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詩小説

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短い詩の物語
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【詩小説】煌めいてる

【詩小説】煌めいてる

次の停車駅は「小三、小三、小学校三年生です」

車掌さんのアナウンスが蒸気機関車内に響き渡った。
私は徐々に減速していく車窓の景色を眺めていた。

「なお、車内清掃及び機器等のメンテナンスの為当駅での停車時間は6時間とさせていただきます。ご理解の程よろしくお願い申し上げます」

妙に眠たいのはいつの間にか車内の空調が暖房に切り替わっていたからだった。
曇った車窓を手で大雑把に拭くとまだ日は落ちてい

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【詩小説】桃源郷の鬼

【詩小説】桃源郷の鬼

辺り一面に群生していたれんげ草に身を沈めて雲を眺めていた私は高揚していた。

漂う甘い春の香りに色がついて見えた。

剥き出しの潤った舌の色。
後を追いかけてやって来たのは味わいを溢さない小さな突起の集合体。
触れずともざらついているのがわかった。
私は酔いしれる方を選んだ。
粘液が桃の果汁のとろみで果肉を守る皮の産毛は指で剥いた。
あの湾曲した桃の形。
私は人差し指で頬をなぞってみた。
そして深

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【詩小説】首なし龍

【詩小説】首なし龍

気嵐になりたかった魂たち。
山代の湯けむり彷徨う霜月の夜明け。

大衆演劇一座の幕が降りると舞台の天井からはらりとこぼれた紙吹雪が宴会座敷の色褪せた畳に落ちた。
あれは何色だったろう。
椿の生き様よ。

あまりにも生き急いだあの娘の名前も同じ椿だった。

日中の椿は厠の手前の日の当たらない奥座敷に飾られていた市松人形だった。
無邪気なこどもに乱暴に髪を掴まれ振り回されたり、鼻息を荒らげた中年男性に

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【詩小説】赤子の石

【詩小説】赤子の石

「あの子面白かったって言うで」

−−−おもしろかったぁ−−−

「ほらな!お、次あの子な。あの子は難しかったけど楽しかったって言うからな。みとき」

−−−はじめは難しかったけど楽しく出来たぁ−−−

「ほらな!これ当たりやろ!」

こいつは何を一人で盛り上がってるのだ。
テレビのニュース映像を指さしながら缶ビールをせっかく用意してやったグラスにも注がずそのままかっさかさに荒れた唇を缶の飲み口に

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【詩小説】馬鹿ばっか

【詩小説】馬鹿ばっか

明日香

自分の名前の由来なんて聞いたことなかった
大体想像つくでしょ
明日と香りで明日香
お好きなように
きっとどれでも正解で、全てが間違いよ

ねぇ 教えてよ
それが何だっていうの
私にどうしろっていうの

私は花でもなければアロマオイルでもない
意地の悪い人は芳香剤って…くだらない
思いつきも甚だしい
いつか自分で自分の首を絞めるでしょうね
他人に迷惑かけずに消えてなくなっちゃえばいいそんな

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【詩小説】人魚の子

【詩小説】人魚の子

私が人魚だった頃
私は海の中を
たったひとりで
泳いでいました。

ハミングが遠のいていく。
いつも同じ声が木霊して。
海月が天に召されるような
あぶくがわきあがる。
私は追いつけないとわかっているのに
海の中を泳いで手を伸ばしている。

ここ最近は毎晩のように同じ夢をみる。
目を覚ますとタオルケットは足に絡まり、扇風機が首を左右に振って回っている。
生ぬるい風が汗で額にくっついた前髪を糊付けする

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【詩小説】水仙の泉

【詩小説】水仙の泉

多分に漏れず恥に埋もれた人生だった。
負けず劣らず日陰を歩いた人生だった。
そうはいいながらも多数の名作を世に遺した太宰治とは比較にならない恥の岩石、それが私の人生だった。
埃にまみれた部屋に割引シールの貼られた食パンやら惣菜のプラ容器が散乱して、ずっと前からシンクのパイプは詰まり、下水の澱んだ臭いがこみあげていた。

故郷は北の方。
日を浴びてこなかったせいか発想は大抵沈鬱なものばかり。
あぁ、

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【詩小説】多摩川、たそがれ

【詩小説】多摩川、たそがれ

ヤクルトの飲み口を指で剥がせたら大人だよ。

多摩川の土手で肩を並べて座っていた親子らしき二人がヤクルト1000を飲んでいた。
少年は舌で穴を広げたヤクルト1000を半分ほど飲んでいたが、少し考えてから人差し指で残った蓋の銀紙を縁に押してくっつけた。
それを横目で見て微笑む三十代と思われる父親らしき大人のヤクルト1000の飲み口は銀紙が全て剥がされて縁はつるつるだった。

いつから人は大人になるの

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【詩小説】年上の同級生

【詩小説】年上の同級生

どうしてその学校を選んだのですかと問われれば成績に見合った学校だったのでと答える。
そんな人は多いはずだ。

校風に惹かれて…
教育理念に共感して…

どちらも頭に【御社】と付けたくなる。
就職面接のかしこまった理由でもあるまいし。
ましてや高等学校の話である。
義務教育ではないにしてもせめて高校だけは卒業してねと諭される世の中
高等学校は6・3・(+3)の義務教育の一環となっている。

縁もゆか

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【詩小説】マグリット・マグネット

【詩小説】マグリット・マグネット

青い春は18でツグミになる
白い梔子(くちなし)の偏西風を渡り
再び小さな実を結ぶことを願う

*****************************************

ふたつの青い春はひとつの磁石だった
U字型に曲がったマグネットだった
わたしとあなたは異なる磁極をもっていた
お互い自発的に波を描いていた

わたしたちは鏡に向かってにらめっこをした
あなたは決して笑うことはなかった

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【詩小説】純白の花

【詩小説】純白の花

アンテナを窓側に伸ばしたラジカセから
フォークソングが流れていた
六月 
朝 


姉さんはいつも以上に早くから台所へ立ち
味噌汁と甘い卵焼きに
大皿いっぱいのおにぎりをこしらえていた
あの日
寝ぼけて
運動会でもあったかしらと
わたしは
外の雨の音と交互に
姉さんの後ろ姿を目を擦りながら眺めてた

叔母さんの割烹着を脱ぎながら
姉さんは仏間へ向かった
お鈴を鳴らし合掌し
ひとつ軽いため息をはい

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【詩小説】教科書に落書きを

【詩小説】教科書に落書きを

はじめて隣の芝生が青くみえたのは
石川啄木をおさげの乙女に変身させた
君の鉛筆

私は自分の書く字を好きになれなかった
だからわざと濃く大きく書いて誤魔化した
自信がないことを見抜かれないために
とめ、はねをこれでもかとわざとらしく

枠からはみ出しては先生に注意された
消しゴムの跡が浮き彫りで
クラスの日誌で私のページは一番黒かった

私は君の鉛筆がうらまやしかった

そのうち君がうらやましくな

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【詩小説】暮れる

【詩小説】暮れる

大人だから色々ある
色々は
色々さ

面倒なこと聞いてくるやつだな
どうも調子が狂う

でも大人だから気にしない
こどもじゃないんだ

寝苦しい夜でもなかった

オンラインゲームに時間を忘れてたわけでもない

出張帰り
空港の免税店で買った洋酒を三口で飲み干すのも毎晩のこと

ブラームスを聴きながら眠りの泉に身を委ねたはずなのに

いつもよりだいぶはやくに目が覚めてしまった

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【詩小説】なんて呼ぼう

【詩小説】なんて呼ぼう

街を歩けば「じいじ」「ばあば」
抜け道の公園でも「じいじ」「ばあば」
ながら見テレビからも「じいじ」「ばあば」
どこもかしこも「じいじ」「ばあば」

波平さんが54歳
諸説ありだがフネさんは52歳
それがかつての祖父母像だった、昭和

美魔女やちょい悪オヤジなんて
敬ってるんだか怪しいんだかわからない
曖昧なエイジングの表現も
待ってました!
と、言わんばかりに世に広まったのも
年齢の定義も
多様

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