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【小小説】ナノノベル

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短いお話はいかがでしょうか
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ポエム・バー

ポエム・バー

 時速5キロで歩く花嫁と花婿の後ろを、少しほろ酔いで歩いた。弾む足取りの二人はこれから街の教会に行って誓い合うのだ。私はチョコレート味と書かれたバーを食べていた。それが示すところはチョコレートではないということ。

「どんな時にほしくなりますか?」
「少し疲れている時。あと小腹が空いた時。でも、何もなくてもとにかくほしくなる時はあります。好きですから」

「形はどうなってますか?」
「星のようだっ

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ピュア・マスター

 初恋が成就することは希だ。若さ故の未熟さ、思い上がり、空間と感情のすれ違いに阻まれて、純粋であったはずのものはいつしか無惨に砕かれてしまうのが世の常だ。すれ違いは世の中の至る所に存在する。街のちっぽけな酒場だって例外じゃない。

どうして自分だけ……。多くの者が同じように思う。思うものは思う時に手に入らないものなのだ。本命はかなわなくてもそれに似たものならまだ存在する。笑顔で迎え入れれば上手く事

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同期の私

 会社の私、自宅の私、路上の私、海辺の私、働く私、眠る私。どれも皆私。個々の私の体験は瞬時に同期されてすべての私の中に共有される。私は一人でなければならないという先入観からついに解放される時が訪れた。どこにでもいる私。

もう私は一人じゃない!

「先週の木曜夜8時どこにいましたか?」
「木曜の8時だったら八丁堀の将棋センターで将棋を指していました。私が四間飛車で、確か相手の方が右四間飛車でした。

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イタチ通りのポリシー

この街にはイタチがいる

猫より速く細く駆けて行くもの
それこそがイタチだ

毎日ではない
忘れた頃に現れるが
出会いはほんの一瞬
彼らは駆けて行く道の途中

猫のようにくつろいだり
振り返ったり
にらめっこしたりしない

いつだって一目散なのだ



「プロデューサー、クレームが結構きてますけど」
「何かあった? そんな数きてんの?」
「2000ちょっとです。流石に無視できないかと……」
「難

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ツッコミ耐久テスト

「最後の試験です。今から流れる映像に合わせて止まることなくツッコミを入れてください」
 バーチャル空間に現れるアクシデントに、俺は休みなくツッコミ続けなければならない。一瞬でも止まったら、俺はツッコミ失格だ。

 ・ Ready Go !  ・ ・ ・

「天井高いな!」
「ポメラをまな板にすな!」
「お茶熱すぎや!」
「セールばっかりやな!」
「鞍馬天狗か!」
「どこが先手やねん!」
「どんな囲

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優雅なぶら下がり

優雅なぶら下がり

「卵ご飯でしょうか、卵かけご飯でしょうか?」

「それはまあ人によりけりなんじゃないんでしょうか。必ずしもこうでなければならないと一律に決まっているということはないと思います。あなたはどうです。ああそうですか。私がこうだと言うのはここでは差し控えたい。友達と語る場合と正確に伝える必要があるという場合では、また状況が異なるということもあるかもしれません。そこは総合的に判断してそれぞれの場面に応じて適

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クエスチョン(人間の敵)

クエスチョン(人間の敵)

おい、人間
どこへ行く
森を越え
時間を越え
星を越え

人間よ
どこまでも
殻を破り
常識という名の
衣服を脱ぎ捨て

夏を越え
嵐を越え
川を跨ぎ
欲望のままに

おい、人間
どこへ行く

「ちょっとコンビニまで」
私の声に答えるもいい

おい、人間
山を越え
一線を越え
羽目を外し
見境もなくして

人間よ
どこまでも
エゴを剥き出しに

おい、人間
どこへ行く
「ちょっと静かに。今大事な会

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【想像落語】認めてほしい

【想像落語】認めてほしい

 昔から男女の仲というのは難しいもんでござんす。一方が好きでも相手は興味がない。また周りから見たらなんでこんな奴というのに一途な想いを募らせたりと恋の話にはきりがござんせん。愛し合ったら地獄までと申しましょうか、他人からはどうにも止められない領域というのがあるんでございますな。とは言いましてもどうしても2人の間を認めてほしい。心から祝福されてみたいという大事な人もいるもんでございまして。今日も日本

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中間コンシェルジュ

中間コンシェルジュ

「Siriからの提案です」
「よし聞こう」
「散歩に出かけましょう」
「そうだな。たまには外出もしないとな」
「はい」

チャカチャンチャンチャン♪

「何か着る服はあったかな。あまりに久しぶりで」
「Siriにきいてみます」
「頼むよ」
「Siriからの提案です」
「うん」
「黒のスキニー、ネイビーのボーダーTシャツ、ネイビーの七分袖シャツを羽織ってみてはどうでしょうか」
「そうだな。じゃあそれ

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起源司会

「言い出しっぺは誰でしたか?」
「私です」
「そして、あなたからどこへ?」
「私から私の妹へ」
「私です」
「今度はあなたですか。あなたはあなたからどこへ?」
「私から私の親友へ」
「私です」
「あなたもですか?」
 我よ我よと皆が手を挙げる。

「私から私のわんちゃんへ」

「わかりました、もういいです。
不和とはエゴの競合にすぎなかったのですね。
みんな元は一人の自分から始まっている。
みんな

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銃身上の自由形式

銃身上の自由形式

「どこへ行く?」
「ちょっとコンビニまで」
「だめだ!」
 大きな手にはね返されて部屋の中に押し込められた。
 やっぱり今日もだめだった。だめだと思うほどに募る欲望はある。
 劇場に行って大きなスクリーンで映画を見たい。夏の太陽をあびながら潮の匂いのする熱い砂浜を歩きたい。巨大書店の中を隅から隅までまわって迷い疲れて眠りたい。妄想の先でふと我に返る。

「自分では何も選べないのか」
 進みたい道が

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置き手紙(死と孤独)

置き手紙(死と孤独)

「長く『死』は恐れられ、忌み嫌われてきた。そうでなければ生きられない。それは必要なことだろう。(一般的に当然のことだ)だが、私たちは学問に携わる者。死とも向き合い、見つめる者だ。『孤独』も然り。恐れる先へ進まねばならない。君はどうだ? 果たして覚悟はあるのかね?」

「答えが出ました」
 教授?
 顔を上げた時、既に教授の姿はなかった。
 夢か……。結論は夢の中で導かれたものだった。
 テーブルの

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ソーシャルディスタンス定食

ソーシャルディスタンス定食

「いらっしゃいませ」
 客は私一人だった。

「はい、お待たせしました」
 目の前にご飯の入った茶碗が置かれた。
 味噌汁は隣のテーブル、魚の皿はあちらのテーブル、酢の物は向こう、サラダは前のテーブル、煮物はあちらの方……。それぞれの物が別のテーブルに置かれている。
 久しぶりに訪れたお店は、徹底したソーシャルディスタンス・ランチになっていた。私が食べる間は、みんな私だけのテーブルだ。

 味噌汁

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2000年問題(永遠)

2000年問題(永遠)

「みなさんに言わなければならないことがあります」
 そういう始まりはだいたいよくない話だ。
「2000年先の未来、今ここにいる人たちは誰もいません」
 やっぱりそれはあまりに恐ろしい話だった。

「どこにいないの?」
「どこへ行くの?」
 質問している方にも明らかな動揺がみえた。
「わかりません。でも……
 私たち以外の何かがここにいるでしょう」

「本当ですか?」
「わかりません」
 わからない

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