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短編

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不肖

思うに、謝りたいのだと思う。何に?彼に。どうして?己の罪悪感を払拭したくて。
大きくなるに連れて、視野が広くなったのか、はたまた狭くなったのか、あまり考えたくはないけど、背が高くなって、見える景色の中の、あなたの姿に、思うところが無いとは、決して言えないのです。
時代があったのでしょうか?環境があったのでしょうか、でも確かに、あなたが持っているものを、私が持っていないと、思う心が、嫌悪に沈みます。

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偏に寄りかかるものが欲しかったんだ。とは言え、部屋の片隅においたそれが、随分と邪魔くさくなってきた。でも捨てられないでいる。
日は幾度となく巡って、それは影を伸ばして、縮めて、たまに僕によりかかられて歪んでいる。
そのたまにが、ひどく安心を呼ぶものだから、離れることができない。好きでもないのに、ただ、居心地が良くて。
そういえば、自立とは一つのことに偏り依存するのではなく、種々多くのことに依存する

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寮母

朝から怒号が響く。
「さっさと起きろ!飯が冷えるぞ!」
ガンガンガンガン鍋底をお玉で叩いてアラームにする。のそのそとそれぞれの部屋から寝ぼけ眼に恨み節を滲ませた学生たちが出てきた。
「朝早すぎでしょ!なんで五時に起こすんすか!?」
なんて、若いキャンキャンした文句が飛んでくる。
「やかましい!早寝早起き、温かいご飯!この寮ではこれは厳守!自由にやりたけりゃ出て行け!」
強面の管理人がどやして返した

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中毒

どうにも行けません。最初からそこにあったかのように、私の中で這いずっているのです。
徐々に私の心に巣食ってどうしようもないのです。
求めて求めて求めてしまいます。
そんなものだから、私の思考も自制がききません。どこまでも考えがついて回ります。もっとうまくできないものかと。
しれっと積み上げた、一つ二つごときが、予期せず私を限りなく満たし、そして飢えさせます。
形なき言葉も、多量に飲み込めば劇薬、ネ

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相槌

うら若き女子高生がカチャカチャケータイをいじり寝っ転がりながら喋り続けていた。どうにも、通話している様子はみられない。ずっとマシンガンの様に学校のことでのあれやこれや、殆どが愚痴の話を打ち続けていた。
この独り言の極地とも言えるような所業、かれこれ丸一年、続けられている。感想としては、もううんざりと言ったところか。
「いや、本当に保体のゴリ松がホント性欲猿過ぎてありえないんだけど。ずっとずっと胸と

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魚籠

野ざらしで薄黒くなっているコンクリートの上に簡易の椅子を開いて、すっくりと座り込んだ。ふぅと息を吐きながら、近くにおいていた釣り竿やらなにやらを手繰り寄せた。ちまりちまりと、針先にゴカイを半分にプッチりと切ったものをつけてシュッと海に投げた。潮風と波の音ばかりでない人の語らいが聞こえる。家族連れやら友人連れやら、賑やかにやっている。
ぷはぁと、空に息を投げては、浅くやってくる微睡みに付き合いながら

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脊柱

高い天井を見上げている。驚くほど真っ白だ。清潔感よりかは、いっそ、自分自身の色を吸い上げられてしまうような吸引力を感じた。
頭の中の宝箱にしまった、過去の鮮烈な記憶が、極彩色の映像となって投影された。
ああ、可愛らしい彼女の横顔だ。いじらしく気になって、ばれるかもと怖がりながら見つめていたことを覚えている。
ちょっと照れた引きつりを顔に感じて、隣で彼女が笑っている。彼女が頼まれた荷物を、勇気を出し

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湯の花

心地が良い。耳をくすぐる湯の音が、己に貯まる凝り固まった淀んだものを砕いて、押し流していく。
肺に渦巻く暗いものを、己を見下ろす空へと向けて投げ出した。自然は全てを受け止めてくれた。少なくとも私は、そう感じた。
ゴツゴツと不揃いの岩が、体に食い込み、小さくない痛みを感じることもあるが、生きることに比べれば、大したことのない刺激にすぎない。
あまり強くはないが、今日という日のために、一等よいお酒を買

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閑話

そうです。せっかくなので横道にそれちゃいましょう。例えば昨日の事とかどうでしょうか。疲労が齎す弛緩と精神の過緊張がチクチクとしていました。
やはり、芯が崩れると、どうにも張りが失われて、ばたんと倒れてしまうようです。日をおいて、ようやく体が吊り上げられて、立てたような気がしますが。
おっと、そういえば貴方もいつぞやの時、体の奥から憎悪を抑えきることができないくらいに緩んでいました。アレはなかなか愉

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止痛

どこか、頭の通り途の何処かを、ピンセットで吊り上げたような、鈍痛がします。
ため息が漏れます。
はぁ、と、垂れ落ちた気怠さの通行人が会釈をして通り過ぎていきました。
どうやら今日は朝、らしかったのです。
光が在りました。どうも仕事はしたくないらしい。
首をもたげて、発する光輝に色々をペタペタ仕込んでいました。
手には錆びたカッターの折れた刃が握られていました。どうしてでしょうか。
せっかくなので私

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隠している

隠している
隠している。色々と。
実を言うと、隠さなくてもいいものも、結構あったりする。
隠しとかないと、どうしようもない物もあったりする。
隠していると、嬉しいものもある。
隠したくないものも、あるにはある。
隠していたら、変わっていたものもある。
どちらにせよ隠している。
多分どこにでも隠している。
一挙手一投足、隠している。
隠していないときがない。
むしろ隠していないものってなんだろう。

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白線を辿る

白線を辿る

僕は白線を辿ることにした。
白線は行き先を導いてはくれない。でも、まぁ、先に続いていたりする。足をのっけて歩くには都合が良い。

(吐く息、白い。空、曇り、白濁が流れる。白線日和。)

白線は意外と面白い。白線も積まれた歴史があるらしい。増えたり減ったり、合流したり、別れたり、擦り切れたり、剥がされたり。でも考えて見たら、大体のものがそんなもんか。大げさに考えただけだった。

(なんでもないもの、

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物種インスタント

物種インスタント

「どうにも困った。」

あれこれと締め切りが迫っているが、次の掲載に間に合う気がしない。そのようなことをうらぶれた路地に住まいを持つ、しがない物書きは頭垢の多く混じった頭を罅割れた爪で引っかきながら呟いた。
彼は数少ない言葉を手繰って、どうにかこうにか食いつなぐ程度の物書きだ。

崖っぷちであったために、日々言葉に飢えて、ズルズルとびっこを引きながら世の中に打ち捨てられた言葉を拾うのである。
とは

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窓から外を見ている

窓から外を見ている

見えてくるのは単一の気色と十色の人、人。
思うままに歩き、走り、去っていく。
意味もなく、それらを見つめては吐き出す煙。ぷかり、ぷかり。形を知らない雲が揺蕩(たゆた)っている。
音が響けば、それすら色で、聞くことなく、目の前を過ぎていく。
ともすれば、視線がかち合うこともあるわけで。合った瞳の持ち主が、殊に発色鮮やかならば、それは特別な証と一日の気分が良くなる。
とはいえ、ぷいと遠ざかるのも風のご

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