香山の43「ジュテーム?Ⅰ」(61)

 Kの仕事を終えた私は、報酬を得て電車の座席に座り、揺られるつり革に目をやった。太陽が沈み、車窓に映るのは私の姿だけだった。首を傾け、無気力を露わにしていた。視線は虚ろだが、眠いわけではない。
 神は許してくれるだろうか?……信仰せずとも懺悔するのが日本人の性だ。かくて責任を転嫁する術はた抱きしめてくれる存在を探しているのであった。
 耐え切ることができない。神は人を殺めてまで利得にしがみつく愚者を許すことなどできやしない。地獄の門は開いている。大仰になってそちらへ歩く男が私だ。
 今まで何度仕事をしてきたのかは、いつの日か数えることをやめてしまった。
 一貴山駅で降車し、ゆらゆらと万里のホームを進んで駅を出た。すっかり錆びついた金網を見ながら煙草に火を点けた。なにやらひどく、寒い。家に帰ると、(この階段もひどく長く思えた)、棚から取り出したファイネストを水で割って飲んだ。すでに八分目まで無くなっていたものの、一本目が空になり、視界がぐらぐらとし始めた。二本目を開けて水で割った。
 椅子から立ち上がり、台所の換気扇を回した。部屋の中で煙草を喫むと匂いがつくので嫌がったが、ベランダに出る気にはなれなかった。このまま部屋を匂いで汚す方が自分にはふさわしいように思えたのだ。
 酒が十分に回り、ただでさえ悪心で苦しいのに煙草を吸うので、それは加速していった。気がつくとシンクには吐瀉物があった。半分ほどが埋め尽くされていた。
 それでも、何かに追われるように酒を飲み、煙草を喫んだ。
 シンクの上の吐瀉物は増えて鼻を刺した。このままでは部屋が汚れてしまう、と相反する想念にとりつかれた私は酒瓶と喫煙具を持って寝間着とサンダルのまま家を這い出て、冷たい空気の中をすべるように車を走らせた。ただでさえ警察官から話しかけられることなど少ないのに、この深夜帯に、そしてたまたま酒が入った状態のときに限って逮捕されることなどあり得ない。それに逮捕されるならそっちの方が好都合だ。この罪に自首では生ぬるい。無理やりに人の皮をはがされるぐらいの辱めが伴うべきだ。
 瞼が重くて、時折信号機の色が分からなくなったり、ガードレールにぶつかりそうになったりした。それでも私はやめようとは思わなかった。このまま行かないわけにはいけない。私はこうすることをずっと望んでいたのだ。
 こんな肉体なんぞ滅んでしまえばいい。
「交通事故のどこに神秘が?」
 と、私は叫んだ。車の中では声が吸い込まれ、孤独が心に染み込んでいった。
 都市高速の下を進み、徳永の交差点を左へ曲がった。私の他に車を走らすものはほとんど見つからなかった。そのまままっすぐ進んだ。だんだんとコンビニは見えなくなり、商業施設もなくなった。暗い田舎道、記憶のままに車を走らせた。
 海に行かねばならない。
 海道を過ぎ、店じまいを済ませて、パネルだけが働いているカフェの駐車場に車を入れた。

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