論考「自殺は偶然現象か?――統計学と生権力の視線から」

 自殺とは、ある人の究極の行動の1つである。それにも関わらず、集計された自殺者数は毎年似たパターンに従う。これはなぜか。  私はここに数値化の暴力(数え上げの暴力)のさらに背後に潜む≪足し合わせの暴力≫の存在を主張したい。これを考えるために、統計そして統計学とはなにかという根本問…

沢山の人に愛されると、その分虚しくなる。ということに気づいた。 けれど、女と云ふのは巫女である。神の思召を、くだらない有象無象の現世にある男共に、母のように与える役目が有るのだと思う。産まれながらに大地で或るから。 愛してやろう。総て。

【随筆】公正世界仮説について

 この間、公正世界仮説という言葉について解説していた動画があったため、少し考えてみる。差し当たって、私は自身の幸福を満たすためだけに思考している、という前提を記しておく。そして私は哲学の類には深く足を突っ込んだことはないため、主観からの論考になる場合が多い。つまり、個人の意見であ…

病と戦のあいだには−−カミュ『ペスト』論考−−〈16〉

 思えば『ペスト』の登場人物たちは、誰もが別れというものをそれぞれの背景に抱えている。たとえばそれは、オラン市の下級官吏であったグランである。  グランは、ペストとの戦いもすでに長きにわたっていたクリスマスの夜、自らの体調に深刻な変化が生じている中で、そのあまりに長すぎたペストと…

病と戦のあいだには−−カミュ『ペスト』論考−−〈15〉

 カミュは「別れ別れになった人びと」というモチーフを、何よりもまずランベールを念頭に構想していたようである。 「…妻と別れ別れになった男は、医者に、そこから脱け出すための証明書をもらいたいと思っている(そうしたわけでかれは医者と知り合うようになる)。かれは自分の奔走の一部始終を語…

病と戦のあいだには−−カミュ『ペスト』論考−−〈14〉

 カミュは『ペスト』の創作ノートに幾度となく、「別れ別れになった人びと」という言葉を書きつけている。別離と断絶。もしこの作品に戦争のメタファーが反映されているとすれば、それはカミュが戦時下において実際に目にした、巷の人々のそのような姿なのであろう。そこになおさらの意味合いを考える…

反復についての覚書 -新しい秩序に向かって-

 いつも同じ時間にジャイアントコーンガーリックペッパー味二袋とゆずレモンサイダーをレジ袋付きで買いに行くセブンイレブンがあるのだが、ついに店員に「レジ袋入りますか。」と聞かれなくなった。もうそういう客なのだと習慣の中で認識し、私と彼との間が無意識のうちに関係づけられているのだろう…

病と戦のあいだには−−カミュ『ペスト』論考−−〈12〉

 「個人的不条理から集団的不条理への展開」という論点に戻ろう。カミュの長編評論『反抗的人間』から、彼の思想を象徴する一文を取り上げてみる。 「…不条理の体験では、苦悩は個人的なものである。反抗的行動がはじまると、それは集団的であるという意識を持ち、それが万人の冒険となる。だから、…

病と戦のあいだには−−カミュ『ペスト』論考−−〈11〉

 カミュの作品について語られるとき、『異邦人』における個人的不条理から『ペスト』に描かれる集団的不条理への展開、という論点において取り上げられることは多いし、カミュ自身もまたそれは、自覚的に意図しているところでもある。 「…『ペスト』は、同じ不条理に直面した個々の観点の深奥の等価…

病と戦のあいだには−−カミュ『ペスト』論考−−〈10〉

 『ペスト』の物語を読み進めていくと、印象としてリウーという人物はどうやら、たとえば「理想」などというものを、自ら強いていっさい持たない主義の人であるというのは、確かなところとして理解することができる。そればかりでなく、彼にはどうもこれといった願望や欲望というのもまた、その言動か…