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教育のはしくれ

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塾産業の中で教育などと偉そうには言いませんが、父親として息子たちと向き合ってきた一人としての体験と意見。時代的に早すぎた「イクメン」としての背景から、言葉を零してみます。
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#言葉

知らないことに気づくために

知らないことに気づくために

坂本真綾さんのラジオ番組で聞いた。お店で瓶ビールを注文したとき、店員に「おちょこはいくつお持ちしますか?」と尋ねられたという。偶々何か言い間違えたのかと思っていたが、もちろん届いたのはジョッキであった。当の店員は、別のテーブルでも同じように言っていたそうだ。無粋だろうから敢えて説明はしないが、ビールを飲むために「お猪口」を使う人は、まずいないだろうと思う。
 
毎月テーマを決めて話題を募る番組で、

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暗い言葉

暗い言葉

「ひもじい」という言葉がある。「ひだるし」の「ひ」の一つの「文字」で表す「もじことば」である。「しゃもじ」(杓子から)はいまも知られるが、「お目もじ」(お目にかかる)すら、もう死語の部類だろうか。
 
この「ひもじい」の意味は、「おなかがすく」とは違う。ありきたりの辞典での説明としてはそれでよいのかもしれないが、学校から帰ってきて「ひもじい」と口にする子どもはいない。
 
それというのも、子どもた

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思い込み

思い込み

今月8万円小遣いをもらった。気が大きくなってどんどん使ったら、最初よりも4万円減ってしまっていた。いくら使ったのだろうか。
 
もうすぐ五年生になる、勉強好きな面々。分からない。大きな声で4万円、などという。後にもうすぐ中三生となる生徒たちに同じ質問をしたが、これも4万円という返答。私は驚いた。
 
進学塾に勤め始めたころの勢いから、年々言語能力が落ちていることは分かっていた。だが、この数年、それ

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「きが」って何ですか

「きが」って何ですか

自分もまた子どもだった。ものを知らない、というのは、子どもにとって恥ずかしいことではない。大人もまた、たいして知っているわけではないのだから。
 
だが、知る・知らない、については、当人の経験というものが大きく関与している。たとえば住環境についても、マンション暮らしをしていたら「縁側」も分からないし、「軒下」というものが何なのか、知らないかもしれない。福岡では、トタン屋根の小屋でもなければ、「氷柱

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言葉にしてみること

言葉にしてみること

中学三年生も受験が近づいてきた。三角柱の体積を求める問題。図としては見取図がそこにあり、ABとACが4cm、ACも4cm、そして∠BACが90°と書いてある。多くの生徒にとっては簡単な問題だ。空間図形の問題を解くためには、見るべき平面を、真正面から書き直して考えるのが基本である。福岡県の公立高校の入試問題は、それを必要としている。それで底面の直角二等辺三角形の図を書いて、「底面積×高さ」の公式に当

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書くこと

書くこと

「問題をよく読みなさい」とだけ生徒に言っても、「読んでるよ」としか答えようがない。しかし、現に読み間違いがあり、なかなかなくならない。
 
文が実は読めていない、という衝撃的な事実を提示したことで、『教科書が読めない子どもたち』といった本は、一時的に話題を蒔くことができた。だが、事の深刻さは世を変えるほどには至っていないように見える。その本を著した新井紀子氏は、AIの研究家である。その研究過程で、

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高校受験のための国語

高校受験のための国語

訳あって、昨2022年の後半から、中三生の国語を担当することとなった。もちろん経験はあるが、受験生にとり、受験間際に担当者が変わるというのは、不安になるのではないかと懸念された。私の配慮は、そこに置かれた。受験生の、メンタルヘルスである。
 
その上で、受験のテクニックを、存分に伝えなければならない。しかしこれもまた、ここまでやってきた彼らのやり方を否定して、このようにしろ、と命ずるわけにはゆかな

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日本語の単語と聖書

日本語の単語と聖書

高校受験でも大学受験でも、英語について言及されるのが、単語はどのくらい憶える必要があるのか、ということだ。高校受験ならば、いまは小学英語があるために、2000語を下ることはないようだ。大学受験ならどうだろう。ざっと5000語くらいは標準となるのだろうか。高校生活で1日3個増やすノルマが課せられることになる。
 
ただ、日本語の単語の数はどのくらいか、という話が話題に上ることは、まずない。元々母語と

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言葉を考えたりとかしませんか

言葉を考えたりとかしませんか

作文を小中学生に教えることがある。中学生となると、いろいろな大人の文章に国語で触れるものだから、さすがに感得できるようになるが、小学生だと、どうにも直らない性質がある。それは、話し言葉をそのままに文字にする、ということである。
 
耳で聞いて言葉を覚える幼児の段階では、文字で書いたときに発覚することがある。宿題を「しくだい」、体育を「たいく」、言うを「ゆう」のように書いてしまうのだが、これも話し言

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たしかにA、しかしB

たしかにA、しかしB

中学入試の作文を指導している。その中で、便利なフレーズとして「たしかにA、しかしB」の形を覚えてもらうことにしている。「別の意見のよいところを認めた上で、それでも自分はこちらがよいと思う」という場合の常套句である。
 
日本語だと「たしかに」の代わりに「なるほど」もよく使うだろう。小学生には似合わないので「たしかに」で教えている。これが英語だと、かなりいろいろな表現が取れるらしい。ドイツ語では、z

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言葉にならない

言葉にならない

詐欺師の語りというのは、話だけ聞いていると、尤もらしく聞こえるものである。後から振り返ればその誤りに気づくこともあるし、書いたものを冷静に読めば、騙されないという場合もあるだろう。歴史の中で、集団催眠にかかったように、国民がひとつの破滅的な空気の中に取り込まれ、その空気をつくっていったということを、私たちは悲しい経験として知っている。だが、知っているからといって、それを免れているというわけではない

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教え、教えられ

教え、教えられ

不思議なもので、うまい人が見ると、文章の上手さ下手さはよく分かるらしい。私の文章もそうで、人に読ませるようなものではないのだという。
 
だが、文章をそれなりに書き続けていると、小中学生の作文の指導くらいはできるようになってくる。彼らもまた、自分では頑張って書いているつもりなのだが、そこは教育的指導をこちらがすることで、いろいろ気づかされることがあるようだ。文章を比較的書き慣れているであろう生徒も

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知らない言葉

知らない言葉

小中学生から若さを吸い取るようにして生きている者である。知らないことを教えるのが仕事なので、知識の面で知らないことを悪く言うつもりはない。だが、ただ知らないというだけではなく、関心がないようなふうであってよいのか、と疑問に思う方面のことは、少し挙げてみようかと思う。それは、かつての子どもたちは生活の中で知っていたと思われるからである。生活の、あるいは人生の、何が変わろうとしているのか。
 
まず、

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「じっぷん」の一言からの連想

「じっぷん」の一言からの連想

「残り、じっぷん」。テスト監督のときに宣言すると、子どもたちの間で「じっぷん……」という声がいくつか重なって聞こえてきた。夏期講習は、初めて塾に来るような子がいる。ふだんから来ている子は、私がいつもそう言うので慣れているが、そうでないとどうやら変に聞こえるようなのだ。
 
言うまでもなく、「10分」は「じっぷん」と読む。日本語で「じゅっ」という漢字の読み方はない。「十戒」も「じっかい」である。
 

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