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白い楓

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二人の殺し屋がトラブルに巻き込まれて奔走する話です。そのうち有料にする予定なので、無料のうちにどうぞ。。。
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#死生観

香山の6「ビー玉」(11)

 『お前が香山か』という言葉に反応した自分の思慮の浅さを呪った。呼吸がなかなかできない。

 鈴木と名乗ったその男は、確実に私の首を絞め、行動に必死さがうかがえた。
 どういうわけか、私は、自分の罪を思い出していた。
 私は、自分の虚構の愛を現実であるかのように見せかけ、幾人の女から搾取を繰り返すヒモの生活をしていた。ある日を境に自身がヒモであることが耐えられなくなり、すべての女に真実を打ち明けて

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明の9 「真夏の夜の匂いがする」(25)(和訳付き)

 博多口を出ようとした。
 出られなかった。気がつくと私は踵を返していた。間反対の、元いた筑紫口に向かっている。お宮が私を引き留めようとしたが、私は無視して肩をつかむ力を強めた。
 何かの判断を強いられたのだ。恐怖ではない、別の想念じみたものが私を動かしていた。踵を返したのは、誰もが経験するであろう無意識に組まれた考えの連なりからなる決断だった。歩きながら、私は自分の思考を見直した。
 私は次にと

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明の13「正しい街」(30)

 私は変わらず緑を見ていた。この色に何らかの変化が起こるのを、佇んで待っていたのだ。鏡の中でも雨は降った。相変わらず、強弱に定まりがなかった。次第に私は鬱屈を覚えだした。こらえきれず気をそらそうと手のひらを見れば、それはサイコロでできていた。私の側には、一の赤い点が向いている。裏返してみると、それもすべて赤い点だった。どうも二層構造らしい。手を振ってみると、簡単に崩れてサイコロがぽろぽろと落ちて行

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香山の21「君が思い出になる前に」(39)

「……間抜けみたいな、空のペットボトルをぶっ叩いたみたいな喋り方をしなさんな。お前は狂気を持っていない。社会から外れてそれでも笑うのは、狂気の沙汰なのだ。すなわち、あんたはここにいることが可能でない人間だ。しかし俺も馬鹿ではない。俺の次の質問に納得する受け答えができたなら俺の過誤を認めよう。なんの間違いで請負殺人をはじめようなんて大それた計画を企てた」
「効率がいい」
「それは、本の、音かね」

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香山の24「魔法のコトバ」(42)

 宝くじで千円当たったり、新しく交際相手が見つかって幸福を感じても、そのたびにその、殺された家族が私の前に現れては、「いい気になるんじゃないよ」と口をそろえて言うのだ。ちょうど先ほどのKのように。
 人類がいがみ合うすべての諸悪の原因が自分であるかのように思えた。私がこんな仕事をしなければ、こんな汚い人間でなければ、とそのたびに自分への嫌悪を烈火へ注ぎ込んだ。
 仕事を終えた自分を思い出し、自分の

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香山の25「丸の内サディスティック」(43)

「生きがいは、人生の価値を決めるとでも言うのかい。死にたいとでも言うつもりかい」
 こう言う自分は一体どんな面構えでいたのだろうか。恥というものを知らぬ人間に成り下がったのか。
「申し訳ないがそんな観念はちっとも浮かばんね」
「お前は生きがいを失ってまで生にすがりついて、それでも生の意味があると言う。生とはなんだ」
「人生への呪詛を捨てないことだ。呪いが生に意味を、美貌を与える」
 明が扉へ歩き出

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香山の26「ファニーゲーム U.S.A」(44)

 私は明を、彼の家の近くだという姪浜駅まで送っていくことにした。ロイヤルホストを過ぎて、あと少しで駅に着く、というところで私は、明に胸の内を明かした。
「きいてくれないか」
「みすみすお宮を逃がしておいて、どうした」
「……罪悪感で弾けそうに苦しい」
「そりゃ俺とは縁のない感情だね。どうも生来罪悪感を知らない人間らしいんだ、俺は」
 そう言われて返す言葉のなくなった私は、彼と自分の相違を思い出した

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香山の37「カーネル・パニックⅩⅠ」(55)

 飛躍を望んだ俺はさらに突き進んだ。俺は確かに社会への害悪を行使することで自分の幸福を高めていた。暴悪こそが優越を生み出すものだと信じていたのだからね。優越からなる幸福の獲得に、忘れてなはならない致命的な条件があることに気づくまでは。
 いいかい、俺は、周囲の人間をとっかえひっかえに扱うことで外面世界を否定したけどだ。その否定は同時に、世界の存在を是認したことに他ならない。世界の是認に含まれるある

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香山の38「カーネル・パニックⅩⅡ」(56)

 他人の渦にからめとられること……字面だけ見れば情けない。しかし十分に健康の域にあることは、成熟したお前であれば承知であろう。同様に俺はこの冷酷が、一般性の名を掲げながらゆらめく重力によって屈折される様を見ながら、これでよかろう、と思った。自分はこの人間社会に属している一要素に過ぎない、という自覚が堕落した幸福を育んでいった。最初はこの堕落を恥じた。ところがやがて堕落は、自分は一人ではない、という

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香山の39「カーネル・パニックⅩⅢ」(57)

 いいか、俺もお前も患者なんだ。俺は『反社会性パーソナリティ障害』、お前は『薬物依存』という、歴とした病気のね。……となれば、そう。シャーマンの呪術のようなスピリチュアルな方法ではない、然るべき、確立された方法で病魔は、必ず退治できるんだ。孤独に戦う勇気があろうと、助けなしでは孤掌難鳴なのさ。俺が一緒に模索して治す方法を探してやる。
 …………………………。
 …………………………。
 明が話を区

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香山の40「カーネル・パニックⅩⅣ」(58)

 啖呵を切る彼を前に、まだ認めようとせずに反論した。一つだけ、まだ反駁するための余地があったからだ。それは明から提供されたものだった。私は次のように言葉を詰まらせながらしゃべったが、この一文ですら理路整然に見えるほど実際には要領を得ない具合であったことは忘れていない。
「しかし、しかし、まだ、その原稿に、この世界が現実であることをしめす証拠能力などないではないか。柴田隼人が、こういう、お前が、その

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香山の41「カーネル・パニックⅩⅤ」(59)

「ならば……俺はどうすればいい。俺は、こんなにまで穢れた俺を許すことができない。お前のように自分を呪う生き方だってできそうにない。どうにもできなくて足掻いて足掻いて、死にたくなって、モルヒネに手を出したんだよ、俺は」
 平安は言葉を進めるに連れて色を変え、悲痛へと転化した。初めて彼の前で薬品名を宣言して、呼応するように筋肉痛で足がこわばった。
「そのときは自分を呪えぬ自分ごと呪詛をかけるまでだよ。

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香山の42「カーネル・パニックⅩⅥ」(60)

 彼の話を聞いた私は、彼も自分に嘘をついている可能性を考えた。つまり彼の、自分はもとより狂人ではなかったという主張が嘘である、ということだ。これは検証のしようがないことだが、彼は実際に狂っていて、他人へ共感を覚えず、罪悪を知らぬ人間だったという過去を、現在のこの一点から見直して、彼の内面世界において狂気の構造を作り変えることで改変を図り、自分の成熟を補助しているのかもしれなかった。
 ……己を殺す

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香山の43「ジュテーム?Ⅰ」(61)

 Kの仕事を終えた私は、報酬を得て電車の座席に座り、揺られるつり革に目をやった。太陽が沈み、車窓に映るのは私の姿だけだった。首を傾け、無気力を露わにしていた。視線は虚ろだが、眠いわけではない。
 神は許してくれるだろうか?……信仰せずとも懺悔するのが日本人の性だ。かくて責任を転嫁する術はた抱きしめてくれる存在を探しているのであった。
 耐え切ることができない。神は人を殺めてまで利得にしがみつく愚者

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