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【朗読】夏空に署名して

文月悠光
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大事なものを遠ざけて生きることに、
ほんとは慣れてしまいたくなかったよ。
閉ざされた扉と 揺れる貼り紙、
風に鳴るシャッターとギターの音色、
西日の中、うつむいて歩き去る人たち。
この街のどこかに きみもいるのかな。

知らない誰かが決めた正解で、
見えざる評価、見えざる手によって
わたしの人生も操作されてきた。
慣習に立ち向かうか、いっそ身を任せるか。
人によっては一生考えずにすむ選択を
必死に思い巡らすこの時間はいったい何?
声を上げられず、祈るだけの者は無力?
名前さえ奪われ、「わたし」を束ねられてしまう位なら
ねえ、「変えられないもの」など本当にあるの?

損をしたくないだけの大人にはならない。
なのに、いつの間にか「真ん中」を探してる。
迷い歩いたスニーカーの潰れたかかと。
責められるようなことじゃない。
誰かが引いた境界線のせいで、
誰だって 傷ついて血を流している。
あたらしく包み直そう。
向こうがわのきみへ 手を届かせたい。
包帯をほどき切って、わたしを更新したい。
さえぎられた声を 光を 失った名前を
この腕にとり戻してみせる。

終わりのない波音に耳をゆだねる。
ここにいる。それだけで風を切る。
この夏を風化させないために、
誰にも奪えない夏の遺志を
わたしは空に署名しよう。

詩「夏空に署名して」文月悠光


*「婦人之友」2021年8月号 ミヨシ石鹸さん広告より。
毎月、裏表紙広告欄に詩を書き下ろしています✍
写真:岩倉しおりさん

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