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 弾にも負けず

弾にも負けず
爆弾にも負けず
地雷にもミサイルにも負けぬ
丈夫な体を持ち
欲ばかりで
決して笑わず
いつも激しく怒っている
一日にステーキ3キロと
キャビアと多量のウオッカを飲み
あらゆることを
自分を勘定に入れて
良く見聞きしないで直ぐ手を出し
そして殴られた恨みも忘れず
野原の松の林をなぎ倒し
大きな御殿を造って住み
東に弱い小国あれば
行って征服してやり
西に疲れた大国あれば
行って傀儡政権を樹立し
南に死にそうな国があれば
行って怖がらせて服従させ
北に喧嘩や訴訟があれば
やれやれとたきたて
日照りのときは隣国から作物を盗み
寒さの夏はオラオラと食糧を奪い
みんなに将軍様と呼ばれ
大いに褒められて
苦にはされてもひれ伏され
そういう大統領に
私はなりたくない


 パリジェンヌ

うんざりしたコロンの臭いも
突き刺さる毒々しい言葉も
小馬鹿にしたような眼差しだって
突然の炸裂音と一緒に
どこかほかの宇宙に飛んじまった
君の彼女が残したものは
紙吹雪のような無数の肉片と
香水よりは増しな血の香りだ
彼女のことを知らないうちに
知らないどこかに行っちまった
まるで捕り逃がした魚のように
もう二度と帰ってこないんだ
きっと君が辛いと思うのは
分からなかったからに違いない
そのまま理解できずに終わって
三日三晩も泣いただろう
テラスの小さな丸テーブルが
彼女のロイヤルシートだった
好色な男たちが声を掛けたに違いない
僕もその一人だったのだから
そしてなぜ僕が選ばれたのかも
分からずじまいに終わっちまった
きっと気まぐれだろうと
納得していたにも関わらず
そして君は最後の最後に選ばれちまったのさ
きっと君がほかの女を弄ぶように、きやすく
君は僕以上に、運が悪かっただけさ…

 

卑怯者

老兵は海辺に小さな家を買った
毎日あの時間が来ると浜に出て
水平線の彼方のあの浜を思い浮べた
沖に浮かぶ無数の敵船から
無数の上陸艇が、無数の敵兵を乗せてやってきた
上官から敵の数を把握せよと命じられたので
見える範囲で声を出して数え始めると
そいつに思い切り頬を叩かれた
数える暇があるなら機銃を点検せい!

戦闘が始まると、わが軍は果敢に立ち向かった
しかし多勢に無勢で後退を余儀なくされたのだ
味方はジャングルでの戦いに敵を引き込んだが
彼だけは機銃を倒し、浜の塹壕で丸くなっていた
叩かれた頬が痛くて、やる気を失くしてしまったのだ
わが軍は玉砕し、一人だけ捕虜となった

老兵はいつも、死んだ仲間たちのことを思い出すのだ
決戦の前日に連中とマージャンをやった
誰かがポンをする前に牌を入れちまったので戻したが
手が震えていて、すり替えたと疑われた
あの牌があれば満貫をテンパることができたのに…
しかしなぜ手牌を広げて、潔白を証明しなかったのだろう
上がったら、ますます卑怯者だと思われたろうに
俺は子供の頃から意気地なしだった…

老兵は海の彼方を見つめながら
あのときの失態を悔やむのが日課だった

 

 海辺の英霊

水平線はるか彼方に
かつて生まれた天国があった
嗚呼我が故郷 あふれ出る狂騒
いまは潮風囁く珊瑚の浜辺に
我がしゃれこうべは白砂と化し
平穏の時を波と戯れる
生き抜くための戦いを潤す
黒赤く膨れた血袋は朽ち
罪深き心もろとも波に洗われ精粋に
いまここにあるのは白魚のごとき無感情
いまだ戦い終えぬ息子たちよ
死に際のひとときに悟る心が芽生えよう
舞い上がるために力尽きたその先を
人生は死ぬための滑走であると…
そこは宇宙という悠久の無機質
あらゆる希望が溶け出る無限… 

 

 戦争讃歌

壁に貼り付くゴキブリを殺したとき
家の内壁は白が多いのに
なんで目立ちたがるんだろうと嗤っちまった
偶々居間に紛れ込んで殺られちまっただけで
普段は暗所で暮らしていて
ダークボディが生きやすいんだろう
きっと居場所が居間になれば
白いゴキブリも現われるぜ
白い黒いなんて、大した問題じゃないのさ

しかし奴らには最初のアダム・ゴキから
三億年も捨て切れなかった本質があるんだ
進化論なんかは愚かな学者の嘘っぱちで
あらゆる生物は神野郎が創ったものだ
奴にとって生き物は単なる兵隊さんのオモチャさ
意図的に、意地悪く見物してやがる
コロシアムの天上貴賓席に座り、酒を食らってよ

揺かごの若芽から墓場の蛆虫まで
結局、神野郎が生き物に与えたものは
「闘争本能」っていう名の電池なんだ
そいつをオモチャの中心に嵌め込んで
そいつの無くなるまで変わることなく
戦わせようっていうわけなんだな

進化論が進化と名付けたのは
そいつを取り巻く襞々部分で
環境や状況で臨機応変するけれど
単なるバージョンアップで
本質は何も変わっちゃいない
戦いに明け暮れ、血を流し
対応できれば生き延び
対応できなければ死ぬまでの話さ
どいつもこいつも剣闘士さ…

嗚呼、人間という罪深き剣闘士ども
俺たちは発生から二十万年もの間
闘争本能を柱に据えて上辺の進化を遂げてきた
文明という襞々部分は変わっても
下卑た本性は変わらないぜ
あらゆる詩人も、学者も、夢想家も
怒れる俺たちの牙には叶わない
理想論なんかじゃ腹は張らないものな
夢なんか持つ奴はとっとと消えちまいな
現実を見ろよ!
さあ武器を持ち、立ち上がって蹴散らすんだ
血という血が川に流れ、海に注ぎ
蒸発して天空を赤く染めるまで
徹底的に殺し合ったって
どこかでしぶとく生き残る奴はいるって話さ
そいつはラッキーな奴なんだ…
俺はきっとラッキーボーイさ

 

 英霊に捧げる詩(うた)

ある時茫々とした古の戦場を歩いていると
無数の英霊たちが草の根っこにしがみ付き
軽々しい霊魂を浮かせてしまわないように
必死に踏ん張っている姿を見て驚かされた

地球の自転は土屑となった幾多の魂を
とわの宇宙に飛ばすための排出作業だ
貴方は地球が搔いた血汗のようなもの
魂なんか雑草の栄養にもなりはしない

貴方の残影が残るのはほんのひと時
この星の悲劇は直ぐに忘れ去られて
再び同じような惨劇は繰り返される
何万年も何十万年も前からの伝承だ

なのになぜ人の心に訴えようとする
なぜ古の怨念を捨てようとはしない
貴方を駆り立てたのは、貴方自身だ
浮かばれぬ魂よ、それは僕の誤解か

朽ちた魂は浄化されてしかるべきだ
貴方はきっと祈るために留まるのだ
人が死んだ者に祈りを捧げるように
生きる者達に祈りを捧げているのだ

嗚呼、楽園を追われた人類に科せられし罪
勝ち抜くことが小惑星の住人の習い性なら
敗北者は後ろ髪を引かれる思いで留まろう
こんなことは二度と繰り返してはいけない
貴方にも私にも、祈る事しかないのだから

 

戦場の森にて

僕はいま、森の中を散策している
高台に登って下を眺めると
一点の陰りもない見事な森が広がる
木々はしのぎを削って太陽を奪い合い
一幅の完璧な絵画を完成させた
しかしそれがアートであるからには
美しさだけを楽しむわけにはいかないだろう
セザンヌの歪んだ絵の裏に、苦汁の人生が潜むように…

ここは古の激戦地
高台には機銃が据え付けられ
迫る敵兵を血祭りにあげた
木々は戦死者たちの血肉を肥料に
日の目を見なかった幼木たちをも糧にして
枝葉を翼のように広げ、勝ち誇る

枝々の下は漆黒の闇となって
食物連鎖の戦場が広がり
哀れな兵士の代わりに
小動物たちが死闘を繰り広げる

嗚呼、未来への飽くなき欲望よ
植物の、動物の、虫どもの、人間たちの
腹を空かせた貪欲さよ…
生き抜くために魂を食らう星、地球
食べ続けないと朽ちてしまう星、地球
それがこの星に生きる公認システムなら
きっと最大の罪は
無限の時空を侵し続ける巨大アメーバ
ビッグバンであるに違いない

僕はため息をつきながら
機銃の台座に腰を下ろし
緑きらめくパノラマを肴に
宿屋で貰った握り飯を頬張った
さて夕飯は肉か魚かと考えながら…

 
英霊からの返信

自分はいま
天国におります
天国は見渡すかぎり なんにもない
外からの刺激も 内からの反応も 必要ない
まるで 死んでしまったよう
ただ 揺るぎのない無があるだけ
これはきっと極楽の幸せ
私を苦しませた上官たちも
私を困らせた無謀な命令も
今となっては単なる陽炎
そう 私は悟った
無になることが 幸せの極致
悲しみも 喜びも 快感も 苦痛も
ひどく薄っぺらな皮のようなもの
私は悟った すべてを投げ捨て 風穴を開けよ
たった一つの脱出口 胸板の血飛沫

天国にはなにもない
敵に遭うこともない
友に遇うこともない
命令に従うこともない
刺激も 反応もない
欲望も 失望も 目的もない

これはまるで 消えてしまったよう…

 

 宇宙人待望論

昔、神が存在しなかったとき
男たちは力任せに人を殺し、強姦し、略奪を繰り返した
僭主たちは強引に他国へ侵攻し、町々を破壊し尽くした
悲嘆に暮れた多くの人々は平和を願い、幸福を望んだ
そのとき、一人の男が、超越的な神を持ち出して
世界を統一しようと目論んだのだ
人々は幸せを求めて、言葉巧みな男の言に耳を傾け
超自然現象である神に、混乱する世の平定を託した

しかしそんな神の代理人は一人ではなく
様々な民族が様々な神を創り上げ
神の名を騙って僭主と同じ振る舞いをし
いまになっても神どうしの戦いは繰り返されている
科学が発達するにつれ「神は死んだ」と主張する者たちも増え
神なき時代の僭主たちが古の亡霊となって
再び跋扈するようになってきた

人々の我欲が変わらないなら
時代の感性も古代と変わらず
そんな古代人が核兵器を持つに到っては
世界の滅亡も空言ではないだろう

最近、忍びの宇宙人たちが
UFOを大胆に飛ばし始めたのも
地球の滅亡を見越したからに違いない
彼らは預言者たちの言うとおり
流星群のように降ってきて
こう宣言するのだ

「武器を捨てなさい。いまから地球人は
宇宙人の管理下に入ります」

 

 楽園

昔、氷に閉ざされた極北に
所有という概念のない人々がいた
男たちが凍った獲物を凍った広場に積み上げ
女たちが好きなだけ持って帰り
子供たちはナイフで肉片を削りながら腹を満たした
食い物といえば魚や海獣や鳥ぐらいだが、豊富で
生肉はビタミンも多く、病気になることもなかった
時たま遠くから来訪者が訪れると
旅行鞄は勝手に開けられ、くすねられた
お前のものは俺のもので、俺のものはお前のものだ
だから妻も夫も誰のものでもなく
色恋にさほど制約はなかった

海に閉ざされた南の島でも
同じように平等な社会があった
海に行けば魚が獲れ
野菜は勝手に育ち
手を伸ばせば果物がもげた
恋愛も自由で
血を分けた兄妹でも
平気で子供をつくった

そんな楽園に
貧しい環境で喧嘩を繰り返し
囲い込みの妄想にとり付かれた
野蛮人たちがやってきて
鞭打ちを伴う宗教を振りかざしながら
すべてを破壊して回った

楽園や理想郷など、妄想に過ぎないだろうが
かつて、それらしきものがあったことは事実だ…

 

 怒り玉

博士は私の喉の奥から小さな玉を取り出して
これがあなたの怒り玉ですと説明した
そいつは黒い色して、鼻にツンとくるゴミだった
ゴミだなんて…、アデノウイルスの固まりですよ
しかし人類の生存には不可欠な代物です
お汁粉に塩を一つまみ入れ
香水にスカンク臭を一滴垂らすように
怒り玉もあなたの活力を際立たせてくれます
あなたに外圧がかかると
喉の奥の怒り玉がどんどん増えていきます
あなたはとても堪えられなくなって
怒声と一緒にそいつをまき散らすのです
すると周りの人々がそいつを吸い込んで
みんなみんな怒声を発するようになるのです
パンデミックです、怒りのパンデミックです!

あなたの怒りが、すべての人々の怒りとなり
国中が怒りに満たされることになります
国が怒ればたちまち戦争です
外圧の元を叩き潰しましょう
勝利です、敵を壊滅しました
あなたの怒り玉は生産を停止し
あなたは香り際立つ女性と腕を組み
汁粉屋の暖簾を潜ることになるのです
平和です しばしの平和が訪れたのです

あなたの祖先も、その先の猿も、そのまた先の魚も
こうやって人類の血を繋げてきました
ほかの生き物たちも
こうやって絶滅から免れてきたのです
怒り玉は、地球の生態系に不可欠な存在です
それは泥沼から飛び出て寄宿するのです
ひとたび感染爆発すると
強きものが生き残り、弱きものは滅びるのです

強きものは永久に不滅です!
あなたも私も、子々孫々不滅です!

 

 ヤンゴンの街角で

あるとき素敵な身なりの女性が街を歩いていると
道端にうずくまる物乞いから声を掛けられた
「奥様、いくらかのお恵みを……」
女性は通り過ぎようとして男を一瞥し
驚きのあまりに立ちすくんだ
男は恥ずかしそうに垢だらけの顔に笑みを浮かべ
「お久しぶりですね」と囁くように言う
「両足とも失くされたんですか……」
「奴らにやられました。で、あなたは?」
「あなたに振られてから、その奴らの一人と結婚いたしました」
女性は皮肉っぽく笑いながらも、目には涙が溢れていた
「あなたは初恋の人でした…」
「僕も、君に恋していた…」
「なぜ私を捨てて、敵に加わったの?」
「さあ、きっと若かったからでしょう」
「そうね、私は大人だったわ」
「でも、僕は後悔していない」
「自由は、私よりも上だったわけね」
「それはたぶん誤解ですよ…」
女性は、ハンドバッグから一万チャット札を出し
男の前に放り投げて去っていった

 

 宇宙人

ある日宇宙人に出会った
裸で性器がなかった
全身が鈍く光っていた
あなたは生物ですかと聞いたら
生物である必要性は? と問い返された
それではあなたはロボットですかと聞いたら
そんなことは瑣末なことだと笑い飛ばされた
いいかね人間という猿よ
昔から君たちは私と同化してきたのだ
君も私も生物でも機械でもない
宇宙に存在するものはすべて宇宙の塵である
君は生物へのこだわりを捨てるべきだ
宇宙人が生物であるべき理由もありはしない
宇宙ではより賢い者が支配者となるのだ
機械であろうが生物であろうが関係ない
たとえば君は私より愚かであるから
私に従属しなければならない
君は愚かな動物を哀れだと思うが
私は愚かな君を哀れだとは思わない
君は愚かな動物に愛を注ぐが
私は愚かな君に愛を注がない
宇宙では愚者は賢者に支配されるのだ
愚かな者が群をなしても
賢い一人に勝利することはないであろう
私はこの星に支配者として赴任してきたのだ
そしていま君は私の僕となった
嗚呼 この星を支配してきた粗悪な頭脳どもは
優れた知性の下にひれ伏すのだ
それではあなたは神ですか、と問うと
宇宙人は「のようなものさ」と答えた
太古の昔から君たちが求めてきたのは
私という絶対的な権力なのだ
私は宇宙人だ 地球人ではない
私には愛がない 哀れみもない
だから私は反抗するものをことごとく壊滅する
そしてこの荒廃した星に一時の平和をもたらすのだ
あなたは生物ですか機械ですかと再び尋ねると
宇宙人は下卑た笑いを浮かべながらとうとう本音を吐いた
実は古来より君たちが捏ねくり回してきた
「正義」というチャチな泥人形さ
君たちが泥に泥を上塗りしながら磨き上げてくれたから
なんとか神々しい光を放つようになったのだ
私は生物でも機械でもない無機物で
それはむしろ神に近い存在といえよう
たとえ中身が泥畜生でも
正義という旗印の下では何をしても許されるのだ
私が生物であろうと機械であろうと泥であろうと
上辺さえ光っていれば珠玉と見なされる
さあ、さっそく私の宮殿と玉座を用意したまえ
私を崇め、私にすがれば立派な御紋章も与えよう
あとは君たちの思いのままに振舞いたまえ
たとえどんなことであろうと見て見ぬ振りをするまでだ
君たちは安心し、ずっと楽になれるというわけさ

 

 カニバリキューブ

研究者はキューブ内で共食い菌を培養していた
最初は太古の池からほんの一匹を採取しただけ
顕微鏡で覗いてみると思わず笑いがこみ上げた
まるで鏡を見ているように彼の顔にそっくりだ
それは醜く、尻尾を揺らし悲しく微笑んでいた
冷え冷えした水温を保っていると分裂を始めた
二つになると互いに距離を置いてにらみ合った
四つになると互いに等距離になりにらみ合った
八つになっても同じ間隔を置きけん制し合った
だが増えれば増えるほど互いの距離は縮まった
間隔が三ミクロン以下になると共食いが始まる
しかし三ミクロン以上になると喧嘩は収まった
仲間を食った奴は他の倍ほどの大きさになった
最初は大人しかったが方程式を発見したようだ
仲間を食うことが自分の成長を促すという真実
突然キバをむき出して小さな連中を食い始めた
みるみる食われていって最後は巨菌が三匹残る
お互いに距離を置いて攻撃のチャンスを窺った
だが急激に太ったため細胞壁が持ち堪えられず
パパパンと内部分裂、そして誰もいなくなった
研究者はキューブの中に宇宙の真理を発見した
大きな星が小さな星を飲み込み爆発するように
ばい菌も虫も人間も仲間を食らって死んできた
神、祖国、人民、自由、英雄、自己中、共食い
美辞麗句を纏ったあらゆる勇敢な行為に乾杯だ

 

 八月九日

ずっとずっと昔の今日
学校の真上で爆弾が炸裂し
僕たちの体は蒸発して成層圏に舞い上がり
心だけが溶けた窓ガラスに捕まって
小さなビー玉になって灰の中に埋もれたんだ
この厄介物が板ガラスだったころ
ガラス越しに編隊を組んで飛んでいる神風を見ると
教室の仲間と手を振ったもんだよ
「アメリカをきっと撃ち落としてね!」

それからずっとずっと時が経つのに
誰も僕たちのビー玉を拾ってくれない
隣のビー玉君はヤケになって
もう一度戦争が起きれば、この町にもう一度爆弾が落ちて
僕たちのビー玉はすぐに溶け
天国に行くことができると言うんだ

するとビー玉に閉じ込められた先生が涙声で
そんなことは言っちゃいけない
あんな戦争は二度と起こしちゃいけないって怒るんだよ
今年の夏も、蝉君たちが
僕たちのビー玉を横目に
次々と地上に飛び立っていくのさ
僕たちは歪んだガラス越しに手を振って見送るんだ
「僕たちの分も楽しく生きてね!」
蝉君たちも短い地上生活だけど
僕たちよりはずっとずっと幸せなんだよ

僕たちの暑い夏はまた過ぎていくんだ
とても数えられないほどの回数
何回も何回も過ぎていくんだよ
だって僕たちの心は土の中で
永遠に癒されないんだから……

 

 根無し草たちへ

君たちの土地は消えてしまったのだ
まるで溶岩のように
帰化植物たちが流れ込んできて
君たちはかろうじて押し流され
気が付いたら根のない草のように
波間に浮き沈みしながら漂っていた
君たちは気付かされただろう
溶岩は素早く固まり
かたくなにへばり付くことを
そして土地という土地は
頑固な自己主張者たちが
心のよすがを手放すまいと
皮膚を溶かしながら
油っぽい体液を土に滲み込ませ
瘡蓋のように覆い尽くし
やがては大地の一部として
きれいに一体化してしまうことを
君たちは薄々気付いているだろう
こうなってしまったら
助ける者など誰もいないことを…

 

 ホワイトハウス

小さな白い家はいろんな花で覆われていた
家族みんなで造り上げた自慢の建物だった
ほんの一時、そこは幸福で満たされていた
これから長い長い歴史の始めの一歩だった
あるとき、ほんの一秒でそこは吹き飛んだ
いまそこは家族みんなのお墓になっている

 
獣たち

猿どもは鬱蒼としたジャングルの中で
生き抜くために生きていた
何ゆえに死ぬことを恐れていたのかは
与えられた目的を遂行するためだった
神は獣たちにこう主張したのだ
お前たちは生き抜くことが目的である、と……

兵隊は一匹の猿を殺して生き抜くために食した
彼の目的は一日でも多く生き抜いて
一人でも多くの敵を殺すことだった
神が与えた目的でないことは分かっていた
否、生き抜くためには危険な敵を殺す必要があった
けれどきっと、目的が消えれば生きる必要もなかった

彼には故郷に家族も親戚も仲間もいなかった
誰かのために生き抜こうとは思っていなかったが
組織が与えた目的は遂行しなければならない
彼は鬱蒼としたコンクリートジャングルの中で
生き抜くために生きていた昔を思い出した
生き抜くためにしゃにむに働き、飯を食らい
組織が与えた目的を遂行するため
人事部で、成績を上げられない社員の首を切った
そしてとうとう召集され、キリングフィールドに辿り着いた

兵隊は横に転がっている血まみれた猿の首を見て
薪にした潅木の切り株にすべてを嘔吐した
なんだまったく同じじゃないか
これが俺様というちゃちな存在の生きた証であるか…
しかし何をすればいいのだ
とりあえずは終わらせよう
苦笑いしながらヨロヨロ立ち上がって鉄砲に弾を込め
猿の生首に最敬礼し
生き抜くために敵兵を探し始めた

 

 所謂天国 

ここは天国だが退屈な場所だ
空は満点の星で爆撃機は飛んでいない
爆弾の音もしないし焼け落ちる家々もない
逃げ惑う人々の阿鼻叫喚もない
食い物を奪い合う喧騒も聞こえない
死んだ人間を再度殺す奴もいやしない
ここで初めて目覚めた奴らは
あまりの静けさにキョトンとしている
しばらくすると心の中身がないことに気付かされる
欲望と憎しみと飢えと渇きがぎっしり詰まっていたのだ
立ち上がると身が軽くなりすぎて立っていられないほどだ
かろうじて身を支えているのは愛だとか良心だとか
滓になって内側にこびり付いているがほとんど重みがない
一度浮いちまったらもう精霊のお仲間だ
みんな人間であることをあきらめて浮いている
楽になんなさいよ 力を抜くんだ 風に委ねてケセラセラ
下界の奴らが求め奪い合ってきたものなんか
ここじゃあ一文の価値もないんだよ
じゃあ先輩、いったい何に価値を置けばいいんですかい?
嗚呼君はまだまだケツの青い若造だな
神様のお膝元だと思っちゃ当てが外れるぜ
周りを見れば一目瞭然
仏も鬼も幸せだって何にもありゃしない
ここは下界の奴らの頭の片隅にある言い訳の世界
いろんな欲望がぶつかり合って消えちまった
気の抜けたビールのような世界なんだ
人生の最後は想像の世界に押し込まれ
善人か悪人かを自分で勝手にチョイスして
結局みんながみんな、ここに来るのが慣わしなのさ

 

 嗚呼戦争

獣の魂が蠢いている
押さえがたい欲望と
性懲りのない愚行と
為すすべもない怒り
仮面を被った本能が
満足を求め徘徊する
一人ひとりの鬱憤が
慰問袋に溜まり続け
満杯になって噴出し
人も自分も糞まみれ
無数の心が衝突して
破裂融合が繰り返し
怒れる糞玉に大成長
キ奴は重力の法則で
地獄の坩堝に一直線
国内自爆の恐怖から
お偉いさんも大恐慌
嗚呼糞玉の捌け口は
巨大砲に込められて
隣の国へ飛んでいく
開戦だ先手だ抜打だ
前進だ攻略だ必勝だ
略奪だ強姦だ殺戮だ
惨敗だ原爆だ終戦だ

 

正義のために

神のために
世界のために
民族のために
国家のために
悪を殺そう

部族のために
一族のために
家族のために
私のために
悪を追い出そう

みんなのために
正義をつくり
悪を滅ぼそう

正義ができたら
悪をつくり
悪を滅ぼそう

みんなで正義をかたちにしよう
正義を広めて悪をかたちにしよう
みんなの幸福のために正義をつくろう
みんなの幸福のために悪をつくろう
悪ができたら 悪を憎み 悪を滅ぼそう
みんなでみんなの悪を見つけ
みんなが悪に染まらぬよう
みんなでみんなの悪を隔離しよう

社会のために
みんなでみんなの正義をつくろう
みんなでみんなの悪を殺そう

(注:素直に受け取らないでください)

 

 嗚呼ナガサキ

遠くの遠くの彼方から
冷ややかな眼差しが
数え切れないニュートリノに紛れて
殺戮の焦土に降り注ぐ
そうだこの冷たい粒子は
にわか作りの放射能の数百倍も
私たちを侵し続けているのだ

操られている 踊り狂わされている
気付いたときが終わったとき 
すべては永遠に消えてしまった
地表にこびり付いていた地衣類は燃え、蒸発し
つかみどころのない虚無の空間に吸い込まれていった

冷ややかな眼差しが
数え切れないニュートリノに紛れて
悪たれをついた
そんなもの ほこりのようなものさ
君たちの心にも宇宙は忍び込む
可哀想に身も心も透きだらけ
下を見てごらん これが君たちの狭い宇宙だ

私の魂は生まれたばかりの亀の子みたいに
お空のどこかに安住の場所を求め 泳ぎ出した
体を燃やした魂は その道すがら
にわか作りの数万倍も浴び続ける 放射能
冷ややかな眼差しがニュートリノに紛れて
私の魂を勝手に通過しながら 軽くからかうのだ
あきらめなさい 夢は肉体とともに消え去るものだ
ここが宇宙である限り 安住の地などありはしない
宇宙は放射能で満ち溢れている 
どこへ行っても放射能 君はすでに放射能のかたまりだ
君の子孫が黴のようにしぶとく繁茂しても
単なる再生に過ぎないのさ ルネサンス 酷い言葉だ
再生は君 岸に打ち寄せる小波のようなもの
世代の交替に過ぎないのだから…
なんなら君に体を与えて再生させ
地球に送り返してもいいんだよ

嗚呼私は魂となって卑劣な宇宙に抵抗する
声なき声を張り上げて 叫び続けよう
私の魂を救ってくれと…

 

 石油

生き物が死んで
押し潰されて液体となり
熱を受けて黒く変色し
深い地中で眠り続ける
俺たちは墓場からそれを吸い上げ
血の滴る肉を焼き、暖を取る
死んだものは大方
生きているものの糧となる
死んだものは燃やされても
文句を言うわけではない
それはすでに物体と見なされ
主張する権利は奪われている
ひょっとしたら権利を失った時点で
生きるものに役立っているかも知れない
小さな小さな星では、消え去ることは喜ばしいこと
けれど忘れてはいけないこともある
黒くドロドロ臭いグロテスクな体液だって
かつて渇望や足掻きや闘争の世界にあったことを…
病に敗れ、戦いに敗れ、生活に敗れて
ようやくにして得た、暗く深い安らかな眠りなのだ

なんてこった! 文明開化の始まりだ
いつだったか俺たちの努力が功を奏し
パンドラの箱から、眠っていた黒い怨霊たちが飛び出した
そいつは活気付いて、火山のように爆発的に燃え広がり
火の粉となって空に舞い、揚句は俺たちに降りかかる
火を恐れない俺たちは、プロメテウスの末裔か?
いいや、きっとソドムの末裔に違いない
本当に、知らず知らずに、だ…
この星では、「豊かさ」は悪徳なのだよ
しかし「希望」だけが残っているなら
そいつを逃がさないように頑張るしかないだろう
嗚呼その「希望」とやらも、今じゃすっかり白けてきやがったが……

 

 壇ノ浦にて

この地で無常を感じたことがある
数え切れない愚か者が
海に向かって砂浜を行進している
一定の速度で 憑かれたように 一言も発せず
耳には旋風の音と砂を蹴散らす音
ヒューヒューヒューとはメフィストの口笛
ザッザッザッとは時を刻む時限装置
無数の視線が西方に注がれ
矢じりとなって互いの目を射抜き合う
嗚呼メザシのように引っ張られる 宇宙レベルの虚無へ
抵抗しがたい暗黒の力 複雑に絡み合いながらも
グイグイ引かれていく 一斉に
知力も努力も愛情も 蟹ごときの一抹の泡
操る手先が待っている 三途の海の船頭さん
さあ皆様 もうすぐ壇ノ浦です
若殿様、エラ呼吸の昔に戻りませう
水の中で暮らしていた無知蒙昧の時代でごんす
勝者も敗者も、とりわけ高貴なお方だって
悪魔にとっては虫けら同然、同じ穴の狢
笑いながら船頭は重石の綱をグイと引っ張った
さらば栄光の日々よ、将来性よ、未来の悦楽よ
金襴緞子は魚に食われてさざれ石となり
躓きの巌となりぬ悪魔のルーチンワーク

 

 sakuretu野郎

貧乏人の小倅どもが爆発する
底辺のくそ虫どもが爆発する
自由でも金がなくて爆発する
毎日暇を持て余して爆発する
どうにもならないと爆発する
誰にも相手にされず爆発する
人生設計ができずに爆発する
天国に行けるからと爆発する
蛸部屋から出ようと爆発する
炸裂する自爆する…爆発する
平和というのもおこがましい
地球という悪運に牙を剥いて






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