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【朗読】わたしは差し出す

文月悠光
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綿毛に包まれた種たちは
土のぬくもりを知っているから、
風のなかへ飛び込むのだろう。

 *

だれに受けとられなくてもいい、
わたしは差しだす。
どこに届かなくてもいい、
わたしは差しだす。
踏みつけられてもかまわない、
わたしは差しだす。
痛みを差しだすことが唯一
伝える手段なのだから。
声もなく 足音もたてずに
わたしは差しだす。

光に守られた綿毛はひとつの星雲。
日々の重さを綿毛にのせて
一息に振りまくことができたなら。
風のさだめに身をゆだねて
季節は生まれかわる。
わたしを世界へ開け放つ。
怖くないのか、とたずねる間もなく
星雲はこの手から散っていった。

差しだすことが怖かった。
綿毛に包まれた種たちは
土のぬくもりを知っているから、
風のなかへ飛び込むのだろう。
ちいさな種にはすべてが備わっていて
まだ何ひとつ損なわれていない。
今、あたたかな木もれ陽を抱いて
わたしたちは一斉に
春へ なだれ込んでゆく。

詩「わたしは差しだす」文月悠光


*「婦人之友」2021年4月号 ミヨシ石鹸さん広告より。
毎月、裏表紙広告欄に詩を書き下ろしています✍
写真:岩倉しおりさん

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