ますく555

小説書きです。ケアラーでもあります。北海道在住で1977年生まれの男性。創作大賞202…

ますく555

小説書きです。ケアラーでもあります。北海道在住で1977年生まれの男性。創作大賞2022・一次選考通過。

最近の記事

『馬が見たくて』(29枚)

     指で撫でたらつるつる滑りそうな布地の薄紫色をしたワンピースを着て、彼女は草原をふんわりと過ぎていく蒼いそよ風に吹かれていた。夕焼けにはまだすこし早い頃、薄く引いたような雲が青い空に浮かぶ、初秋だった。  その人の名前は、こなつ、といった。宮城県から来たそうだ。  遠くで作業している何人かの牧場スタッフたちの他には私たちしかいない。そのせいもあって、牧草地の敷地に「特別ですよ」と入れていただいている。  私は、戸田と申します、来年五十歳になる歳です、と自己紹介を

    • 本当に大変な状況になったときにその人の本性が出る??

      「本当に大変な状況になったときにその人の本性が出る。」という言葉に触れたことはありますか。これは、人間の性質についてのひとつの達観的な見方だと思います。  この言葉を聞いたときに、比較的「実はけっこう大変な家庭」で日常を過ごしている僕は、自分が他人からそういうふうな目で、そういったところに焦点を合わせられて見られてしまう可能性を想像して、ちょっと疲れた気分になりました。  なぜなら、自制心や自律心の鎧を自分で作り上げて日々、自分なりにがんばって生活しているなかで、なにかの

      • ぜひ教えたい本、五選。(書評・読書感想2024上半期)

         2024年上半期があっという間に過ぎていきました。半年という期間はけっこう長いはずなのに、過ぎてみると「あれもできなかった」「これもできなかった」「やり遂げようと思っていたことが結局、終わらなかった」などとため息まじりに振り返ってみたり。  でも、読書はしました。書評・感想のたぐいも書きました。今期は30冊読み終えることができましたので、そのなかから、「すごくよかったなあ!」と、学ぶ喜びや読書する喜びに満ちみちた気分になれた5冊をご紹介します。読書中に僕が感じたわくわく感や

        • 『古河蒼太郎の死をめぐる、悲しみとまやかしの午後』 (4・完結)

                *   浅い眠りの日々を賢人は過ごすようになった。どうしても眠りにつけない真夜中には、村上春樹の新作長編のページをゆっくりと繰りながら過ごした。この新作は新作ではあったが、読むたび賢人に懐かしさをもたらした。あの『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』の元になった作品を、新たな別の方法で仕上げたものだったからだ。『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』は、賢人が大人へと成長していくその重要な起点となった。彼の感情面や世界観は、この作品を形づくるたくさ

        『馬が見たくて』(29枚)

          『古河蒼太郎の死をめぐる、悲しみとまやかしの午後』 (3)

           賢人はひとり、ソファの上で前かがみになり指を組み合わせている。咲の心理は蒼太郎の死に捕らわれ過ぎだ、とあらためて考えていた。 「ねえ、咲?」  キッチンの内側で、咲はデカンタに溜まっていく琥珀色の液体をじっと眺めている。ついさっきまでの真剣さはどこかへ消え失せていて、両眼にあまり生気が感じられない。彼女は、うん? と薄っぺらい声で返した。 「蒼太郎が死んでしまってからこのふた月近く、俺も俺であいつの死と真剣に向き合っていたんだよ。高校生の頃、あいつはたいてい哲学の本を

          『古河蒼太郎の死をめぐる、悲しみとまやかしの午後』 (3)

          『古河蒼太郎の死をめぐる、悲しみとまやかしの午後』 (2)

           ぬるくなったコーヒーを手に取って一口啜った賢人は、その女の子の気持ちはまあわかるな、と呟いた。咲は無言で頷いて応えると、続きを話し出した。 「男の子は幸せだったのよ。両親は毎日愛情たっぷりに接してくれたからうれしかったし、召使いたちだっていつもにこやか。学校ではずっとみんなと仲良く友好的に過ごせていた、なにも疑うことなんかなくね。それが、女の子を好きになったことでがらがらと音を立てて崩れてしまう。女の子を好きになるなんて、悪いことじゃなくてとても素敵なことなのに。男の子は

          『古河蒼太郎の死をめぐる、悲しみとまやかしの午後』 (2)

          『古河蒼太郎の死をめぐる、悲しみとまやかしの午後』 (1)

           古河蒼太郎が死んだことを、岡島賢人は悲しんだ。あまりに突然だった彼の死の報せは、賢人に大きな途惑いを覚えさせ、やがてあるひとつの考え事に深く沈み込ませていった。    *    息を吸うと鼻の中が凍てついてくる。それは、それほど寒さの冴え渡った夜半近くだった。横断歩道を渡りはじめてすぐだったらしい。歩行者である蒼太郎を確認せずに左折してきた乗用車に彼は轢かれたのだ。この横断歩道は今夜も無人のはずだ、とそれが当たり前だというように決めつけたドライバーは、一時停止をせずアクセル

          『古河蒼太郎の死をめぐる、悲しみとまやかしの午後』 (1)

          人を型にはめ、指図する心理の三つのポイント。

          とくに私生活において迷惑に感じられる、他者からの「型にはめ、指図してくる」行為というものがあります。(くわしいところは、前回の記事で触れました。)今回は、そういった「型にはめる」心理を分析し、どう直してもらうかについての処方箋にまで触れる内容です。では、はじめます。 他人に対して「こうやれ!」と指図するタイプの人々の心理は、一般的に次の三つのポイントで説明できます。 楽をしたい欲求: 他人に教えることは手間がかかりますが、型にはめて指示すれば自分自身は楽になります。 他

          人を型にはめ、指図する心理の三つのポイント。

          むやみに怒らないために、人を型にはめない。

          たとえば子どもに「こうしなさい!」と指図する親がいる。それは子どもに「教える」のではなく「型にはめている」。型にはめるのは、子どものためになることではなく、親自身のためになること。型にはめておくと、自分が楽だからだ。 これ、介護もそういうケースがある(うちの親父がそうだ)。薬の時間だからこっちへこい、早くしろ、何度言わせる、この薬から順に取れ、すぐに水を口に入れろ、早く飲み干せなどなど、一から十まで指図をして型にはめ通しにしたりする。それで少しでも滞ると激怒する。自分が楽に

          むやみに怒らないために、人を型にはめない。

          『孤独の科学』から学ぶ。(長文書評・読書感想)

          『孤独の科学 人はなぜ寂しくなるのか』(河出文庫) ジョン・T・カシオポ / ウィリアム・パトリック 著 柴田裕之 訳 河出書房新社 / 2018年2月3日発売 孤独感・孤立感には、高血圧や運動不足、喫煙などと同じくらいの健康リスクがあると言われています。本書はそういったステージからさらに深掘りした知見を教えてくれる良書でした。400ページ超の分量があります。 孤独感は、それを感じやすい人と感じにくい人がおり、また、感じた孤独への耐性では、強い人と弱い人がいます。これらは

          『孤独の科学』から学ぶ。(長文書評・読書感想)

          あとがきとして。(『陽だまりのこちら、暗がりのとなり』)

           本作は、2023年5月15日から設定などを作り始め、執筆に移り、推敲を終え完成したのが9月15日でした。あしかけ4か月の仕事です。  その間、家庭問題の説明資料づくりにあらたな1万字を書き、何度か役所などとの面談もありましたし、今思えば笑ってしまいますが国際ロマンス詐欺に10日前後巻き込まれてもいました。例年以上に暑かった夏にはパート労働をしましたが、やっぱり家庭が落ち着かないなかでは続けていくのがむずしく、1週間ほどでリタイアしました。体調面ではずっと胃薬を手放せなかっ

          あとがきとして。(『陽だまりのこちら、暗がりのとなり』)

          『陽だまりのこちら、暗がりのとなり』 第五話(完結)

                    *    毎夜の悪夢のその途中で目が覚めた。罪の意識そのものよりも、この罪を隠し通さねばらないその重苦しさが堪えた。罪を贖うために、自分のこれからの人生の自由を放棄することにこそ耐えられない。だから、罪を告白して裁かれるか、無理をしてでも逃れ続けるか、という選択肢に、前者を選ぶなんてできないのだった。目が覚めると、罪の気配はすうっと去っていく。そのちろちろとうごめく尻尾の先だけは少しだけ確認できるくらいにして。だが今回はそれとは別に、こちらへ押し寄せてくる

          『陽だまりのこちら、暗がりのとなり』 第五話(完結)

          『陽だまりのこちら、暗がりのとなり』 第四話

                   *  そんな出来事のあった日の夜でも、意識を席巻するあの夢は容赦なかった。僕は人を殺めてしまった想いに、やはり苛(さいな)んでいた。無条件にそんな夢の中へと放り込まれる。  自分が罪を犯したときの記憶はなかった。具体的に思い出せることはなにも無いのだ。にもかかわらず、自責の念と、取り返しのつかないことをしたという想いだけが胸に充満し、全身を脱力させる。  将来への希望は塵となり風のひと吹きで消え去ってしまう。そのあとすぐに無風状態の時間が訪れるのだけれど、

          『陽だまりのこちら、暗がりのとなり』 第四話

          『陽だまりのこちら、暗がりのとなり』 第三話

           車中ではまず、牧さんと自己紹介をしあった。牧さんは一月に六十九歳になり、仕事は数年前までコンビニのオーナー兼店長を務めていたそうだ。もともと自営業だった自分の小さな酒屋を二十数年前にフランチャイズのコンビニにし、今は息子夫婦に経営を譲っているのだ、と。顔なじみの客の多いまずまず安定した利益の出ている店で、このご時世でも安泰なほうらしい。自己紹介が僕の番になり、スーパーの従業員をやっていることを教えると、同じ商売だね、と牧さんの顔はほころんでいた。  何年目なんですか? と聞

          『陽だまりのこちら、暗がりのとなり』 第三話

          『陽だまりのこちら、暗がりのとなり』 第二話

                    *  夕飯はとうに済み、両親と三人分の食器洗いを終えて風呂にも入り、上りしなの風呂掃除もやり終えて、Tシャツと下着という恰好で自室の布団に寝そべっていた。  かつて、どれだけの闇を知っているか、で他人と張り合おうとしていた時期があった。スマホのニュースアプリの画面を眺めながら、それとはまったく関係なく大学生の頃を思い出していた。悪友というべき二人の男と僕はつるんでいて、彼らとだけは張り合っていたのだ。彼らはその後、どのような人間になっただろうか。  それ

          『陽だまりのこちら、暗がりのとなり』 第二話

          『陽だまりのこちら、暗がりのとなり』 第一話

           晴れ渡り、空気の澄んだすばらしい朝でも、今日一日つまづくことはない、と約束されたわけではない。  坪野老人に呼び止められて、しまった、の心の声が顔に出てしまった。振り向く自分の右頬が軽く引き攣ったのだ。たぶんまた昔のことを尋ねられてしまう。  正直に話すとややこしくなる僕の暗部を、どうやら坪野さんはその憎たらしい嗅覚で探り当てているらしかった。きまって気安く、好奇心だけでずいずいと踏み込んでくるのが坪野さんだ。僕という藪に蛇はいない、とあっさり決めつけているかのように。  

          『陽だまりのこちら、暗がりのとなり』 第一話