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介護

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介護業界・現場・運営に関する問題や疑問などの記事をまとめております。
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記事一覧

介護でイラっとするのは普通、聖人になんてならなくていい

介護でイラっとするのは普通、聖人になんてならなくていい

―― 現在、介護をされている方々。

―― 過去に介護をされた経験がある方々。

―― これから介護をするだろうと想定している方々。

これらは親の介護であっても、仕事としての介護でも構わない。
いずれにせよ、介護をしている方々には「お疲れ様です」と言いたい。

しかし、決して「介護をしているなんて立派ですね」とは言わない。それは介護事業をしている立場として、介護は何も立派な行為ではないと思ってい

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高齢者介護は、誰のためにあるのか?

高齢者介護は、誰のためにあるのか?

介護事業を営んでいると、ふと疑問に思うことが色々ある。
その1つに「高齢者介護の仕事は、誰のためにあるのか?」がある。

この疑問に対して「え? 高齢者のためだろう」と呆れられるかもしれない。

確かに介護サービスを受けたり、介護施設に入所するのは高齢者だ。

しかし、その費用を高齢者本人が負担していることは稀である。(手続きや管理も含めて)実質的にはご家族や介護保険が支えている。

それは高齢者

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会話だけが介護のコミュニケーションではない。細やかな「声掛け」により本当の信頼関係を得よう

会話だけが介護のコミュニケーションではない。細やかな「声掛け」により本当の信頼関係を得よう

介護の仕事は、利用者たる高齢者とコミュニケーションが必須である。

このように言うと「自分はコミュニケーションが苦手」「高齢者と何を話していいか分からない」と悩む介護者は少なくない。

確かに利用者との会話を通じたコミュニケーションは、介護において1番多いのは確かである。そのため、利用者と楽しそうにおしゃべりしている介護者は優秀であるように見られる。

――― しかし、コミュニケーションとは会話だ

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施設入所は選択肢の1つ。決して介護放棄という「逃げ」ではない

施設入所は選択肢の1つ。決して介護放棄という「逃げ」ではない

――― 仕事を簡単に辞めてはいけない

――― 学校には行かなければいけない

――― 習い事はずっと続けるもの

こんな感じの強迫観念のような風潮が世の中にはある。
しかし、これらは強制されるものではない。

――― 転職が当たり前の時代に仕事は変えてもいい。

――― 学校に行かなくても成長する術は多々ある。

――― 習い事は教養の1つであって継続の有無が本質ではない。

これらは「逃げ」と

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あおり運転も高齢者虐待も、やっている当事者が「自覚なし」という厄介さ

あおり運転も高齢者虐待も、やっている当事者が「自覚なし」という厄介さ

「あおり運転は危険行為である」ということは、誰でも知っている。自動車を運転しない子供だって理解している話だ。

それでも、あおり運転がゼロになることはない。

事故がゼロになることはないのは分かる。
それは人的要因以外の複合的な事象も絡むからだ。

しかし、あおり運転はゼロにできるはずだ。
それは完全にドライバーによってコントロールできる話だからだ。

それでも、あおり運転がゼロになることはないの

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介護の”見守り”は、どこまで徹底されるべきなのか?

介護の”見守り”は、どこまで徹底されるべきなのか?

介護の役割の1つに「見守り」というものがある。

見守りというと何だか監視的な印象を受けるかもしれないが、介護のコンセプトである自立支援の観点から言えば少し違う。

利用者(高齢者)ができるところは自分で行っていただき、できないところは手伝うためにそばで見ている、という意義がある。

とは言え、介護現場の観点から言えば「事故防止」という認識が強い。

転倒や誤嚥など日常生活で起こりえるリスクに対し

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時代に合わない介護の法律。せめて「解釈」は柔軟性をもったアップデートが必要

時代に合わない介護の法律。せめて「解釈」は柔軟性をもったアップデートが必要

介護事業は、そのほとんどを介護保険制度に依存していると言っても過言ではない。それは介護サービスを利用者が実費負担をすると、それこそ膨大な金額になってしまうからだ。だからこそ、介護保険といういわば税金でサービスを利用できるよう社会的な仕組みがある。

事業としてある意味で安定的と言えるが、制度という名の下であることから行政の管轄の仕事になる。行政は民間事業に「法律」によって統制して委託しているカタチ

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「医者の不養生」という言葉があるが

「介護者の不養生」にもご注意あれ。

健康も人生も自分が向き合うもの。

噂話やゴシップ、陰口を言わないだけで認知症予防になる

噂話やゴシップ、陰口を言わないだけで認知症予防になる

噂話、ゴシップ、陰口などを好む人は、そうでない人に比べて認知症になるリスクが3倍に跳ね上がるという研究結果がある。

逆に言えば、これらを避けるだけで認知症予防になるということになる。

だから、噂話やゴシップ、陰口を言わないようにしよう。

――― と言っても、多くの人たちはこの手の話が大好きだ。

正確には「他人の」噂話やゴシップ、陰口が大好きなのだ。

何の確証性もなく発信元も不明で、自分が

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介護現場における「感覚」から「根拠」への転換の困難性

介護においてオムツ交換は大変なイメージがある思う。

まぁ、実際に大変な作業である。介助者も利用者(高齢者)も肉体を動かしながらの作業なので、お互いに大変な思いをする。

となると、このような大変な思いは軽減したいと思うのが普通だ。
その対策として「オムツ交換の回数を減らす」というのが分かりやすい。

そこでオムツメーカーは、介護現場の課題を叶えるため日々研究・製品開発を重ねている。その努力の賜物

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虐待行為を「確定」や「疑い」だけで判別する視点は、果たして適切と言えるのか?

高齢者虐待という社会問題がある。

虐待行為は「確定」している場合と「疑い」の場合に分かれる。

とは言え、虐待は「確定」しているケースは稀である。

極端なことを言えば、周囲に複数の第三者がいる前で、介護者が高齢者を殴ったり蹴飛ばしたりしたら、それは「確定」と言える。

しかし、ほとんどの場合は「アザがある」「本人が『やられた』と言った」という客観視点からスタートする。

つまり虐待とは「疑い」

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「生きているだけで十分」と言うけれど

「生きているだけで十分」と言うけれど

お盆休みになると、介護施設は面会や入所見学が増える。運営している介護施設でもそれは同様であり、毎日のように面会と見学対応をしている。

「お忙しい中、すいません」と言われることもあるが、ご家族が面会にくると入居者(高齢者)はとても喜ぶ。面会が終わった後は心身の状態が目に見えて良くなる入居者もいるし、興奮して夜間に落ち着かなくなる方もいる。

それらは嬉しい気持ちからの反応であることから、施設および

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福祉はどこまで支援をすれば良いか? まずは当人の”できること”を尊重することが先かも。

福祉はどこまで支援をすれば良いか? まずは当人の”できること”を尊重することが先かも。

「福祉」とは、どこまで支援をすればいいのだろうか?

介護の仕事をしていると、そんなことを考えることがある。

私で言えば「高齢者に対してどこまで支援をするのが適切なのか?」ということだが、そもそも何をもって適切と言えるのかが微妙だ。

介護では「自立支援」という言葉がある。ザックリ言えば「できることは本人が行い、できないことは支援する」ということだ。

誰もがそうと言うわけではないが、社会が思う

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虐待案件は様々な人達の感情が渦巻く。事実確認は大変だが、慎重かつ中立性をもって行う必要がある

虐待案件は様々な人達の感情が渦巻く。事実確認は大変だが、慎重かつ中立性をもって行う必要がある

介護事業を運営していると、現場やご家族、利用者(高齢者)本人から虐待に関する申立てを受けることがある。

「夜勤の〇〇さんが、利用者の✕✕さんを怒鳴っている声が聞こえた」

「△△さんの腕に大きなアザがある。まるで叩かれた跡っぽい」

「あの職員さんはね、私のことを部屋に閉じ込めようとうするの」

――― 介護現場いれば、直接的でなくてもこのような話を1度は耳にすると思う。共通して言えることは、そ

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