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病と戦のあいだには−−カミュ『ペスト』論考−−〈16〉

 思えば『ペスト』の登場人物たちは、誰もが別れというものをそれぞれの背景に抱えている。たとえばそれは、オラン市の下級官吏であったグランである。

 グランは、ペストとの戦いもすでに長きにわたっていたクリスマスの夜、自らの体調に深刻な変化が生じている中で、そのあまりに長すぎたペストとの戦いに疲れ果て、とうとう心がすっかり折れてしまったのだった。
 彼は通りかかった街頭のショーウィンドウの前で、不意に力なく崩れ落ちる。ずいぶん以前に彼の元から去って行った妻への追慕が、突如としてその心の内から溢れ出してくるのを止めることができなくなってしまった。
 出かけたきり行方のわからなくなった彼を捜し、ようやく見つけてそばに駆け寄ってきたリウーに向かって、グランはその胸元にしがみつくようにして、涙ながらに己れの苦悶をぶちまけるのだった。このように、彼もまた隔絶された世界の中で孤独に苦しむ、「別れ別れになった人びと」の一人だったわけなのである。

 グランは大学を出た後、オラン市の臨時職員に採用された。就職当初は早期に昇格昇給の可能性も見込めていたのだったが、なぜだかそのままずっと臨時の下働きの地位に甘んじ、今やその抜けた歯も放置しておくよりないような、侘しい初老の域に達してしまっていたのであった。
 グランの長年にわたる職業生活において、実は幾度もその処遇を改善しうるチャンスがあった。彼自身がもし上役に一言でも告げたなら、置かれたその不遇な立場も見直され、正式な職員として取り上げてもらえたかもしれなかったのだ。
 しかしグランは一度たりとも、自らの希望を然るべく訴え出るようなことをしなかった。それはなぜかと言うに、彼は「適当な言葉が口から出て来ない男」だったからなのだと、リウーは手記の中で推察する。
 もともと「約束」されていたはずの正職員への登用や、それに伴う昇給を上役らに要求することは、彼に認められている当然の「権利」であったのだが、そのような言葉を用いることは、自分の職務には相入れない「図太さめいた性格を帯びそうな」気がし、また、「ご厚情」とか「懇願」とか「深謝」などといった言葉で、へり下ったようにして相手の心情に訴えるのも、「自分の人格的威厳と調和しないように考えられ」たため、それらを用いるのも憚られたのだった。
 そうこうしているうちに結局グランは、そのまま一切の手間を放置し、薄給の小間使いのような地位に甘んじ続けた。彼は、「生活の必要を資力に適応させる」ことによって、細々とながらもその暮らしを維持することはできた。しかし、そもそも「言葉の資力を、事情の必要に適応させること」ができなかったのであった。

 グランの元妻であるジャーヌは、彼の近所に住んでいた貧しい線路工夫の娘で、二人は非常に若いうちに結婚したのだった。
 クリスマスが近づくある日、飾りつけられたショーウィンドウを眺めていたジャーヌは、傍らのグランに向かって無邪気に感嘆の声を上げたが、貧しい暮らしに追われる日々の中で、とても痩せ細っていた彼女は、その拍子で彼の方に倒れかかってしまった。グランは寄りかかってきたジャーヌを、自身も彼女と同様に細い身体ながら何とか支え、そしてその手をしっかりと握りしめた。そのとき、彼らの結婚は決まったというわけである。
 愛する者との家庭を持ち、二人はそれぞれにその暮らしを支えるため懸命に働いた、「働いて働いて、そのあげく愛することも忘れてしまう」ほどに。グランの方ではそのことに、少なからず油断があった。「言葉なんか使わないでもお互いにわかっていた」はずだと思い込んでいた。何であれ少なくとも安定だけはしているのだと思われる日々の暮らしに甘え、それを共に支えている相手の心情を慮るのを怠っていた。
 グランが妻に、何かしら相手の思いに寄りそって語りかけるというようなことをしなかったのは、それもやはり彼にとっては「言葉の的確さ」の問題だったのかもしれない。「内心では」何か相応しい言葉はないものかと、その胸の内で捜してはいたのかもしれない。しかしたとえそうだったとしても、やはり彼は結局、口に出して語りかけることをしなかった。ゆえに後になって残るのは、そのような「何も言葉をかけなかった」という事実だけなのであった。

 ジャーヌの方では、日々の暮らしから愛が薄れつつあることを忘れてはいなかった。
 彼女の育った、貧しく陰気な家庭。家事に追われるばかりの母と、休みの日には何をするでもなく、ただ椅子に座って考え込むように外を眺めているだけの父。弾むような会話も、暖かみのある笑顔もない、まるで地下窟に閉じ込められているような生活。結婚してようやく、そのような毎日から抜け出したと思ったのに、自分も夫も暮らしに追われて働き詰めで、当の相手は一体何を考えているのだか、ずっと黙りこくっているばかり。彼女の父がそうであったように。
 ジャーヌもまた、生まれながらの「流刑者」なのであった。貧しさと侘しさの充満した、「家」という壁の中に閉じ込められていた孤独な囚人だった。結局、彼女にとって結婚は解放ではなかった、ただ流刑地を移動しただけのことだった。
 そして、ジャーヌは家を出て行った。おそらくは、他の男と連れ立って。「出て行くことが幸福だとは思っていないが、しかし、別に幸福である必要はないのだ、もう一度やり直すためには、ともかく出て行くことが必要なのだ」というような書き置きだけを、グランの元に残して。

〈つづく〉

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