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【詩小説】七日の耳鳴り

日本酒の一升瓶を咥え
頬が膨らむまで含み
長い列に並んだ人たちの掌に
勢いよく噴射する男
赤い顔
眉間に尖ったいぼ
受付と書かれた名札を
首からぶらさげている
やっと私の順番だ
全身傷だらけで沁みはしないかと
恐る恐る掌を差し出した
他人事みたいに痛みもない
血や土で汚れていた腕も
洗い流されていた

青白い背中は
もう見当たらない
果てしない荒野が広がる

空を見上げた

御影石を
綿菓子にすると
あんな雲になるのだろうか
微かな青さえ
砂粒ほども見当たらない
きっとこの世界では
ずっと同じ空のまま
時が流れているのだろう

耳鳴りがするのは風がないから
ゆえに空も動かない
幾重にも積まれた石の上に
小学生にも満たないこどもが座っていた

私に
おいで おいでと手招いていた
近づくとぐらつく足場に
震えながら立ち上がり
頬に冷たい手をあてた
こどもは感電したように手を離した
眼球を真っ赤に潤ませ
私をじっと見つめた
こどもは慌てて正座をして土下座をした
私は狼狽え
よしなさいと肩に手を置いた
こどもは顔を上げ
屈託のない微笑みをみせてくれた
無邪気なこども
そのものの顔だった
するとこどもは
石へと
姿をかえていった

そうだ
たしかに覚えている
私は自動販売機で飲み物を買っていた
それがいつの間に
あの長蛇の列に並ばされていたのだ
酒でびしょ濡れの手をぶらつかせ
なんのことやら戸惑っていたら
あの受付の男が
最近の人間は提灯を見て笑うんだ
時代劇だと笑うんだ
おれはもう心が折れちまってよとぼやきながら
サイリウムライトを折って
HAWAIとプリントされたビーチサンダルをくれた
尖った砂利道には所々血痕が残っていた
サイリウムライトで足元を照らし前へ進んだ

「古着査定 高価買取」
右から左に横書きされた古い看板の商店
着てるもの全部脱ぎなと乱れた白髪の老婆に迫られ言われるまま裸になった
体重計に脱いだ衣類全てを木編みの籠に乗せて
針を睨んだ老婆が舌打ちした

随分好き勝手してきたようじゃないか
分相応なコースに送られるんだがね
あんたはサヨナラ逆転ホームランてやつかい
不運なんだか幸運なんだか
地獄の沙汰も金次第さ
これがお前の魂の買取金額だよ
ほら、この銭持ってとっとと逝っちまいな

老婆が指さした先に舟の渡し場
一級河川三途の川

女性の悲鳴が私の鼓膜を貫いた
私は意識が途切れてその場に倒れた
昼間っから酒なんて買いにいかなきゃよかった
私の後悔の胸の内が聞こえる
お釣りの小銭を財布にいれていた
腰を上げ
振り返ると
ガードレールが
飛行機雲を追いかけるように舞い上がっていた

幼いこども数人を大勢の大人が囲んでいた
それから数台の救急車がやってきた
次々と幼いこどもたちが運ばれていった
私は自分でもよくわからないがその場から逃げ去ろうとしていた運転手の足を抱えて離さなかった
何度も蹴られたが食らいついて離さなかった
離してなるものかと血がたぎった
駆けつけてきた警察官の視線が私の下半身に向けられているのがわかった
私はその血の気のひいて言葉も出ない警察官に後を任せて力尽きた

空が大きかった
割れたカップ酒の瓶が太陽に反射するのを眺めながら風が止んでいくのがわかった

ずっと耳鳴りだと思っていた音は
悲鳴とも
嘆きとも
囁きともいえない
人の声だった

なな なな なな

それは聞き覚えのある声だった
太陽も月も存在しない世界で
時の流れを必死に教えてくれていたのだね
ありがとう
寝ずの番は体にはこたえるだろうに
どうかもう心配しないでください
残された者への
最後の贈り物
悲しむ暇(いとま)を奪うこと
今は心を亡くしていてください 

なな なな なな な な

ここでやっと七日が過ぎた









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