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【小小説】ナノノベル

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2020年12月の記事一覧

【小説】ずっと知らない体

~いつ知ったのか

 当時としては私の知る限りでお話をしていたわけですから、私の心にうそはなかったということはご理解いただきたい。私は何も知らなかったわけですし、知らない方がいいことを知っていたからこそ、知ろうとすることを知らなかったとも言えるわけであります。ことある毎に知らない知らないと言っているわけでありますから、これはもうどう考えてもそのまま突き進む以外はないのであります。
 一度知ってしま

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ダンスフロアに続く廊下

ダンスフロアに続く廊下

 しばらくの間、迷子になっていた。街がすっぽり霧に覆われてしまったようだ。振り返るまでもなく、それは通い慣れた道だった。一時的に行方不明になるだけであって、なくなったわけではない。
「まだ行ける」
 魂はそう叫んでいる。はっきりしていることは、今はまだ前に進み続けているということだ。ゆっくりでもいい。僕は昔好きだったものに触れてみる。時の隙間は埋まらないとしても、好きだったものの中から再び「好き」

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涙の忘れ物

涙の忘れ物

 ドアを開けると君はあの時のままの状態で佇んでいた。顔の周りが少し濡れているように見える。少しずつ記憶がよみがえる。あの時、確かに自分がドアを閉めた。それから数時間の間、完全にその存在を忘れていた。うっかりの一言で片づけることができるだろうか。

「自分でドアを閉めておいて忘れるなんて」
「ごめん」
「待っていたのに。どこに行っていたの?」
「すぐに戻るつもりだった」
「迎えにくるのをずっと待って

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共感遊戯 ~いつまでも続かないそれ

共感遊戯 ~いつまでも続かないそれ

「ゆず七味ってあるよね」
「あるある」

ひゃっひゃっひゃっひゃっ
ふっふっふっふっふっ

「みそ汁ってあるよね」
「あるある。普通にあるよ」

「ルマンドってあるよね」
「あるある。超ある」

「ドーナツってあるよね」
「あるある。なさそうであるよね」
「ねー」
「ねー」

「ツナサラダってあるよね」
「あるある。どこにでもあるよね」
「あるね」
「街中にあるね」

はっはっはっはっはっ
ふっふ

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ニュー・ウェーブ(12月のレジェンド)

ニュー・ウェーブ(12月のレジェンド)

「誰ですあれは?」
「ついに現れたか」
 あいつは400年に1度現れるという。
 伝説の代打。
 永久登録選手。
 奇跡の夜にだけお目にかかれる隠れスター。

「すごい健康寿命ですね」
 切り札としての意識は並ではない。
 その時に備えてあらゆる欲望を制御し、自身の力を保っている。より一層の努力を惜しむことなく、技術を高め常に磨き込んでいる。

「……さん。お願いします」
「監督が敬語なんて……」

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5Gクリスマス

5Gクリスマス

独りになって詩を書こう!

嫌われたっていいじゃないか!

シュールなフリップネタをつくろう!

メニューにないが頼んでみよう!

夜店でたこ焼き買って帰ろう!

うちに籠もって映画をみよう!



「できた! 宿題できたよ!」
「ちゃんと縦につながってる?」
「大丈夫だよ」

「ちゃんと確認したの。漢字合っているの?」
「知らない」
「投げやりは駄目よ。真剣にやらなくちゃ」
「なんで?」
「勝

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園長の贈り物(かわいいのに甘い)

園長の贈り物(かわいいのに甘い)

 私は棺桶に入れ運ばれてきた。その日は雨にかわって鮫が降っていた。巨大とは言えないがこの街で唯一の動物園だ。平日の人々はキリンよりもむしろ不倫を見つめている。まあそれはそれでいい。愛とは代替することだろう。恋する時は他に何もないように思ってしまうものだ。
 とどのつまり。
 私に与えられた檻の中は1ページだけの小説みたいだった。じゃれ合う相手はいない。歩き出せばすぐに壁に突き当たる。そこが世界の果

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猫たちのホット・スポット

猫たちのホット・スポット

客が誰も来なくなって
店先は猫の陣地になった

ちょうどよい玄関マットの上に

現れて
居座って
消えて
戻ってくる

以下繰り返し

ストレッチ
寝そべって
くつろいで
待ち合わせ

夜の間ずっと猫たちの居場所だった

戯れて
じゃれ合って
たたき合って

誰の邪魔も入らない冷え込んだ夜

おしゃれして
くっついて
キスをした

メリークリスマス♪
#小説 #日記 #詩 #クリスマス #キス

アウトサイド・アトラクション

アウトサイド・アトラクション

「君は乗らないの?」
「どうして?」
「みんな並んでるよ」
「僕は背が高すぎるんだ」
「そうは見えないけど」
「外からは見えないこともあるよ」

「ここで本を読んでるの?」
「そうだけど」
「石の上は硬くない?」
「別に」
「浮かれた人がたくさんいるよ」
「浮かれた人の隅っこは意外に落ち着くんだ」

「今しかできないことをしようとは思わないの?」
「例えば?」
「みんなと楽しい思い出を作るとか」

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さよならクリスマス

さよならクリスマス

「ここが玄関。ここがバスルーム。ここがリビング。これが窓。これがベッド」
 あなたは私の説明を黙って聞いていた。
「これが壁。これが天井。雨風から守ってくれる。敵も入って来られない。ここにいていいよ。あなたに安全をプレゼントします」

「では、私は何を?」
「別に何も……」

 あなたはここが気に入ったようだった。私の周りには、あなたの音が、呼吸が、気配があり続けた。あなたは時々、私の夢を遮ること

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おばあさんの贈り物

おばあさんの贈り物

「玩具はみんな飽きたな」
「まあ、じゃあ何がいいかな」
「魔法使い」
「そうね。もっと素敵なものがあったわ」
「えーっ。何?」
「あとのお楽しみね」

チャカチャンチャンチャン♪

「何これ、食パン?」
「食べ物じゃない」
「だよね」
「こうやって開くの」
「わーっ! 鳥みたい」
「こうして閉じたり開いたりできるの」
「えーっ、飛べるの?」
「風が吹くとほらパタパタ音がする」
「面白いね。飛べるの

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冬のバトル

冬のバトル

モンスターと遭遇した

モンスターは様子をみている
勇者の一撃
空振り
0ポイントのダメージ

モンスターは勇者を視野に入れている
勇者の一撃
空振り
0ポイントのダメージ

モンスターは戦闘を見合わせている
勇者の一撃
空振り
0ポイントのダメージ

モンスターは危機感を露にした
勇者の一撃
空振り
0ポイントのダメージ

モンスターは様子を見ている
勇者の一撃
空振り
0ポイントのダメージ

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猫と野菜畑(歌を離れて)

猫と野菜畑(歌を離れて)

 最も描きたかったのは猫の瞳だった。僕はすぐにでも猫を描き始めるつもりだったが、甘かった。師匠にどうしても認められなかったのだ。
「近道は回り道と心得よ」
 理想の絵に近づくためには形から入るのが師匠の流儀だった。基本となる形、丸、三角、四角を会得しない限りは、いかなる絵も完成することはできない。勿論、猫だって。それにはまず筆を取る前に、歌うことから始めなければならないのだった。

こまめに丸かい

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セミファイナル(棋は対話なり)

セミファイナル(棋は対話なり)

「昼飯何食ったんだ?」
 そう言いながら銀をぶつけてくる。
「何でもいいだろう」
「カツ丼か? お前、俺に勝つ気か?」
「当たり前だ」
 少し気分を害しながら私は同銀と応じた。
「俺に勝たせろ。それが正しい結果だ!」
 と桂を跳ね出してきた。
「何を言うか」
 私は桂先に銀をかわした。

「お前じゃキングは倒せない。だから俺が勝つべきなんだ。俺はお前よりも先を見据えてるんだ」
「うっさいな。決勝な

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