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小説

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#小説

炎上

炎上

 その火災で何人かが死んだらしい。何人死んだのか、原因が何だったのか、わたしはテレビでそのニュースを見ていたわけだけれど、詳しい内容はちっとも頭に入って来ないでいた。そのニュースで使われていたのが、わたしの撮影した映像だったからだ。自分の手になる映像がテレビ画面で放送されているのはなんとも不思議な気分だった。
 たまたま通り掛かった建物が燃えていた。何気なくそれを撮影した。それがテレビ局や新聞社の

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創造主の介入(短編小説 過去作品と同内容)

創造主の介入(短編小説 過去作品と同内容)

人を殺した。

突き飛ばしたら動かなくなった。頭から血が出ていて、脈ももうなかった。

フローリングに倒れているそれは、もう人ではない。ただの塊なのだ。さっきまで動いていた人は、ただのそれになってしまったのだ。

僕は何も考えられなくなった。何も考えたくなかった。けれど、この世界にもういたくない事。それだけは分かった。

目の前にナイフがある。僕はそれを掴んでー。

「ちょっと待って!」

目の前

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冷奴

冷奴

 欲望には限度がない。一つ満たされると新たな欲望が一つ生まれる。人間が行動を起こすため、より高見を目指すため。今という現状に安寧することなく、チャレンジをするための必須の原動力。欲望とは人間には不可欠だ。

 私は欲深く罪深い人間です。自らの欲望に抗うことが出来なかった。仕事のストレスを解消するために、日々の悦楽に浸っていたのです。抗えない。

抗えない食欲。
 
 食欲は恐ろしい。欲望のまま、摂

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小説|よみがえるネコ

小説|よみがえるネコ

 その猫は短命で長生きでした。戦火の中で初めて生まれた時、子猫は兵士の腕の中で温かく、そして冷たくなります。子猫を守って兵士が負った傷から血が流れました。血を舐めた猫は、新たな命を得てよみがえります。

 別の地で、別の猫として生を享けながら、あの兵士を守りました。冷たい銃弾から彼をかばいました。兵士の行く手にあった地雷を先に踏みました。疲れ果てた彼が眠る町へ進む大きな戦車の前に立ちはだかりました

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短編小説『時代遅れ』

短編小説『時代遅れ』

結婚式の司会の仕事をしている方に聞いたが、近頃は新郎新婦の馴れ初めが「マッチングアプリ」ということが実に多いらしい。41歳の私は「マッチングアプリ」といえば、何やらいかがわしいものと思ってしまうが、10歳も下になると、もっとカジュアルに捉えているものらしい。そのうち、人と人がお付き合いをするためには、いきなり直接話しをすることのほうが「はしたない」と言われるような時代が来るのかもしれない。


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【小説】あの日の椿

【小説】あの日の椿

赤いちゃんちゃんこ。なんだかぼんやりとした、象徴のような、架空のものみたいに思っていたそれを、自ら着る日が本当に来るなんて。気恥ずかしいけれど、この上なく幸せなことだ。
あっという間に歳をとってしまった。
私の周りを元気に走り回る孫達の姿を見ながら、走馬灯のように、今までの人生が私の中を駆け巡り始めた。

結婚したのは22の時だ。
女に学問は必要ない、などと言われ、高校を出てすぐ父の勤めていた銀行

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【掌編】夢みたいなこと

【掌編】夢みたいなこと

 それは、突然やってきた。
 俺が恋人の加奈子と、オープンカフェで他愛のない話をしていると、テーブルが小刻みに揺れはじめた。
 日本人の本能か、俺たちだけでなく、周囲の会話も一瞬とまる。
 続いて、突き上げるような震動が来た。間違いない、地震だ。
「ひっ!」加奈子が短い悲鳴をあげた。女性は「きゃーっ!」という悲鳴をあげるイメージがあるが、本当におそろしいことが起こったときは、声もほとんど出ないよう

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【超短編戯曲】魚屋殺人事件 ビヨンド(300字)

【超短編戯曲】魚屋殺人事件 ビヨンド(300字)

警部「もうまな板の上の鯉だ、観念しろ。」

刑事「どうして他の魚屋を捌いたんだ。」

魚屋「にくかったんです。」

刑事「憎かったのか。」

魚屋「いえ、あいつ魚屋なのに肉を買ったことがどうしても許せなかったんです。」

警部「魚屋よ。しばらくは生簀に入って反省するんだな。」

魚屋「目からうろこでございます。」

刑事「さすが腐っても鯛。」

警部「よし水揚げしろ。」

刑事「へい。」

連行さ

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雨が降ればいいのに

雨が降ればいいのに

「雨が降ればいいのに」
下着姿でベットに大の字に寝転びながら、ぼそっとつぶやく彼女。
彼女のお腹をつーっと指先でなぞりながら、天に向かって長く伸びた彼女のまつ毛に視線を向ける。
「せっかくのデートなのに?」
「うん、前回のワールドツアーぶりだから…3ヶ月ぶりのデートだ」
彼女は窓の外の夜空をながめているのに、どこか別の何かを見ているような遠い目をしている。
ふと、心の奥底に生まれでた感情を押し殺す

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首に蛇を巻いた

首に蛇を巻いた

※以前、投稿サイトに掲載していたものを加筆&再掲しています。

新しい人間関係を構築する時はいつも震える。もともと人付き合いもそれほどうまくないし、できれば一人で過ごしていたい。だけどそれじゃあこの先の学校生活をうまく過ごしていけないのをわかっているから、私は精一杯の笑顔で「コミュニケーション上手な女子」を演じる。

おかげでもうこんなに友達ができた。このクラスが今、入学式とは思えないような緊張感

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シルクの海

シルクの海

キャンドルを焚いた。ゆらめく小さな炎と染み込んだアロマの香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
開け放たれた窓から吹き込む優しい風に揺れるハンモックを素通りしてベッドに倒れ込む。
薄暗い部屋はさんざ強い光を浴びた瞳をぼんやりと緩めていく。
柔らかいマットレスに沈み込む。深く、深く。
どこまでも、深く。

夢を見た。変な夢だった。
私は随分と大人になっていて、それで今よりもずっと軽い身体だった。
明け方の道

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青いサヨナラ

青いサヨナラ

「大丈夫だよ」
彼はいつもそう言っていた。
「僕を信じて。きっとうまくいくから」

彼との出会いはありふれたものだった。
友人同士が知り合いで、それがきっかけで彼と出会った。
彼の育ちの良さは、つきあいはじめてすぐ気づいたけど、実際に彼がお金持ちの良い家柄の一人息子という事は後から知った。
お勉強も出来て、良い大学も出ていて、いろんな事を知っていた。
彼はもちろんそんなことをひけらかす人ではなかっ

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【小説】月をのむ

【小説】月をのむ

月を飲み込んだ。だから来てよ。

久々にかかってきた通話は、そこで切れてしまった。彼女はいつも、タイミングが悪い。連絡を寄越すのはだいたい深夜だし、ゼミに顔を出すのは決まって試験前だった。そして明日は、僕の引っ越しときている。

それでも僕はスクーターにまたがり、10キロ先の彼女のアパートを目指す。夜にぽつんと浮かぶ部屋の灯りを思い浮かべながら。頬にあたる風が冷たくて、数週間前まで側にあった夏が全

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【小説】まれびと

 幼馴染は、なかなかに奇特な人間だった。モデルなんじゃないかと思えるほどの美形で、同級生ばかりか先輩たちからも熱い視線を投げかけられていた。
 彼とは幼稚園からの付き合いだった。外で遊ぶのがそれほど好きではなかった僕は、なんとなく、部屋の中で絵ばかり描いていた彼と一緒にいるようになった。
 彼はずっと絵を描き続けていた。それは小学校に入ってからも、中学校に進んでからも変わらなかった。美術部に入って

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