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あとがきとして。(『陽だまりのこちら、暗がりのとなり』)

 本作は、2023年5月15日から設定などを作り始め、執筆に移り、推敲を終え完成したのが9月15日でした。あしかけ4か月の仕事です。

 その間、家庭問題の説明資料づくりにあらたな1万字を書き、何度か役所などとの面談もありましたし、今思えば笑ってしまいますが国際ロマンス詐欺に10日前後巻き込まれてもいました。例年以上に暑かった夏にはパート労働をしましたが、やっぱり家庭が落ち着かないなかでは続けていくのがむずしく、1週間ほどでリタイアしました。体調面ではずっと胃薬を手放せなかったので、本作品の主人公にもそういった影響が出たのだと思います。

 執筆は、朝方3~5時の間に起床して7時前まで、というスタイルになっていき後半二カ月半くらいは定着していたと思います。毎日は書けず、早朝に起きても読書に時間を費やすなどの日も多くありましたし、それ以前に母親の調子の悪さに父親が過剰反応していて自分の時間どころではないことも珍しくなかったです。というような、そういった時期の作品です。

 書き終えての自らの感想としては、これは単純な「立ち直りの話」ではなく、主人公の内面で繰り広げられた精神活動の航路を追っていくような読書になるものだろう、ということでした。

 最後の、犬に追いかけられるシーケンス。犬の影をも扱い、影に対する深い意味を言及しないことで、影を物理的な範囲で認識するという視点変換を意図したつもりです。闇についてしつこいほど書いてきたので、最後では闇をより客観的かつ表面的にすることで、平常に戻れるようにして終えました。また影を中立的に扱いましたから、余地・余白を設けることができたのではないかと考えています。

 町の差別意識について描いていますが、それが意味するところは、「人の尊厳や人権意識を考えていない」ということです。そういう町で育ったことの影響を、執筆しながら問題視していました。環境や状況から人間は大きく影響を受けますが、そのネガティブな面、ダークな面を、「読む」ということを通じて感覚的に体験できたならば、作者としてはうまくいった試みとなります。

 あと、この作品を書き終えて(そして、その反動をやり過ごして)、ようやく頭脳の構えが通常時に戻ったころにわかったことがあります。それは、この作品は、ちょっとでも悪い事をしてしまった後だったらもう自分はどうでもいいや、みたいな気分になっている人たちが多いように思えて、そういう人たちを包摂する心理的なきっかけになるんじゃないか、ということでした。

 どういうことか、もう少し噛み砕いて言うと、たとえば子どもの頃から規範を守り続け、まっしろに生きてきた、あるいは生きてきたはずと思い込んでいた自分だったのだけど、あるときに人生の困難さやどうしようもない不条理などによって、その白さに黒い小さな点が染みとしてついてしまうことがあります。というか、長い人生でそういう出来事にはまりこむのは避けられません。多くの人たちはそこで保身のために嘘をついたり、抑えきれない欲望のために他者から奪ったりしてしまう。結果、「もう自分の、真っ白に生きてきた歴史は汚れてしまった。自分には汚れがついてしまった。だから汚れないように頑張らなくたってもういいや」と考えてしまったりするのではないか。そういったメンタリティになってしまうから、ネットなどでも誹謗中傷がためらわずに行われるのではないか。もう汚れてしまったのだから、何をしても平気だ、というように。つまり非倫理的な行為には、規範から外れてしまったことでの落胆がベースにあるのではないか、と思えたのです。汚れてしまってなお、きれいに生きようとしたってなんの意味もないじゃないか、という気持ちがあるのではないか、と思えてくるのです。そういった精神性を、「そうでもないぞ」と包摂する。そういった力が、この作品には宿ってはいないでしょうか。これは又聞きみたいな知識なのですが、カントに「主観的普遍性」をいう考え方があって、要は、個人的でありながら、その個人的なことが普遍性を持つような知のことを言います。今回の小説には、これがあると思っていました。

 そうはいっても、新人賞に応募して落選していますから、全体としても部分としても、うまくいってはいないということです。

 いろいろと反省点はあります。本作独自の反省点もあれば、僕の執筆スタイルや技術に対するものもあります。たとえば、いろいろと構築できるようになってきたからこそ、今一度注意したいのは、序盤5,6,枚以内での「インパクト」と「引き」ではないか、というところです。これは、純文学、エンタメ問わず言えることでしょう。さらに、いろいろ考えていくべきで、分析したり、すくい取るようにしたりして、今後に役立てていきたいです。

 プロになれないというのは、今プロになればすぐに潰れるということ。努力してまだまだ力をつけないといけない。

 次は、再度純文学に挑むのか、エンタメの中長編に挑むのか、まだはっきりとはしません。でも、きっと近いうちに落としどころを見つけると思います。続けていけるうちは続けていきたい、と思っています。


第一話↓

第二話↓

第三話↓

第四話↓

第五話(完結)↓


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