記事一覧
『ドライブ・マイ・カー』を観て ~と、その前に『女のいない男たち』を読んで~
1.『女のいない男たち』は「いない」系の極み
いない。
今はいない。
過去には深く関わっていた、あるいは、少なくともこちら側には強い思い入れがあった人物と(何らかの理由で関係が途切れたことにより)今は会えなくなった。
このようなシンプルで漠とした、よくあると言えばよくある一つの状態を、けっしてぼんやりとではなく、むしろこれでもかと言わんばかりに明らかにくっきりと縁取って哲学的な文芸作品に仕上
『誰のせいでもない』を観て ~幸が不幸を生み、不幸が幸を生み~
◇ みんな悪くて、みんな悪くない ◇
確かに、誰のせいでもないとしか言いようのない不幸というものはある。
と言うより、誰のせいでもないと言わざるを得ないのは、決定的な加害者がいない事件だからでもある。
そして決定的な加害者がいない分、逆に複数の関係者に罪が分散されている場合も多い。
これはこれでやっかいだ。
「Aが悪い」と責めたばかりに「その理屈で言うなら、Bにだって責任はある」となり「Bに
映画『マルホランド・ドライブ』を観て ~やるかたなきは夢であること~
◇ 夢みたいな夢 ◇
あの日より 飽くこともなく見る夢の やるかたなきは夢であること
上記は、映画『冴え冴えてなほ滑稽な月』(自作紹介でご紹介)の中で、とある登場人物が叫ぶ言葉だ。
ちなみにこのセリフ、原作にはない。
この男の登場シーンで、何か呟かせようと考えて作ったセリフだが、実際には呟くのではなく大声で叫ぶシーンに変更になっている。
叫ぶにはあまり適していない言い回しだったため、かなり聞き
石井妙子『女帝 小池百合子』について ~コロナ禍での都議選に寄せて~
◇ やはり女帝は「持ってる」のだった ◇
東京都都議会議員選挙が終わった。
コロナ禍のディストピア日本において、首都東京が変わることは一つの希望となる。
だから私は願った。
都民ではないけれど、まずは東京に一人でも多くまっとうな議員が誕生することを。
結果への感想としては、全体を通してみれば残念寄り。
だが、個人的に応援していた候補者たちの熱い演説動画をここ連日見続けていたため、その余熱がま
映画『ソウル・ステーション/パンデミック』を観て~緊急事態とショックドクトリン~
◇ ゾンビ映画の三層構造 ◇
ゾンビの生みの親であるジョージ・A・ロメロ監督によって、ゾンビ映画がその時代の社会問題を提起するツールとされるようになったことは、多くの人が知るところだろう。
私が最初に観たゾンビ映画が何だったのか今となっては思い出せないが、比較的子供の頃の方が、単純に怖いもの見たさで好んでゾンビものを観ていたような気がする。
もちろん、そこにその時代の社会問題が投影されていて
映画『オアシス』を観て ~孤独な惑星のボーイミーツガール~
◇ 孤独な惑星のボーイミーツガール ◇
主人公のジョンドゥは、傷害、強姦未遂、ひき逃げなどの前科を持つ29歳。
ひき逃げの罪で服役していたジョンドゥが、刑務所から出所したところから映画は始まる。
寒風吹きすさぶ真冬のシャバに半袖シャツのまま放り出された彼に、家族の迎えはない。
ジョンドゥは、背中を丸めひっきりなしに鼻をスンスンすすりながら、見知らぬ人に煙草をたかり、公衆電話ボックスで女子学生に
ドラマ『呪怨:呪いの家』を観て~名もなき「それ」を人は「呪い」と呼ぶ~
◇ 怨霊の一人称は存在するか?◇
そもそも怨霊とは何なのか。
Wikipediaによれば「自分が受けた仕打ちに恨みを持ち、たたりをしたりする、死霊または生霊のことである(大辞林)」と書いてある。
なるほど。ではそうなのだとしたら、怨霊自身には、己と認識出来る主体があるということなのか。そして、たたりをしたりする怨霊(死霊、生霊)らは、それそのものに知能や意思や感情があって、我々人間が思考しな
映画『ROMA/ローマ』を観て ~ただそこにある人間愛~
◇ 匂い立つような臨場感 ◇
匂い立つような映画。
まずはそれだ。
水。土。泥。埃。風。雨。
画面に映し出されるあれこれの中で、自分の記憶にある臭気は、すべて嗅げるような錯覚に陥る。さらに「日常」のてらいのないそのままの音が、より生々しい匂いを際立たせる。
匂いと音がかもしだす臨場感の効果もあってか、白黒画面でありながら、そこにはやけに鮮明な現実が映し出されていた。もちろんそれが、キュアロン監督