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書評

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#人生

青山美智子(2022)『月の立つ林で』ポプラ社

月をテーマに、同じポッドキャストの配信を聞く人たちのそれぞれの人生の一コマを描く群像劇。百人百様の課題に対して、なぜか沁みてくる配信の声とそれでも向き合わなければのは自分だという現実に、みんな懸命に立ち向かっていく。

現代文学に当たり前のようにスマホやタブレットが登場し、ラジオではなくポッドキャストが心と心を繋ぐ。時代が変わっても、それでも私たちの目の前にある苦しみはいつも変わらない。やりたいこ

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堂場瞬一(2022)『小さき王たち 第一部:濁流』早川書房

田中角栄を彷彿とさせるある政治家と新聞記者の戦いを描く政治小説。選挙買収を巡る疑惑が物語の中心だが、その周囲で、世襲の苦楽や若者の人生設計、伴侶の大切さを真実味を持って伝えてきてくれる厚みのある一冊。

臨場感のある描写や展開は娯楽作品として十分すぎるが、日本のこの手のエンタメは必ずと言っていいほど政治家サイドが汚職や買収などに手を染める悪者として描かれる。政治は皆んな悪だという固定観念を再生産し

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一穂ミチ(2022)『光のとこにいてね』文藝春秋

ある二人の女性の、幼少期、青年期、壮年期それぞれにおける短い出会いと別れを描き出す。記憶に鮮明に残るような、自分にとっての特別な人。そんな存在に巡り合えたことが、日常を華やかに破壊的に変える。

ここまで奇跡的な出会いは無いにしても、現代を生きる私たちにも皆、自分を変える誰かとの物語を持っている。「推し」というものだってそうだろう。個の確立した時代でも、厳かに存在する他者との交わりを大切にしたい。

島本理生(2020)『わたしたちは銀のフォークと薬を手にして』幻冬舎文庫

一人の女性と、エイズを持った年上男性の、ある恋の物語。相手を思いやるとか、気遣うとか、そういった優しい感情の運び方が、落ち着いた文体で綺麗な言葉で記されている。読むと温かな気持ちになる一冊。

エイズに限らず、技術は進歩しているのに社会の偏見やそれを受けた自己規制がなかなか拭えないでいる現象は多い。一人の人間そのもの全てを、お互いにつき合わせる恋愛という関係性の持つ凄みを感じることが出来る。

小野寺史宜(2021)『ミニシアターの六人』小学館

単館系映画の過去作のリバイバル上映を題材に、それをたまたま同じ回に鑑賞していた六人のそれぞれの人生の一幕を描く群像劇。映画のシーンと現実のシーンが折り重なるように語られていくため不思議な没入感がある。

末永監督の映画でも、この六人の現実にも、何か大きな事件が起こる訳ではない。それでいて、彼らにとっては重大で、十分にドラマチックな人生を、ただ迫りくる波を乗り越えるようにして生きている。

逢坂冬馬(2021)『同志少女よ、敵を撃て』早川書房

生きる意味とは何か。戦争という極限状態におかれた人間の心の移ろいを丁寧に描写する中で、少しでもこの問いの核心に近付こうとする物語であった。もちろん答えは得られない。それでも読者は主人公たちとともに歴史の大河を渡りきったとき、一握の勇気を手にしているだろう。

戦争ほど人の人生を狂わせるものはない。奇しくも本書の戦場が、今また現実の戦場となっているこの時代に、我々日本の読者が受け取るべきメッセージは

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NHKスペシャル取材班編著(2012)『無縁社会』文春文庫

全く色褪せない、むしろますます重大になっている社会問題である「無縁社会」。2010年にあぶり出され、流行語にもなったこの問題は令和の時代になっても、孤独・孤立対策が焦点になるなど人々の暮らしを蝕む一大要因である。

誰かに見守られながら生まれる人間が、どうして死に際には誰にも看取られることなく孤独で、時には何か月も発見されずに朽ち果てていることが有り得てしまうのか。人権や人道の次元で到底受け入れら

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燃え殻(2021)『これはただの夏』新潮社

これまで辿ってきた毎日の先に、ただ今日があって、それはもう決して変えることのできない事実なんだと、今さら考えるまでもなく当たり前の日常を生きている。大人になるってそういうことなのかもしれない。

流れついた現実に突然起こるボーナスステージのような出来事の日々が割り込んできて、一つの季節を過ごすことが出来るのだったとしたら、それは忘れがたい幸せな記憶になるのかもしれない。またいつもの毎日に戻るとして

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篠田節子(2019)『冬の光』文春文庫

大学闘争やその後の高度成長期を生きた一人の男の人生を描いた物語。切っても切り離せない男女の関係のどうしようもなさと、人生の夢と現実の折り合いのつけ方の二大テーマを綿密に書き上げる。

この世界には絶対の悪意は滅多になくて、それでも誰かのやむにやまれぬ行動は、別の誰かを深刻なまでに裏切ることになってしまう。仕事も恋愛も、皆が皆、望みの通り果実を手に入れられる世の中は実現しようがないのであろうか。

清水晴木(2021)『さよならの向こう側』マイクロマガジン社

死者が最後に会いたい人に会いに行く物語。でも会えるのは自分の死を知らない人だけ。そのような条件の下で、頭を悩ませながら最後のひと時を過ごす人々を描いた生と死をテーマにした作品の一つ。

本書に特徴的なことと言うならば、悔いなく死ぬとはどういうことなのか考えさせられるということだろうか。最後に会ってみたとしても死という結末は変わらない。でも会うことで世界の何かが変わる。一人一人が持つ世界を変える力が

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垣谷美雨(2020)『リセット〈新装版〉』双葉文庫



人生に疲れた中年女性が、記憶をそのままに高校時代からやり直すストーリー。過去を追体験しながら、当時は気が付けなかった様々な事柄を発見し租借しなおしていく物語。

現実ではタイムスリップは難しいかもしれないけども、自分の記憶を頼りに少し昔のことについて振り返ってみることは出来るだろう。その当時はあんな気持ちでいたけれど、今から考えると、といったようなことは私たちの人生にも数多くある。変えられるの

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山本文緒(2020)『自転しながら公転する』新潮社



社会問題とかに一旦興味を持ってしまうと、結局何もできない自分のちっぽけさにやりきれない気持ちになってしまう主人公。それでも日々の彼女を取り巻く生活の一つ一つ、それぞれの場面での葛藤や選択がとてつもなくエネルギーを要するものであることも事実。

あれもこれもと迫られる毎日の中で、劣等感とか嫉妬とかに苦しみながらも耐え抜いて、耐え抜いて耐え抜いて、その先にたまに来るブレイクスルーを掴み取りたいとこ

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湊かなえ(2016)『山女日記』幻冬舎文庫



山を手がかりに、身近な人や見知らぬ誰かの新しい人格と出会い続ける物語。そして必然的に自分自身の心を問い直すことに。読後の爽快感と、あぁ山に行きたい!という思いは折り紙付き。

一つのものを好きになるといっても、その在り方は十人十色。一人で山と向かい合いたい人もいれば、誰かと一緒に出掛けたい人もいる。何でもいいのは間違いないけれど、中には山での出会いが日常にということがあるのはやっぱり新鮮。

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窪美澄(2019)『やめるときも、すこやかなるときも』集英社文庫



きっと誰にでもある、人間としての生身の部分。その核心に、幸運にして触れられた誰かとのかけがえのない関係。もちろん決して打算や利己心がないわけじゃないけど、それでも二つの矢印がうまくかみ合ったという奇跡。

そして、もう一つ深く考えるのは、家庭環境のこころや性格を規定する力の強さ。児童虐待の家庭で育つ子どもの発するひかり、異なる生活基盤で育まれた他者の存在への想像力。大きい光、小さい光、様々な光

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