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メンタルヘルスとポップカルチャー

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一端の若手精神科医が日々の診療で感じていること、そこから連想したポップカルチャーの話をまじえながら書き残していく文章のシリーズです。
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#コラム

"痛みたい"という欲望/石田夏穂「その周囲、五十八センチ」〜メンタルヘルスとポップカルチャー

"痛みたい"という欲望/石田夏穂「その周囲、五十八センチ」〜メンタルヘルスとポップカルチャー

精神科診療の現場において「これさえ変えれば全てがうまくいく」という強い確信に囚われている人とよく出会う。例えば整形。このパーツを理想的なものに変えれば絶対に人生がうまくいくという確信を持ちながらも整形のためにお金を稼ぐ上でトラブルに巻き込まれ精神科受診に至った人もいた。人生を良い方向に持っていくために取った選択が、自分を苦しめてしまった。

自分に自信を持つため、という選択で整形を選ぶ人もいるが「

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アジカン精神分析的レビュー『ファンクラブ』/分裂する対象、解離するバンド

アジカン精神分析的レビュー『ファンクラブ』/分裂する対象、解離するバンド

3rdアルバム『ファンクラブ』(2006.3.15)

『ソルファ』の大ヒット後、1年半で届けられた3rdアルバム。これまでに比べて複雑化した楽曲が増え、リズムやギターワークを工夫し、アンサンブルを丁寧に積み上げて作られたことがよく分かる。オリコン3位、累計売上は25万枚、充分なヒット作と言えるが、内容としてはかなり暗い楽曲が多い。

上記の日記でも書かれている通り、2000年代の真ん中は後藤正文

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アジカン精神分析的レビュー①『崩壊アンプリファー』/初期衝動とアイデンティティ

アジカン精神分析的レビュー①『崩壊アンプリファー』/初期衝動とアイデンティティ

1stミニアルバム『崩壊アンプリファー』(2003.4.23)

2002年11月にインディーズでリリースされた初の流通盤を再録などもせず翌年にキューンレコードから再発売し、メジャーデビュー作となった1枚。再販に際してテレビアニメ『NARUTO』のオープニングテーマとして収録曲「遥か彼方」が起用され、アジカンの名は広く知れ渡るようになった。

アジカンの結成は1996年の4月。2000年代に入り大

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For Tracy Hydeの解散を考える/セカイから世界へ

For Tracy Hydeの解散を考える/セカイから世界へ

トレイシー・ハイドという子役が出演した1971年のイギリス映画『小さな恋のメロディ』を初めて観たのはFor Tracy Hydeの大傑作アルバム『New Young City』(2019)を聴いてしばらく経った後だった。当時の年間ベストアルバムにも選んだバンド名に関連してる人物の映画なのだから、さぞこのバンドの根源に繋がる作品だろうと思っていたが、観終わった後にバンド名の由来はWondermint

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メンタルヘルスとポップカルチャー〜『2700八十島のメンタルの話』で考えるお笑いと精神疾患

メンタルヘルスとポップカルチャー〜『2700八十島のメンタルの話』で考えるお笑いと精神疾患

2700八十島のメンタルの話7/19によしもと幕張イオンモール劇場で行われた『2700八十島のメンタルの話』。話題になっていたので配信で購入(アーカイブは8/2まで)して観た。2018年から様々な理由で心身に不調をきたし、そこから3度の入院(ライブ中は「天国に行っていた」と形容)を経て復帰に至ったお笑いコンビ2700の八十島。その天国時代の日々を八十島自身が時系列を追って話をし、その話を彼に近しい

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[後編]僕らが言ってきた“メンヘラ”って何なのか…クリープハイプ『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』10周年に寄せて

[後編]僕らが言ってきた“メンヘラ”って何なのか…クリープハイプ『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』10周年に寄せて

※本記事は後編です。前編を先に読んで頂けると、この文章の意図が伝わりやすいと思います。
[前編]

"メンヘラ"と音楽音楽に向けられる“メンヘラ”という形容。時にアーティストが生き辛さを綴ること自体が"メンヘラ"と扱われる。それを聴くリスナーも"メンヘラ"であるとされるケースはとても多い。クリープハイプは尾崎世界観(Vo/Gt)の伝えたい想いが誠実で切実であればあるほど、このような形容や受容のされ

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[前編]僕らが言ってきた“メンヘラ”って何なのか…クリープハイプ『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』10周年に寄せて

[前編]僕らが言ってきた“メンヘラ”って何なのか…クリープハイプ『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』10周年に寄せて

2012年4月18日、クリープハイプのメジャー1stアルバム『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』がリリースされた。行き場のない虚しさ、生活に潜む愛憎、忘れがたい日々や恋、それらを独特の比喩/語彙と言葉遊びを絡めて丁寧に描かれた歌詞。ヒリヒリとした情感を届けるのにうってつけな尾崎世界観(Vo/Gt)のハイトーンな歌声と、それを最高潮の状態で送り出す多彩でしなやかなギターロックサウンド。テン年代のロ

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メンタルヘルスとポップカルチャー~生きづらさを逃がすこと

メンタルヘルスとポップカルチャー~生きづらさを逃がすこと

生きづらさの拠り所街のメンタルクリニックに勤めていると「今日が初めての精神科/心療内科の受診だ」という人をよく診る。特に最近は若い人、特に高校生の来院が多いように思う。理由は様々だがやはり学校にまつわるものが多い。行く気力が起きない、友達との関係性をうまく築けない、人に言われた言葉を気にしてしまう。コミュニケーションにまつわる苦しさは学校生活で直面しやすい。

自分の状態に対して理由を知りたいとい

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メンタルヘルスと社会構造とポップカルチャーの話

メンタルヘルスと社会構造とポップカルチャーの話

精神科医として1年間働き、何人もの患者さんを診てきて強く思うのが、この社会を健康なままで生きることはかなり困難なことであるということ。優しく繊細で、様々なことに気を回し、耐え忍ぼうとする人ほど心が疲れきってしまうということ。そして、図太く独善的で、誰かに気を遣わせ、他人を意識できない人が、無自覚に人を傷つけ、知らぬ間に病因となっていること。

精神科の問診はまず早い段階でこれまで患者が歩んできた人

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