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#短編小説
11.好きなページ、つぎのページ:「好きなページはありますか。」ショートストーリー集
田園都市線の三軒茶屋駅の階段を上がり地上に出て、モバイル端末で目的地までのルートを呼びだす。サングラス型のインフォメーション・ビジョンに3次元地図がリンクして、住所としては太子堂にあたる地区の目的地まで導いてくれる。
「河野風美さんの平均徒歩速度の場合、美容室『つぎのページ』に到着するまでおよそ4分40秒、かかります」
「さっちゃん、取材までちょっと余裕ある。カフェとか入る?」
「2時の取材
9.エンドロール、リ・スタート:「好きなページはありますか。」ショートストーリー集
待ちに待った日、わたしの日。
待望で不安な、わたしの日。
「あの『変身記』映画化作品が、米上映後まもなく2002年2月に映画化!」
そんな地下鉄の中吊り広告を見たとき、ちょっと心がざわついた。わたしの手にあった文庫本の中だけの幸せが、大勢の知らない人の手でまさぐられるような気がしたのだ。
わたしだけの本は、本当はみんなのものだった。
そりゃそうか。1968年に邦訳が発売されてから、日本で
8.わたしたちの一冊、彼女だけの一生:「好きなページはありますか。」ショートストーリー集
そんな不気味なまでに丁寧な文章で始まる手紙を受け取ったのは、今から6年前の冬だった。冬がいっそう深まるちょうどこの頃、1月の終わりだ。
実際のところその手紙は、かなり不気味だった。わたしが喫茶「ロンリイ」で時間働きをしていたのは手紙を受け取る10年以上も前のことで、たしかにお店でわたしに声をかけてくる男の人はたくさんいたけれど(手紙とか、寮の電話番号とか、いろんな贈り物とかをもらったっけ)、お店
6.名ばかりの革命、始まったばかりの物語:「好きなページはありますか。」ショートストーリー集
この街の冬は暗い。
故郷の宮崎では、真冬の12月といえども穏やかで暖かい時間帯があった。快晴の青空が広がる日の昼間は陽気で心愉しかった。ところがこの福岡の冬は、毎日のように曇り続きだ。これが日本海側の冬なのだと言われればそれまでなのだが、気が塞いでしまう。
六本松の大学校舎に向かう足も、そんな曇り空の下では重い。11月に授業が半年ぶりに再開されたものの、同じく教養部に属する周りの学生たちも浮か
5.彼女の噂、わたしの寒さ:「好きなページはありますか。」ショートストーリー集
南国なんて言われちゃう宮崎にだって、秋もあれば冬もある。12月になれば室内でもカーディガンやセーターを着るし、最近ずっとテーケツアツ気味なわたしは何を着ていても寒い。
寒い、寒い、寒い。きっともう、わたしの人生はこれからずっと寒いんだ。
「ねぇ、寒くないと?」
この合宿で同室の堀ちゃんに訊いてみるけれど、ウォークマンで聴いている音楽に夢中なのか反応しない。漏れ出る音から『CAN YOU CE
4.まだ十六、もう十六:「好きなページはありますか。」ショートストーリー集
A1出口を出ると、神保町のビル風が冷たく堪えた。もうカーディガンだけじゃ寒さに耐えられない。冬なのだ。
さっきまでは地下鉄の中にいたし頭に血がのぼっていたしでカッカと暑かったけれど、いつもの「わたしの場所」へ行くまでに随分身体が冷えてしまいそう。もう、全てがあのおじさんのせいに思えてくる。地下鉄で目の前に立って人のことをじっと見つめてくる変態なんて、はじめて会った。しかもきっと、あの変態はわたし
3.硬い吊り革、柔らかい砂浜:「好きなページはありますか。」ショートストーリー集
高校卒業から24年。ジェームズ・ディーンの人生一回分の時間を、黒木充は東京で暮らしてきた。
ラッシュアワーに人の心は存在しない。横でも前でも後ろでも、どこを見るでもなくただ眼を閉じ、目的地まで耐え抜く無心の境地が必要とされる。そうして無心で満員電車に揺られていると、彼は生まれてから18まで育った宮崎のことを無意識のままに思い出す。愛すべき故郷というのでもない、帰りたい場所というのでもない。ひたす
2.薄いカーディガン、分厚い双眼鏡:「好きなページはありますか。」ショートストーリー集
あの日買うことができなかった薄手のカーディガンがそろそろ必要になってきた。
夏休みが終わり2週間が経とうとしている。夕暮れは空を染めるのを焦り、わたし達は急かされるように日々を畳んでいく。みんなが狭い出口に向かって押しかけているみたいな感覚をおぼえながらも「どこか」「何か」に向かわなければならないと言われるがままに日々を処理していく。
それでも、わたしだけの夏はまだ終わっていない。いやむしろ、
1.古い手紙、新しい輪ゴム:「好きなページはありますか。」ショートストーリー集
「捨てるようなもんはまとめといて、後から見てもらった方がいい?」
「いらん。うち捨てとけ」
「そう、わかった」
久々に開けた実家の箪笥から、長年そこに蓄積されたのであろう空気の塊がのろりと出てきた。溜めこまれた衣類の入れ替えもなされていないようで、もう使わないものたちが最後に行き着く墓場みたいな扱いになってしまっている。総ケヤキの重厚な箪笥は独り身の父が用いるにはあまりに重くて大きくて、中身を整