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言葉・文章・書くこと

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#書く

書き手はいつまで自分をさらけ出せばいいのか

書き手はいつまで自分をさらけ出せばいいのか

よく、コンテンツには「共感」が大事だと耳にする。ここnoteであれば、どれだけ読み手の心に訴えかけられるか、どれだけ納得させられるものが与えられるかが大事なのかもしれない。
それがいいねの連なりになるのか、新しいフォロワー取得に繋がるのかはその人次第ではあるが。

きっと、大抵のユーザーは目に見える「数」でそれを測っている。たくさんいいねがつけば、多くの共感を得られたと実感するだろうし、バズれば少

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「書きたい」と「書かなきゃ」の境界線

「書きたい」と「書かなきゃ」の境界線

ここまで私は内側から溢れ出るものを書かずにいられなく、欲求として文章を書いていることが多かった。
「書きたい」は抑え込むことはできても、自分を楽にするため、苦しさを和らげるために、救いのような道として書くことを位置づけていた。
けれど少し落ち着きを取り戻し調子が良くなってきた今、「書きたい」は「書かなきゃ」に移行しつつある時があるように思っている。

毎日更新を掲げていると、次第に義務感が生じてく

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あなたの書くと、わたしの書くは

あなたの書くと、わたしの書くは

キッチンタイマーさんの「架空の聞き手を心に住ませる」を読んでいて、ふと思った。

そういえば聞き手を想定して書く…ということはしたことがないかもしれない。 自分にとって書くことというのは、話し手になるというより聞き手になっている感覚に近いからだろうか?
 
"書きたい"の種をみつけたら、まず頭の中でそれに纏わるお喋りが始まる。考えや感覚がまだ曖昧な部分では声が止むので、立ち止まってもっと深い

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まいにち必ず、ゴールテープを切る。

まいにち必ず、ゴールテープを切る。

さてと。今日もまた、パソコンの前に座る。足元には白線が引かれている。

位置について、、、

どこからともなく、はつらつとした声が聞こえてくるようだ。

よ〜い、、、

ピストルを握った右手を大きく上にあげて、左手で耳を塞ぎ、顔をしかめるように左目をつぶっている人の姿が見えてくるようだ。

ドンッ!

この小さな文章を書き綴るスタートを、ぼくは切る。ただこれ、ふつうの競争とはまるで違う。まず、まわ

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「書くこと」と「聴くこと」

「書くこと」と「聴くこと」

書店に行くと、「ほど良い塩梅」のインストゥルメンタルが流れているケースが結構多い。例えばピアノ・クラシックとか。
無音だと寂しいので、本選びという主目的を邪魔しないようなBGMを…といったことで選定されているのだと思っている。

こうしてnoteを家で書いている時、最近は虫の声がBGMになるのだが、たまには音楽も聴きたくなる。そこで問題となるのが、「何の音楽を聴くか」。
好きなアーティストの、歌入

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「文章を書く」とは何か。

「文章を書く」とは何か。

最近の私は、本当によく文章を書いている。

日常生活を送っていても、仕事をしている間にも、突然どこからか言葉の海が溢れ出すような瞬間があり、外出時には常にメモ帳とペンの携帯を欠かすことがない。

ところがそれに反して、ネット上に文章を公開する機会はどんどん減っている。正確には「人に文章を読んでもらう機会」が減っている。最近ではツイッターもやめ、その他のSNSも積極的には使っていない。このマガジン「

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