文月悠光 Fuzuki Yumi

詩人|詩とエッセイと朗読|最新詩集『パラレルワールドのようなもの』、中原中也賞受賞詩集…

文月悠光 Fuzuki Yumi

詩人|詩とエッセイと朗読|最新詩集『パラレルワールドのようなもの』、中原中也賞受賞詩集『適切な世界の適切ならざる私』『わたしたちの猫』試し読みを各マガジンにて公開中。詳しくはマガジン一覧をご覧ください。エッセイ集に『臆病な詩人、街へ出る。』『洗礼ダイアリー』など。

マガジン

  • 【重版記念・試し読み】第4詩集|パラレルワールドのようなもの

    6年ぶりの新詩集『パラレルワールドのようなもの』を思潮社より刊行しました。コロナ禍の日常を記録した、詩とエッセイの間のような、ドキュメント的な一冊です。 本書の重版出来を記念して、第4詩集『パラレルワールドのようなもの』の試し読みをnoteマガジンにて無料で公開します。 「現代詩手帖」の連載詩〈痛みという踊り場で〉を中心に、2016年から2022年にかけて執筆した詩から26編を厳選いたしました。コロナ禍の生活や葛藤、社会の不条理を記録したドキュメント的な作品として楽しんでいただけるかと存じます。 ▶︎Amazonなどネット書店の他、紀伊國屋書店やジュンク堂書店など全国書店にて発売中です。 https://www.amazon.co.jp/dp/4783745110/ ▶︎詳細|詩集『パラレルワールドのようなもの』 http://fuzukiyumi.com/news/399/

  • 文月悠光 詩と朗読ムービー

    詩の朗読の音声・動画をまとめています。YouTubeに再生リストがあるので、併せてどうぞ⇒https://www.youtube.com/playlist?list=PLnijSCAT8sRmATRqswMXbBzDlkDWTnpxY

  • 【作品】ここだけのお話(だいたい無料)

    詩作品/エッセイ/書評ほか(note限定で公開、雑誌からの転載含む)

  • 【連載中】エッセイ〈回遊思考〉

    カルチャー誌「ケトル」にて連載中のエッセイ〈回遊思考〉各回を順次アップします。2014年6月より連載開始。担当編集者さん了承の上、基本的に無料公開です。記事のシェア、ご感想のツイート、投げ銭サポート歓迎いたします。

  • 第3詩集『わたしたちの猫』試し読み

    3年ぶりの詩集『わたしたちの猫』、ナナロク社より発売中▶︎https://nanarokusha.shop/items/5a0137a4c8f22c063c001bae 一部の詩を試し読みできます。

記事一覧

固定された記事

詩を通して他者と向き合うーー新詩集『パラレルワールドのようなもの』刊行に寄せて

 *この記事では「詩を書く理由」「表現の持つ可能性」「詩集を出すことの価値」「今の時代の書き手に求められること」について、私の経験をもとに綴っています。昨年末、…

Twitter閲覧制限かかって眺めるものが無くなったのでnoteに来たら、案の定人が増えてて笑う。

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彼女が生きる世界を変えるために。|詩「痛みという踊り場で」

   痛みという踊り場で                   文月悠光 痛みという踊り場で 私は安全装置になって あなたが降りてくるのを待つ。 階段の上り下りがや…

生まれてくる子もいないのに|詩「波音はどこから」

   波音はどこから                   文月悠光 意識が海ならば、身体は舟。 小舟に積まれる石は 日に日にあふれ、 存在よりも、はるかに重くなっ…

消された後の世界を生きている。|詩「消された言葉」

   消された言葉                   文月悠光 「壁に詩を書いてほしい」 知人から風変わりな依頼を受けたのは、十年近く前のこと。 取り壊し予定の…

消させない。|詩「パラレルワールドのようなもの」

   パラレルワールドのようなもの                   文月悠光 新宿の雑居ビルの地下に 足踏みペダル式のアルコール噴霧器が ひとりきりで佇んでい…

人生を「逆算」しないーー29歳と30歳のはざまで

 クラウドメモに日記をつけはじめたのは一年前のこと。日々の出来事を記録するためだったが、次第にコロナ禍の「見えない不安」が日常を侵食しはじめた。昨年四月の緊急事…

パラレルワールドのようなもの

新宿の雑居ビルの地下に 足踏みペダル式のアルコール噴霧器が ひとりきりで佇んでいる。 地下の階段はひんやりと空気が冷たい。 こんな人気のない場所にも置かれているのか…

【朗読】秋の光を招いて

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季節の終わりから こぼれてしまうことを恐れないで。  * 星は誰かに見つけられて、光を教わる。 光はまだわたしを照らしているか? その答えは足元にある。 地に影が伸…

【朗読】夏空に署名して

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大事なものを遠ざけて生きることに、 ほんとは慣れてしまいたくなかったよ。 閉ざされた扉と 揺れる貼り紙、 風に鳴るシャッターとギターの音色、 西日の中、うつむいて歩…

【朗読】ネモフィラ

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夏の亡骸をつかんで 心を決めるためにペダルを踏んだ。  * 嵐のような雨上がりの朝に からだの熱が揺らめいた。 潤っていく空気と、絶え間ない呼吸。 飛び出しそうな鼓…

【朗読】立ち上がるときは

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立ち上がるときは ひとりの方がいい。 だれかと足並み揃えるよりも 裸足で無防備にさらされること、 その贅沢を足裏で味わうために。 立ち上がるときは ひとりの方がいい…

【朗読】朝の名前

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どこかに行き着くまでは わたしも名も無きひとりです。  * その朝に名前はなかった。 キオスクに並ぶ雑誌の表紙だけが あざやかに様変わりしている。 輪っかのかたちの…

【朗読】わたしは差し出す

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綿毛に包まれた種たちは 土のぬくもりを知っているから、 風のなかへ飛び込むのだろう。  * だれに受けとられなくてもいい、 わたしは差しだす。 どこに届かなくてもい…

【朗読】風と球体

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きみとひとつになれなかった、 わたしを壊されそうで。 互いの傷あとを包み合って そとへ 手放せたなら 砕けてもいい。 わたしは軽くなる。  * 割れない泡のようなこ…

神様の存在を信じたくなるとき――イ・ラン『神様ごっこ』について *追記あり

*2016年11月に執筆したエッセイです。  黒い服を着た女性の端正な横顔の写真。ふしぎな表紙の本、と思って手に取ると、アルバムだった。歌のCDと、エッセイが収められて…

詩を通して他者と向き合うーー新詩集『パラレルワールドのようなもの』刊行に寄せて

詩を通して他者と向き合うーー新詩集『パラレルワールドのようなもの』刊行に寄せて

 *この記事では「詩を書く理由」「表現の持つ可能性」「詩集を出すことの価値」「今の時代の書き手に求められること」について、私の経験をもとに綴っています。昨年末、北海道新聞に寄稿したエッセイに、写真など資料を加え、全文を無料公開します。新詩集『パラレルワールドのようなもの』の刊行に寄せて執筆しました。ぜひお読み頂けたら嬉しいです。

 *

 この秋、六年ぶりの新詩集『パラレルワールドのようなもの』

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Twitter閲覧制限かかって眺めるものが無くなったのでnoteに来たら、案の定人が増えてて笑う。

彼女が生きる世界を変えるために。|詩「痛みという踊り場で」

彼女が生きる世界を変えるために。|詩「痛みという踊り場で」

   痛みという踊り場で
                  文月悠光

痛みという踊り場で
私は安全装置になって
あなたが降りてくるのを待つ。

階段の上り下りがやめられなかった。
十一歳の冬のことだ。
授業の合間に、用もなく教室を出て
校舎の三階まで上っては一階へ下り、また同じ階段を上る。
密やかな達成に、私はやみつきになった。
それは どこに辿り着くこともない、
「自分」で在り続けるための儀

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生まれてくる子もいないのに|詩「波音はどこから」

生まれてくる子もいないのに|詩「波音はどこから」

   波音はどこから
                  文月悠光

意識が海ならば、身体は舟。
小舟に積まれる石は 日に日にあふれ、
存在よりも、はるかに重くなっていた。
海の底へ荷物を沈めようとするたび、
荒波に押し返されて はたと気がつく。
この舟を降りることはできない。
女体を放棄できない。
私の了解し得ないものが、
私の奥でひそかに巣食う。

小綺麗な待合室で、淡いピンク色のパンフレッ

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消された後の世界を生きている。|詩「消された言葉」

消された後の世界を生きている。|詩「消された言葉」

   消された言葉
                  文月悠光

「壁に詩を書いてほしい」
知人から風変わりな依頼を受けたのは、十年近く前のこと。
取り壊し予定の、ある一軒家を貸し切って
パーティーイベントを開く予定だという。
家主と知人にどんなやりとりがあったのか定かではないが、
取り壊し前なので壁は自由にしてもらって構わない、というのが
家主からの唯一の伝言だった。

イベント前夜、わたしは

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消させない。|詩「パラレルワールドのようなもの」

消させない。|詩「パラレルワールドのようなもの」

   パラレルワールドのようなもの
                  文月悠光

新宿の雑居ビルの地下に
足踏みペダル式のアルコール噴霧器が
ひとりきりで佇んでいる。
地下の階段はひんやりと空気が冷たい。
こんな人気のない場所にも置かれているのか。
傷んだブーツのつま先でペダルを踏めば、
プシュウ……と勢いよく消毒液が噴射され、
長い余韻と共に、飛沫が床一面をしっとりと濡らした。
差しだしたはず

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人生を「逆算」しないーー29歳と30歳のはざまで

人生を「逆算」しないーー29歳と30歳のはざまで

 クラウドメモに日記をつけはじめたのは一年前のこと。日々の出来事を記録するためだったが、次第にコロナ禍の「見えない不安」が日常を侵食しはじめた。昨年四月の緊急事態宣言以降も、私は日記を書くことを止めなかった。頭に浮かんだのは、二〇一一年春の震災直後の東京。当時の私は大学進学で上京したばかり。余震と放射能漏れに怯えた日々を克明に記録できたなら、貴重な読みものになったに違いない。災禍に呆然として過ごし

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パラレルワールドのようなもの

パラレルワールドのようなもの

新宿の雑居ビルの地下に
足踏みペダル式のアルコール噴霧器が
ひとりきりで佇んでいる。
地下の階段はひんやりと空気が冷たい。
こんな人気のない場所にも置かれているのか。
傷んだブーツのつま先でペダルを踏めば、
プシュウ……と勢いよく消毒液が噴射され、
長い余韻と共に、飛沫が床一面をしっとりと濡らした。
差しだしたはずの手が、足が、身体ごと消えていた。
心音もない奇妙な静寂に、私はただ濡れている床を見

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季節の終わりから
こぼれてしまうことを恐れないで。

 *

星は誰かに見つけられて、光を教わる。
光はまだわたしを照らしているか?
その答えは足元にある。
地に影が伸びるのは、
光がわたしを見つけた証。
わたしは影と共に歩きながら、
かつて手を結んだもう一つのかたちを
自らの影に探し求めた。

忘れ去られた花にも花の役目がある。
人知れず果たしてきた人生の責務。
闇夜の気配に振りかえると 木々は

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大事なものを遠ざけて生きることに、
ほんとは慣れてしまいたくなかったよ。
閉ざされた扉と 揺れる貼り紙、
風に鳴るシャッターとギターの音色、
西日の中、うつむいて歩き去る人たち。
この街のどこかに きみもいるのかな。

知らない誰かが決めた正解で、
見えざる評価、見えざる手によって
わたしの人生も操作されてきた。
慣習に立ち向かうか、いっそ身を任せるか。
人によっては一生考えずにすむ選択を
必死に

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夏の亡骸をつかんで
心を決めるためにペダルを踏んだ。

 *

嵐のような雨上がりの朝に
からだの熱が揺らめいた。
潤っていく空気と、絶え間ない呼吸。
飛び出しそうな鼓動の近くで
みずいろの静けさを焦がす。

制服姿の小鳥たちが巣立ったあと、
学校は抜け殻のようにきれいだった。
鳥たちは迷うことなく空へ
大きく波を描き、光を渡っていく。
スカートの影がながく伸びて
わたしを切なくさせる。
制服の魔

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立ち上がるときは
ひとりの方がいい。
だれかと足並み揃えるよりも
裸足で無防備にさらされること、
その贅沢を足裏で味わうために。

立ち上がるときは
ひとりの方がいい。
海辺を わたし一色に染めるため。
空が晴れるのを見計らっていたら
日が暮れて取りのこされる残骸の身。

もう長いことうずくまっていて
立ち方がわからなくなっていた。
わたしだけが低い目線で、
なすすべもなく世界を仰ぐ。
みんなが走

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どこかに行き着くまでは
わたしも名も無きひとりです。

 *

その朝に名前はなかった。
キオスクに並ぶ雑誌の表紙だけが
あざやかに様変わりしている。
輪っかのかたちの路線図を見上げれば
日々は電車のように駆け入ってくる。
開くドアへ足を向けるのは、
わたしの顔をした誰か。
肩を不自由に扉に押しつけて
もうすこし
ここに触れていたいと願う。

あなたも わたしも鮮明ではない。
それぞれが違う現実を

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綿毛に包まれた種たちは
土のぬくもりを知っているから、
風のなかへ飛び込むのだろう。

 *

だれに受けとられなくてもいい、
わたしは差しだす。
どこに届かなくてもいい、
わたしは差しだす。
踏みつけられてもかまわない、
わたしは差しだす。
痛みを差しだすことが唯一
伝える手段なのだから。
声もなく 足音もたてずに
わたしは差しだす。

光に守られた綿毛はひとつの星雲。
日々の重さを綿毛にのせて

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きみとひとつになれなかった、
わたしを壊されそうで。

互いの傷あとを包み合って
そとへ 手放せたなら
砕けてもいい。
わたしは軽くなる。

 *

割れない泡のようなこころ たずさえて
ふくらむのにまかせていたら
いつしか重くなっていた。
ふるえる輪郭は、鼓動のあかし。
潰さないで 潰れないで、と
願いつづけて今を見る。
行き先はまだわからない。
それでも恐れず
青い風にのりたい。

つめたい鏡

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神様の存在を信じたくなるとき――イ・ラン『神様ごっこ』について *追記あり

神様の存在を信じたくなるとき――イ・ラン『神様ごっこ』について *追記あり

*2016年11月に執筆したエッセイです。

 黒い服を着た女性の端正な横顔の写真。ふしぎな表紙の本、と思って手に取ると、アルバムだった。歌のCDと、エッセイが収められているらしい。『神様ごっこ』? その場で試聴した歌に妙に惹かれた。柔らかな抑揚で結ばれていく韓国語の歌声が、秋の始まりにぴったりだと思った。

 夜、家で彼女の歌を聴きながら、付属冊子のエッセイを読み始めた。作者のイ・ランは一九八六

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