【ショート・ショート】権利

 金井真一は弁護士である。加害者の人権擁護団体の理事に名を連ねている。
 日本でも加害者の人権擁護運動は活発である。えんさいが叫ばれていた裁判で、死刑囚が一転して無罪を勝ち取ったニュースが、何件か続けて報道された影響が大きかったのかも知れない。
 かつては逮捕と同時に敬称が外されたものだが、この頃は容疑者のままである。一方、被害者の権利と言えば無いに等しく、実名で顔もさらされる。犯行の様子は生々しく報道され、遺族の悲しみに追い打ちをかける。被害者の家族へのマスメディアのインタビューは、目をおおいたくなるものがある。どちらが加害者か分からなくなるほどだ。
 金井も、加害者の人権の擁護を被害者のそれより優先するような今般の風潮には、個人的には賛同しかねる。だが、いつか選挙に打って出ようという思惑がある金井は、人権擁護団体からの支持は大切にしたいところだ。

 ともあれ。金井は、先日も一件、殺人事件の弁護を受け、被告の育った家庭環境の悪さ、不安定な精神状態などを盾に、減刑を勝ち取ったばかりだ。法廷で判決が下された時、被害者の父親は、
「お前は、何でこんな奴の人権ばっかり大事にするんだ。娘は虫けらのように殺されたんだぞ。娘には人権はないのか」
 と狂わんばかりに号泣していたが、金井は横目で見ながら通り過ぎた。そんなことを一々気にしていたら、この仕事はやってられない。
 法廷の後の記者会見でも、加害者の人権擁護を訴えた。新聞でも、この手の記事としては、かなり大きく紙面をいて扱っていた。これで、” 人権擁護の弁護士、金井 ” の名は有権者の記憶に留められ、今度の県議会選挙では当選をほぼ手中にしたはずだ。
 金井は満足げに、新聞を置いた。

 それから数ヶ月過ぎた。選挙のことで世話人との打ち合わせを終え、席を立ちかけた時だった。机の上の電話が鳴った。
「はい、金井弁護……」
 妻の叫び声が飛び込んできた。
 ――息子が殺された……。そんな馬鹿な。
 すんでのところで受話器を取り落としそうになった。後は、耳に入らなかった。
「直ぐ帰る」
 金井は、秘書に後を頼むと、事務所を飛び出た。

 家の周りが妙に明るく、かまびすしい。
 ――けっ、ハイエナどもが。
 金井は、遠巻きしている野次馬を掻き分けながら、家に近づく。金井に気づいたテレビカメラが振り向く。目も開けられないほどライトがまぶしい。ストロボが、容赦なく金井に襲いかかる。
「今、どんな気持ちですか?」
「犯人に何と言いたいですか?」
 レポーター達が一斉にマイクを突き付ける。
 ――馬鹿野郎、退け。
 カメラのフラッシュを掌でさえぎり、報道陣にもみくちゃにされながら、何とか家まで辿り着いた。中まで入り込もうとするレポーターを振り切って、ドアを閉める。

 お手伝いが出てきて、妻はショックで倒れて病院に運び込まれたと告げた。
 ――どいつも、こいつも。
 金井は、居間のテレビのスイッチを入れた。ニュースでは、何処で写真を手に入れたのか、息子の顔が大写しになる。顔も見たこともない近所の奴らが、訳知り顔で息子や家のことをしゃべっている。
「……父親の金井貴一弁護士は、人権擁護の……」
 更にアナウンサーは私の仕事や経歴を付け加えていく。
 ――こいつらときたら、何から何まで喰い散らかしやがって。全くハイエナ以下だ。

 その時、犯人逮捕の情報が入ったと、画面が切り替わった。取り囲んだ報道陣をき分けて、刑事が男を両脇を抱えて連行している。
 ――こいつが、こいつが……。
 握りしめた拳が震える。その時、うなれていた男が顔を上げた。うめくように吐き出した言葉を、高性能のマイクが拾った。
「私の人権も守って下さい……」
 ズームアップして、男の顔がテレビいっぱいに映し出された。あっ。金井は思い出した。先日の法廷で泣き叫んでいた被害者の父親だ。
「……ねぇ、金井先生……」


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