文月悠光 Yumi Fuzuki
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【朗読】秋の光を招いて
季節の終わりから こぼれてしまうことを恐れないで。 * 星は誰かに見つけられて、光を教わる。 光はまだわたしを照らしているか? その答えは足元にある。 地に影が伸びるのは、 光がわたしを見つけた証。 わたしは影と共に歩きながら、 かつて手を結んだもう一つのかたちを 自らの影に探し求めた。 忘れ去られた花にも花の役目がある。 人知れず果たしてきた人生の責務。 闇夜の気配に振りかえると 木々は遠く、 もう随分と長く歩いてきたようだ。 日に焼けた本のページをさかのぼれば、 ひとりでは読み解けなかった項目の数々。 誰かと寄りそい合った記憶、 道の途中で別れた人々の痕跡は、 あちこちで愛おしく光りはじめた。 夜の闇に何度飲まれても わたしはかならず息を吹き返し、 記憶のない朝に目覚めた。 波間から浮上する舟のように、 道を切りひらく。 季節の終わりから こぼれてしまうことを恐れないで。 なだらかなうろこ雲へ手を伸ばし、 懐かしい秋の光を招いてみよう。 この目で見つけた、 あなたの光を信じるとき わたしは新しく影を教わる。 詩「秋の光を招いて」文月悠光 *「婦人之友」2021年9月号 ミヨシ石鹸さん広告より。 毎月、裏表紙広告欄に詩を書き下ろしています✍ 写真:岩倉しおりさん ▶︎詩のテキスト・朗読のバックナンバーは ミヨシ石鹸さんホームページでも公開中🎧 https://miyoshisoap.co.jp/pages/medium ●本連載の書籍化、転載などをご相談希望の方へ 以下、文月悠光ウェブサイト【ご連絡】よりお問い合わせください。 http://fuzukiyumi.com/ 【お知らせ】中原中也賞受賞のデビュー作『適切な世界の適切ならざる私』がちくま文庫になりました📚🌠 https://amazon.co.jp/dp/4480437096/ 未収録詩やエッセイまで読める増補版です🙏 ▶︎文庫刊行を記念して、無料試し読みnoteを公開中📚🌟 https://note.com/fuzukiyumi/m/m944eadf56716
【朗読】夏空に署名して
大事なものを遠ざけて生きることに、 ほんとは慣れてしまいたくなかったよ。 閉ざされた扉と 揺れる貼り紙、 風に鳴るシャッターとギターの音色、 西日の中、うつむいて歩き去る人たち。 この街のどこかに きみもいるのかな。 知らない誰かが決めた正解で、 見えざる評価、見えざる手によって わたしの人生も操作されてきた。 慣習に立ち向かうか、いっそ身を任せるか。 人によっては一生考えずにすむ選択を 必死に思い巡らすこの時間はいったい何? 声を上げられず、祈るだけの者は無力? 名前さえ奪われ、「わたし」を束ねられてしまう位なら ねえ、「変えられないもの」など本当にあるの? 損をしたくないだけの大人にはならない。 なのに、いつの間にか「真ん中」を探してる。 迷い歩いたスニーカーの潰れたかかと。 責められるようなことじゃない。 誰かが引いた境界線のせいで、 誰だって 傷ついて血を流している。 あたらしく包み直そう。 向こうがわのきみへ 手を届かせたい。 包帯をほどき切って、わたしを更新したい。 さえぎられた声を 光を 失った名前を この腕にとり戻してみせる。 終わりのない波音に耳をゆだねる。 ここにいる。それだけで風を切る。 この夏を風化させないために、 誰にも奪えない夏の遺志を わたしは空に署名しよう。 詩「夏空に署名して」文月悠光 *「婦人之友」2021年8月号 ミヨシ石鹸さん広告より。 毎月、裏表紙広告欄に詩を書き下ろしています✍ 写真:岩倉しおりさん ▶︎詩のテキスト・朗読のバックナンバーは ミヨシ石鹸さんホームページでも公開中🎧 https://miyoshisoap.co.jp/pages/medium ●本連載の書籍化、転載などをご相談希望の方へ 以下、文月悠光ウェブサイト【ご連絡】よりお問い合わせください。 http://fuzukiyumi.com/ 【お知らせ】中原中也賞受賞のデビュー作『適切な世界の適切ならざる私』がちくま文庫になりました📚🌠 https://amazon.co.jp/dp/4480437096/ 未収録詩やエッセイまで読める増補版です🙏 ▶︎文庫刊行を記念して、無料試し読みnoteを公開中📚🌟 https://note.com/fuzukiyumi/m/m944eadf56716
【朗読】ネモフィラ
夏の亡骸をつかんで 心を決めるためにペダルを踏んだ。 * 嵐のような雨上がりの朝に からだの熱が揺らめいた。 潤っていく空気と、絶え間ない呼吸。 飛び出しそうな鼓動の近くで みずいろの静けさを焦がす。 制服姿の小鳥たちが巣立ったあと、 学校は抜け殻のようにきれいだった。 鳥たちは迷うことなく空へ 大きく波を描き、光を渡っていく。 スカートの影がながく伸びて わたしを切なくさせる。 制服の魔法がとけたとしても どうか わたしはわたしで在り続けて。 光は誰のもとにも等しく降りそそぎ、 前にも後ろにも世界は広がっている。 そう知りながらも、今はここでひとり だれかの呼び声を待つほかないのだろう。 画面の奥の現実に だれもいない教室に 青い夢の置き場を探している。 夏の亡骸をつかんで 心を決めるためにペダルを踏んだ。 世界はいとも簡単に わたしたちを見失うから。 生まれ落ちたこの地を宿命として かろやかな脱線を試みる。 回転する車輪の輝きは わたしをどこへ運ぶだろう。 だれも知らない 青い夢が咲き誇る地を求めて。 詩「ネモフィラ」文月悠光 *「婦人之友」2021年7月号 ミヨシ石鹸さん広告より。 毎月、裏表紙広告欄に詩を書き下ろしています✍ 写真:岩倉しおりさん ▶︎詩のテキスト・朗読のバックナンバーは ミヨシ石鹸さんホームページでも公開中🎧 https://miyoshisoap.co.jp/pages/medium ●本連載の書籍化、転載などをご相談希望の方へ 以下、文月悠光ウェブサイト【ご連絡】よりお問い合わせください。 http://fuzukiyumi.com/ 【お知らせ】中原中也賞受賞のデビュー作『適切な世界の適切ならざる私』がちくま文庫になりました📚🌠 https://amazon.co.jp/dp/4480437096/ 未収録詩やエッセイまで読める増補版です🙏 ▶︎文庫刊行を記念して、無料試し読みnoteを公開中📚🌟 https://note.com/fuzukiyumi/m/m944eadf56716
【朗読】立ち上がるときは
立ち上がるときは ひとりの方がいい。 だれかと足並み揃えるよりも 裸足で無防備にさらされること、 その贅沢を足裏で味わうために。 立ち上がるときは ひとりの方がいい。 海辺を わたし一色に染めるため。 空が晴れるのを見計らっていたら 日が暮れて取りのこされる残骸の身。 もう長いことうずくまっていて 立ち方がわからなくなっていた。 わたしだけが低い目線で、 なすすべもなく世界を仰ぐ。 みんなが走り出したとしても、 わたしは焦って身を起こしたりはしない。 砂浜から立ち上がるとき 頼れるのは、 この転びやすい脚だけなのだ。 立ち上がるときは ひとり無様な方がいい。 青い痣のひとつもできるだろう。 だれかを恋しく思うこともない。 ひとりで立ち上がるとき、 痛みを忘れたような顔はするな。 苦い記憶を丁寧にたたみ、膝に包み込む。 膝頭を立てて短く息を吐き、顔を上げた。 わたしはちゃんと立てているか。 この胸に約束したとおり 真っ赤な裸足で 夕焼けに発熱しているか。 詩「立ち上がるときは」文月悠光 *「婦人之友」2021年6月号 ミヨシ石鹸さん広告より。 毎月、裏表紙広告欄に詩を書き下ろしています✍ 写真:岩倉しおりさん ▶︎詩のテキスト・朗読のバックナンバーは ミヨシ石鹸さんホームページでも公開中🎧 https://miyoshisoap.co.jp/pages/medium ●本連載の書籍化、転載などをご相談希望の方へ 以下、文月悠光ウェブサイト【ご連絡】よりお問い合わせください。 http://fuzukiyumi.com/ 【お知らせ】中原中也賞受賞のデビュー作『適切な世界の適切ならざる私』がちくま文庫になりました📚🌠 https://amazon.co.jp/dp/4480437096/ 未収録詩やエッセイまで読める増補版です🙏 ▶︎文庫刊行を記念して、無料試し読みnoteを公開中📚🌟 https://note.com/fuzukiyumi/m/m944eadf56716
【朗読】朝の名前
どこかに行き着くまでは わたしも名も無きひとりです。 * その朝に名前はなかった。 キオスクに並ぶ雑誌の表紙だけが あざやかに様変わりしている。 輪っかのかたちの路線図を見上げれば 日々は電車のように駆け入ってくる。 開くドアへ足を向けるのは、 わたしの顔をした誰か。 肩を不自由に扉に押しつけて もうすこし ここに触れていたいと願う。 あなたも わたしも鮮明ではない。 それぞれが違う現実を編み上げるので 世界はきれいに像を結ばない。 隣人同士、違う景色を見るゆえに 必ずどこかぼやけてしまう。 ひとの思いだけが幾重にもかさなる。 揺れ動く車窓に、目でたずねてみる。 わたしの輪郭はどこですか。 腕組みをしてうつむく女性、 新聞をばさりと広げる会社員、 スマホに目を落とす女子高生。 どこかに行き着くまでは わたしも名も無きひとりです。 換気する窓の風に吹かれて 一直線に運ばれていく。 きょうも わたしたちは あの中にいます。 詩「朝の名前」文月悠光 *「婦人之友」2021年5月号 ミヨシ石鹸さん広告より。 毎月、裏表紙広告欄に詩を書き下ろしています✍ 写真:岩倉しおりさん ▶︎詩のテキスト・朗読のバックナンバーは ミヨシ石鹸さんホームページでも公開中🎧 https://miyoshisoap.co.jp/pages/medium 【お知らせ】中原中也賞受賞のデビュー作『適切な世界の適切ならざる私』がちくま文庫になりました📚🌠 https://amazon.co.jp/dp/4480437096/ 未収録詩やエッセイまで読める増補版です🙏 ▶︎文庫刊行を記念して、無料試し読みnoteを公開中📚🌟 詩集『適切な世界の適切ならざる私』(ちくま文庫)全30篇より、5篇の詩を選びました! https://note.com/fuzukiyumi/m/m944eadf56716
【朗読】わたしは差し出す
綿毛に包まれた種たちは 土のぬくもりを知っているから、 風のなかへ飛び込むのだろう。 * だれに受けとられなくてもいい、 わたしは差しだす。 どこに届かなくてもいい、 わたしは差しだす。 踏みつけられてもかまわない、 わたしは差しだす。 痛みを差しだすことが唯一 伝える手段なのだから。 声もなく 足音もたてずに わたしは差しだす。 光に守られた綿毛はひとつの星雲。 日々の重さを綿毛にのせて 一息に振りまくことができたなら。 風のさだめに身をゆだねて 季節は生まれかわる。 わたしを世界へ開け放つ。 怖くないのか、とたずねる間もなく 星雲はこの手から散っていった。 差しだすことが怖かった。 綿毛に包まれた種たちは 土のぬくもりを知っているから、 風のなかへ飛び込むのだろう。 ちいさな種にはすべてが備わっていて まだ何ひとつ損なわれていない。 今、あたたかな木もれ陽を抱いて わたしたちは一斉に 春へ なだれ込んでゆく。 詩「わたしは差しだす」文月悠光 *「婦人之友」2021年4月号 ミヨシ石鹸さん広告より。 毎月、裏表紙広告欄に詩を書き下ろしています✍ 写真:岩倉しおりさん ▶︎詩のテキスト・朗読のバックナンバーは ミヨシ石鹸さんホームページでも公開中🎧🌠 https://miyoshisoap.co.jp/pages/medium 【お知らせ】14歳から17歳のときに書いた詩で編んだ、中原中也賞受賞のデビュー作『適切な世界の適切ならざる私』がちくま文庫になりました📚🌠 https://amazon.co.jp/dp/4480437096/ 文庫は、未収録詩やエッセイまで読める増補版です🙏 【祝・文庫化記念】文庫刊行を記念して、無料試し読みnoteを公開中📚🌟 詩集『適切な世界の適切ならざる私』(ちくま文庫)収録の全30篇から、5篇の詩を選びました!📝🌸 ▶︎『適切な世界の適切ならざる私』試し読み|文月悠光 https://note.com/fuzukiyumi/m/m944eadf56716
【朗読】風と球体
きみとひとつになれなかった、 わたしを壊されそうで。 互いの傷あとを包み合って そとへ 手放せたなら 砕けてもいい。 わたしは軽くなる。 * 割れない泡のようなこころ たずさえて ふくらむのにまかせていたら いつしか重くなっていた。 ふるえる輪郭は、鼓動のあかし。 潰さないで 潰れないで、と 願いつづけて今を見る。 行き先はまだわからない。 それでも恐れず 青い風にのりたい。 つめたい鏡の記憶を持てあます。 痛みを捨てられなくて抱えこむ。 きみとひとつになれなかった、 わたしを壊されそうで。 「さよなら」を口にする勇気もない。 だから、ひとりでに吹く 風のなかへ ぬくもりを求めにゆく。 転げ落ちたときの痛みは忘れない。 痛みを愛しい杖にかえて生きてゆく。 互いの傷あとを包み合って そとへ 手放せたなら 砕けてもいい。 わたしは軽くなる。 それでも消えることのない、 己のかたちを守るから。 いつか 巡りあうとき わたしと気づいてもらえるように。 詩「風と球体」文月悠光 *「婦人之友」2021年3月号 ミヨシ石鹸さん広告より。 毎月、裏表紙広告欄に詩を書き下ろしています✍ 写真:岩倉しおりさん ▶︎詩のテキスト・朗読のバックナンバーは ミヨシ石鹸さんホームページでも公開中🎧🌠 https://miyoshisoap.co.jp/pages/medium 【お知らせ】14歳から17歳のときに書いた詩で編んだ、中原中也賞受賞のデビュー作『適切な世界の適切ならざる私』がちくま文庫になりました📚🌠 https://amazon.co.jp/dp/4480437096/ 文庫は、未収録詩やエッセイまで読める増補版です🙏 【祝・文庫化記念】文庫刊行を記念して、無料試し読みnoteを公開中📚🌟 詩集『適切な世界の適切ならざる私』(ちくま文庫)収録の全30篇から、5篇の詩を選びました!📝🌸 ▶︎『適切な世界の適切ならざる私』試し読み|文月悠光 https://note.com/fuzukiyumi/m/m944eadf56716