に一片ひとかけらは南の地にのがしたが……」

 その色は神に危険と見做みなされたのだ。

「お前が逃げればすぐにも気づかれよう。主要色がこの地から消えるのだから」
「なれば、どうしろと言うのだ! むざむざ消されるのを見ていろと言うのか!」

 すぐに我に返り、うつむく。

「すまない」

 横顔を見つめていたヴォーツァロは決意したように口を開いた。

「私がその子を連れてゆく」
「ヴォーツァロ!?」

 驚愕するルベウスにうなずく。

「『ルベウス』はお前だけだが、私には同族が大勢いる。少しは時間を稼げるだろう」
「しかし……!」
「この地は神の影響が強い故、我らに出来ることは限られる。だが遠くなら、そして私ならその子を身の内に隠すことが出来る」
「ヴォーツァロ……」

 友が静かな笑みを湛えて手を差し出した。

「ルベウス、時間がない。選ぶのだ。この地で消されるか、例え違う形になろうとも他の地で生き残るか」

 胸を掻きむしるような一瞬の後、ルベウスは手に在った『赤』を友の手に委ねた。

「私は東へ向かう」
「わかった」
「この子の名は決めているのだろう?」
「ああ」

 ルベウスは友の耳にそっと顔を寄せ、呼気ほどの音で告げた。ヴォーツァロはうなずき、二人は静かに抱き合った。

 互いの中に、再び会う日が来ない覚悟は用意されていた。

 『赤』が姿を消したことはすぐに神の知るところとなり、追っ手が放たれた。ルベウスは沈黙を守ったが、所詮わずかな時間稼ぎでしかない。承知の上で、彼らには少しでも時が必要だった。

 何とか東の地に落ちたヴォーツァロは、委ねられた『赤』をたなごころに包んだ。

(追いつかれる前に……)

 目を瞑り、大地に膝を着いたヴォーツァロは、自身の心の臓に『赤』を包んだ掌をうずめた。

 すぐに彼の身体に変化が現れた。次第に硬く、透明に。その身体を中心から『赤』が巡り、やがて全身を染めた。

なんじ、ルベウスがめぐよ……我らが想いに応え、玉石の王者ラトラナジュとなれ……!」

 そう叫ぶとヴォーツァロの身体は粉々に砕けた。

『ルベウスの子……紅玉ルビーよ……』

 声が溶けると共に欠片かけらが各地へ飛び散った。

 最も目を引く美しい欠片が着いた先が、ミャンマーと呼ばれる辺りであると今に伝わっている。

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天然ルビーは産地がアジアに偏っているそうで、欧米では採れずに飛び越してタンザニア、マダガスカル、モザンビーク辺り。さらに宝石にできる美しい石が採れる産地は極めて限定されているのだとか。

中でもミャンマー産の『鳩の血ピジョン・ブラッド』と呼ばれるものが最高級と言われますが、政情不安もあり産出量は少なく希少品とのこと。

ちなみに『ルビー』という名はラテン語で『赤』を意味する『ルベウス』が語源と言われ、日本では『紅玉』と呼ばれて珍重されています。

『ヴォーツァロ』というのは同じくラテン語で『玉石』を現し、『ルベウス』と『玉石ヴォーツァロ』から『紅玉ルビー』が誕生する創生神話として妄想しました。
 
 
 
 
 

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