香山の25「丸の内サディスティック」(43)

「生きがいは、人生の価値を決めるとでも言うのかい。死にたいとでも言うつもりかい」
 こう言う自分は一体どんな面構えでいたのだろうか。恥というものを知らぬ人間に成り下がったのか。
「申し訳ないがそんな観念はちっとも浮かばんね」
「お前は生きがいを失ってまで生にすがりついて、それでも生の意味があると言う。生とはなんだ」
「人生への呪詛を捨てないことだ。呪いが生に意味を、美貌を与える」
 明が扉へ歩き出してこう言った。
「少し散歩へ出る」
 扉がやや乱暴に閉められ、なんだか気が張り詰めていたのが楽になったような感じだった。私は、箱に残った最後の煙草に火をつけた。
 上を向いて、煙を吐いた。白く、力のない糸のようなその煙は、水平へ動きながらも上昇していった。
 これからどうしたものか、考えなければ。……
 煙草が燃え尽きるまで、私はそうやって散漫に歩いていた。首が所在なく動き、視界は消えかかっていた。
「香山」
 後ろから呼ばれ、振り向いた。
 束縛をほどいて自由になったお宮が私の顔面に拳を打ちつけた。私は抗うことができずに倒れた。注意を怠っている間に彼は反撃の機会を得たのだった。私が対策を思いつく前に、みぞおちに蹴りを入れられて失神した。

 意識を飛ばしているときになんの夢も見なかった私は、相当に疲労がたまっていたことがうかがえる。どうも私は蹴られている最中、対抗手段を思いつかなかったのではなくて、対抗する気が起きなかったらしい。自分の無気力が計画を放り捨て、そして卒倒を求めた。そういった思考を終えると、夢という概念が妙に脳裡に残滓のように残って、今までの人生がすべて夢ならば、どれほどの救済だったのだろうと思った。
 そうして、ようやく何もなくなった暗闇を眺めていると、三半規管を激しく揺さぶられて暗闇の外へと躍り出た。
「まんまと逃げられて、調子よくおねんねかね、なんとも気楽なもんだ」

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