キスと蜜
僕より先に大人になった友人が言った。
「臭いだけは絶対に嗅がないほうがいいぞ、幻滅するから」
友人の初めては、どうやら青魚が腐った匂いがしたという。
相場はチーズじゃないのかと思いながら、僕は人生の先輩の言葉を胸に刻み、女に期待しないようにと誓った。
結局この歳になるまでそれなりに経験してきて、フタを開けてみれば匂いにクセがある人はどちらかと言えば少数だった。
偏見だが、体が健康で性格が裏表のない人ほど匂いはしない。
友人は最初のインパクトが強すぎて今でも女性器に顔を近づけることが出来ないらしい。
嗅覚と海馬が仲が良いことがよくわかる。
気の毒に。
自分の立場になって考えると、本当に可哀想だ。
その行為は楽しみというよりもむしろ喜びである。
こんなにも濃い愛情表現を失ってしまうなんて。
僕は元々、その行為自体そんなに好きではなかった。
首は疲れるし、刺激も弱い。
指で撫でるほうが強弱の加減がつくし、もう片方の手と口と、ついでに足も使えるようになる。抱きしめることもできる。
特典が少ないのだ。
かといって気持ち悪くて吐きそうになるという友人のような嫌悪感はないので、気になっている女と初めて行為に及ぶときは、その子の全てが知りたくて辛抱たまらず顔を押し当ててしまう。
彼女は出会ってから5年たった今でも、僕をその気にさせてくれる。
艶のある長い黒髪と、肩から腰にかけてのシルエットの美しさは良く出来た木像のようで、笑うと目が無くなる子どものようなところがある。
寡黙だけどその分、彼女は積極的に行動で愛を示す。
僕がそんな彼女を都合の良い女として扱わないのは、彼女が元々引っ込み思案なことを知っているからだ。
玄関前まで見送ってキスをするような、そんなタイプではなかった。
それでも、気持ちが伝わらずに誤解されるほうが嫌なのだろう。
それは自分が不器用であることを知っているからこその努力だ。
彼女はそれを押し付けることなく、日々に溶け込むようになるまで当たり前のように繰り返す。
そんな彼女を見て、僕は何度も惚れ直した。
僕は唇で、僕が持っているだけの愛おしさを伝える。
彼女の蜜は甘かった。
僕はいつも吸い込まれるように顔をうずめる。
内ももの付け根を指で横に広げて、唇をスキマなく押し当てながら、ゆっくりと顔を上下させて割れ目の柔らかさを確かめる。
とめどなく流れる液の入り口にぴたりと口を重ねて吸うと、どれだけ弱くしても水音が漏れて、下品に響く。
僕は舌で、僕の持っている彼女への関心を伝える。
会陰部とヴァギナの境目を濡れた舌で行ったり来たりしたり。
キツツキのように、膨らんだ先端を舌先でトントンと叩いたり。
中に舌が入るときは、できるまで奥まで深く突っ込んで、そのままゆっくりと力を抜く。
柔らかくなった舌で、絡みついてくるひだの凹凸を感じながら優しく回し舐めて、彼女の味を確かめる。
それはまるで、深いキスをするときのように。
彼女のキスは、叙情とは程遠いところにある。
口の中が敏感なせいか、彼女はすぐに舌先を固くして素早く動かしてしまう。感じると口を大きく開ける為、空間も広くなる。
対して彼女の中はほどよく締まっていて、舌を入れると圧迫されて気持ちがいい。肉壁はいつまでも柔らかいままで、舌で押し広げる感覚も、それに反応してしまう姿も好きだ。
反応の良い場所を見つけると、顔を左右にゆっくりと振って、なぞるように舐めながら鼻で先端を刺激する。
顔面の造りが美しい女を画面越しで見るだけでは感じえない刺激が、頭の中をインターネット回線のように複雑に駆け巡る。
匂いが、味が、感触が、僕を甘く満たす。
それだけでも十分に幸せなのに、彼女まで悦んでいる。
こんな喜びはない。
いつまでも、いつまでもこの甘さに浸っていたい。
僕は樹液を吸う甲虫のように離れることなく、ただ夢中になる。
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