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こまぎれの記〜「愛の不時着」を観て考えたこと、一人では至れない高み
頭も体もすっかり怠けてほわんほわんしているので、活字リハビリがてら去年から今年にかけて考えていたことをつらつら書いてみようかと思う。
副題に盛り込まれた「愛の不時着」とは、随分前から話題の韓国ドラマである。私の周りにはこれにハマった人がとても多く、夏頃からあちこちで話題に上っていた。「21世紀におけるドラマの最高傑作」とまで評した人もいる。Netflixでしか観ることができないのだが、仕事の繁忙
地を駆ける夕陽【7】
平日午後の山手線の車内はずいぶん空いていた。まるで数時間前のラッシュが嘘だったかのようだ。空席もいくつかあるが、美月が最も落ち着くドアの脇、ちょうどステッカー広告が目に入りやすい隅に立って背をもたれる。スマホで社用メールのアカウントにログインすると、徳山さんからメールが入っていた。後先考えず勢いよく飛び出したものの、それからものの数十分で会社メールを確認する自分の小者加減にも、自嘲の笑みが浮かん
もっとみる地を駆ける夕陽【6】
「ねえ美月、生まれ変わったら何になりたい?」
高校二年の夏休みの部活帰り、ジャージを膝の上までまくった久美子が海辺沿いを歩きながら波に足を浸して訊く。
「なに急に。そんなこと考えたこともない」
小学校の頃からの長い付き合いだが、いつも陽気な久美子が急に殊勝なことを言い出した気がして、らしくないな、と美月は思った。
はは、そっかあ、まあそうだよねー、と久美子はにかむ笑顔で斜め後ろを歩く私を見遣る。
地を駆ける夕陽【5】
小さな組織の嫌なところは、世間話のように交わした冗談交じりの雑談が、それぞれの勝手な妄想で大きく尾ヒレを成長させ、それさえも水族館の珍しい魚のように群がって鑑賞し楽しむ癖があるところだ。
私の隣デスクに座る、歳は二つ下だが入社時から経理担当の、仕事面では先輩にあたる服装も化粧も若い女性の同僚に、橋本さん、昨日のデートどこ行ったんですか? と、きゃいきゃい仕事の依頼の合間を縫うように尋ねられる。
地を駆ける夕陽【4】
家についたのは午後十時を少し過ぎたころだった。
鉄筋コンクリート三階建てアパートの二階、角部屋のドアノブに鍵を差しまわすと、金属のかみ合わせがずれる鈍い低音が響く。
振り返ることもなくチェーンと鍵をかけ、靴を放り出すように脱ぎ捨てて整えず、おままごとのような小さいキッチンを過ぎた。窓枠の桟に吊るしたハンガーにコートとストールをかける。伝線するかもという配慮のかけらもなくストッキングを乱暴にず