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【詩小説】多摩川、たそがれ

ヤクルトの飲み口を指で剥がせたら大人だよ。

多摩川の土手で肩を並べて座っていた親子らしき二人がヤクルト1000を飲んでいた。
少年は舌で穴を広げたヤクルト1000を半分ほど飲んでいたが、少し考えてから人差し指で残った蓋の銀紙を縁に押してくっつけた。
それを横目で見て微笑む三十代と思われる父親らしき大人のヤクルト1000の飲み口は銀紙が全て剥がされて縁はつるつるだった。

いつから人は大人になるの?

ついさっき少年は片方の頬を夕日に染めて尋ねていた。
そういえば昔同じことを思ったと大人は懐かしんでいた。
少年の隣の大人はそれでも大人の誰かに聞いただろうかと思い出してみたが記憶になかった。
きっと誰にも教えを乞わなかった。
恥ずかしくて聞けなかったのか。
そんな大人が周りにいなかったのか。
大人は思い出しながら恥ずかしいと感じたあの時に少し大人に近づいていたのかもしれないなんて一人で納得していた。

ヤクルト1000を飲み干した少年がスーッ、スーッとからのヤクルト1000を吸っていた。

大人はそれさえ懐かしく思った。

大人はからのヤクルトを吸わなくなるんだよ。
あと、ヤクルトをコップいっぱいに飲みたいと言わなくなることだよ。
つまりはヤクルトが小さいと疑問を持たなくなることなんだよ。

まだスーッ、スーッとからのヤクルト1000を吸っている少年の横で大人は言葉を飲んだ。
これは言わないでおこう。
少年が大人になったら一人でわかる時がくるはずだから。
それを奪わないのも大人だよなと
からのヤクルト1000を指で摘まんで持ちながら多摩川の涼しげな水の音と明日も晴れるよと教えてくれている夕日の茜をはねかえして眩しく光る川面を細目で眺めていた。

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