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【朗読】ネモフィラ

文月悠光
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夏の亡骸をつかんで
心を決めるためにペダルを踏んだ。

 *

嵐のような雨上がりの朝に
からだの熱が揺らめいた。
潤っていく空気と、絶え間ない呼吸。
飛び出しそうな鼓動の近くで
みずいろの静けさを焦がす。

制服姿の小鳥たちが巣立ったあと、
学校は抜け殻のようにきれいだった。
鳥たちは迷うことなく空へ
大きく波を描き、光を渡っていく。
スカートの影がながく伸びて
わたしを切なくさせる。
制服の魔法がとけたとしても
どうか わたしはわたしで在り続けて。

光は誰のもとにも等しく降りそそぎ、
前にも後ろにも世界は広がっている。
そう知りながらも、今はここでひとり
だれかの呼び声を待つほかないのだろう。
画面の奥の現実に だれもいない教室に
青い夢の置き場を探している。

夏の亡骸をつかんで
心を決めるためにペダルを踏んだ。
世界はいとも簡単に
わたしたちを見失うから。
生まれ落ちたこの地を宿命として
かろやかな脱線を試みる。
回転する車輪の輝きは
わたしをどこへ運ぶだろう。
だれも知らない
青い夢が咲き誇る地を求めて。

詩「ネモフィラ」文月悠光


*「婦人之友」2021年7月号 ミヨシ石鹸さん広告より。
毎月、裏表紙広告欄に詩を書き下ろしています✍
写真:岩倉しおりさん

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