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来戸 廉
2024年4月15日 09:34
「……それで我が社の対応としては、どのような案が考えられるのかね」 杉山取締役の質問が会議室に響く。高田がライバル視している同期の松山課長のプレゼンが終盤に差し掛かっている。 この結果で、次の営業部次長が決定すると噂されている。部内発表の形を取っているが、ほとんどの重役が出席する事実上の昇進試験である。高田は、全勢力を注ぎ込んだ今回のプレゼンには十分自信があった。 ――これなら勝てる。
2024年4月12日 11:59
荻野は、難題を抱えていた。これで、三人目か。なぜか荻野の課には、問題のある社員が回されてくる。「荻野君、またよろしく頼むよ」 人事部長に追従笑いしながら、私は心中穏やかではない。 荻野の課では、これ以上人を増やす予算はない。と言うことは、暗に辞めさせろと言っているようなものだ。 前の二人は勤務態度や素行が悪かったから、特に策を巡らせるまでもなく、時間は掛かったが、自ら問題を起こして辞
2024年4月5日 09:45
一昨日、商工会会員の父親が亡くなった。それほど深い付き合いはなかったが、鈴木は通夜に参列した。 鈴木はタクシーを降りて斎場を見上げた。 ほう、立派なもんだ。 ホテルかと見まがうばかりの造りだ。 鈴木が玄関に足を踏み入れた時、ドアの両側にいた二人の職員が近づいて来た。鈴木は何事かと身構えた。だが二人の口元に浮かんだ笑みを見て、肩の力を抜いた。 若い方は数メーター手前で立ち止まったが、年
2024年4月4日 09:41
先日、田中さんから聞いた話を紹介しよう。 田中さんは小さな養鶏場を経営している。鶏は狭いケージには入れず、広い柵の中で放し飼いである。 田中さんは、その中で他と明らかに違う行動をしていた雛を見つけた。田中さんは、それにコッコと名付けてペットにした。手塩にかけて育てたので、愛おしさも一入だそうだ。 田中さんは、昼食後腹ごなしに散歩に出る。1時を少しでも過ぎると、コッコはけたたましく鳴いて
2024年2月22日 09:15
ふうっ。 私が用を足していると、放屁の音とともに大きな溜息が聞こえた。 月曜日の内科は、忙しいのが常だが、今日の午前中は特に患者が多かった。 顔を上げて音のした方を見る。奥の器で放っている御仁が発したものだ。「清水先生、どうなさったんですか? ため息なんか吐いて」 確か外科の主任だ。名前と顔は知っているが、ちゃんと話したことはない。区切られた空間で同じ行為をしているという親近感が声
2024年3月11日 09:38
ん? 山田が気づいた時、いつ来たのかベッドの傍らに五歳ぐらいの子供が佇んでいた。「坊やはどこから来たんだい」「……」「坊やも入院しているのかい」 首を横に振る。「そうか。じゃあ、お見舞いだな。お父さんは?」 ううん。またも首を横に振る。「じゃあ、お母さんは?」 頷いた。「そうか迷子かな。看護婦のお姉さんが来たら、お母さん、捜してもらおう」「おじさんは、どこが悪いの?」「
2024年2月1日 22:02
葬儀屋の社長と社員が、まだ若い女性の仏さんを前にして、厳かに手を合わせた。「じゃあ、始めようか」 社員は準備に取りかかった。社長が、呟く。「かわいそうに、未だ若くて美人なのになあ」「そうでもないみたいですよ。それに顔にかなりメスが入っているって」 社長は、仏さんの身体をアルコールで清めながら、「本当か。でもプロポーションもいいし。もったいないよな」「それだって、シリコンのお陰だそう
2024年2月6日 07:39
「ちくしょう。何でぇ、あんな奴。いなくなればいいんだ」 場末の小さなスナック。斉藤はくだを巻いていた。今日、日頃からそりの合わない課長と派手にやり合ったのだ。「ずいぶんと、荒れてますね」 耳元で声がした。振り返ると、黒い服の男が立っている。「聞こえましたよ。何かお手伝いいたしましょうか」「何だと」 からかわれたと思った斉藤は、呂律の回らない口で気色ばんだ。「あなたの望みを叶えて差し上
2024年2月7日 14:08
ねぇ、マミー。魔法使いって、いるんだよ。絵本に出てくるような恐い人じゃないんだ。普通のおじさん。神様かなとも思ったんだけど、神様は一所懸命お祈りしても、願い事叶えてくれないでしょ。だから、あのおじさんは、きっと魔法使いに違いないんだ。あっ、笑った。嘘だと思っているんでしょ。でも、やっと笑ってくれたね。この所ずっと悲しそうな顔しているんだもん。あっ、そうだ。魔法使いの話ね。それでね、僕に
2024年2月10日 05:38
生まれてからずっと団地暮らしだった。狭い部屋に、家族6人が犇めいていた。 幼稚園児の頃。近くの公園で遊んで帰って団地を見上げると、夕暮れを背にした黒い影が覆い被さるように腕を広げていた。闇に浮かぶ沢山の赤い眼。私は、押し潰されそうな恐怖に足が竦み、母親が心配して探しに来るまで団地の入り口で泣いていた。そんな記憶がある。 ――自分だけの部屋が欲しい。 小学校低学年の頃。友達の家に遊びに行っ
2024年2月11日 10:48
『弘君へ君がこのメッセージを読む頃には、社会人として一歩を踏み出しているかも知れない。あるいは、まだ学究の道を歩んでいるかも知れない。その頃、日本は栄えているか、はたまた衰えているか。目まぐるしく変化する現代で、十一年後を予想するのは非常に難しい。でも、君にはどんな世の中になっていようと、精一杯頑張って生きていって欲しいと思います。回りに流されずに、一歩一歩足元を見つめながら生きてください。
2024年2月13日 04:31
金井真一は弁護士である。加害者の人権擁護団体の理事に名を連ねている。 日本でも加害者の人権擁護運動は活発である。冤罪が叫ばれていた裁判で、死刑囚が一転して無罪を勝ち取ったニュースが、何件か続けて報道された影響が大きかったのかも知れない。 かつては逮捕と同時に敬称が外されたものだが、この頃は容疑者のままである。一方、被害者の権利と言えば無いに等しく、実名で顔も晒される。犯行の様子は生々しく報道