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〘お題de神話〙禁視

 
 
 
 男は石になったように息を殺した。

(落ち着け……大丈夫だ……)

 背後から音もなく近づいて来る圧倒的な気配。片手に剣、もう片方の手には青銅ブロンズの盾。

(待て……剣の間合いまで……)

 目視の効きにくい闇の中、ヒタリと相手の気配が止まる。

(今だ……!)

 盾に影が揺らめいた瞬間、振り向きざまに剣を走らせた。

「……ギャッ……!」

 短い悲鳴と落下音。ビシャっと言う水音。そして訪れた静寂。しかし、男が松明たいまつに火を灯す前に辺りは光に包まれ、甲高い鳴き声が洞窟内に響いた。

 メデューサ討伐の命を受けたペルセウスは、ヘルメス、アテナ、ハデスらの協力を得ていたが、実はその裏でポセイドンから密命を受けていた。

 ポセイドンの望みはただ一つ。

『決して姿を見ずに楽にしてやって欲しい』

 ペルセウスは首を傾げた。そもそも見ただけで石になると言われるメデューサである。わざわざ『姿を見るな』と言われて不思議に思わぬはずがない。
 しかし、ポセイドンから聞かされたのは巷に流布るふしている話と違っていた。

「姿を見たから石になるのではない。メデューサはアテナに呪いをかけられたのだ。姿を見ると石になると信じた者を石化させてしまう呪いをな」
「では、実際には彼女の姿は変わっていないのですか?」
「そうだ。だが、彼女には己の姿が見えぬ。故に異形の姿に変えられてしまったと信じ込み、見られることが耐え難い屈辱になってしまった」

 ペルセウスは同情した。

「そして、私が危惧するのは彼女が死して後……ゴーゴン姉妹の中で唯一不死ではない彼女はいずれ死すであろうが、それでも呪いはけぬ。しかし彼女は、死した後には呪いが解け、異形の姿を見た者が石にならずに生き続けると思い込み、恐れているのだ。名が知れ渡ってしまっておる故、このままでは被害は増える一方であろう」
「哀れな……」
「確かにメデューサにも責はある。が、あの時は間が悪かった……アテナの機嫌が、な」
「わかりました。私だけは決して彼女の姿を見ぬと誓いましょう」
「すまぬ、ペルセウス。だが、彼女から生まれずるものが、そなたに生涯の宝をもたらすであろう。それが私からのせめてもの心付ぞ」

「ポセイドン様が言っていたのはこれか!」

 メデューサとポセイドンから生まれたペガサスにまたがり、ペルセウスは故郷への帰途に着いた。

 途中、怪物ケートスから救った絶世の美姫アンドロメダを妻としたが、ポセイドンの計らいであることは知られていない。
 
 
 
 
 

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