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小説

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短編/中編小説をまとめました。。長くないのでサッと読めます。
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#ドラマ

辺りを見渡す雪蛍 1

辺りを見渡す雪蛍 1

 灰色に濁った曇天の空を、いまさら感傷的な面持ちで見上げるほど、僕は人間臭くはない。視界の端には忌々しき木造校舎、昨日積もった雪だろうか ──いや、昨日は久しくみた晴天であり、用務員の天狗爺がわざわざグラウンドに出て、日々の雪かきから賜る霜焼けた両手を、太陽に見せびらかせていたのだった……。
 とにかく、いつ頃降り出し、またいつ頃降り止んだかさえ分からぬ平らな雪の塊が、軋んだ木造校舎の屋根、そのな

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プール・サイド・ストーリー 3

プール・サイド・ストーリー 3

 起きがけの明瞭としない意識。乾燥した空気で喉が痛むために、少し小窓を開けようかとも思った。しかし、とある匂いがふと鼻をついたものだから、僕はそれをやめて、ふたたび布団のなかへと迷い込むことを決めたのだった。
 ──この部屋いっぱいに金木犀が薫る初秋、深々とした山系の落葉樹は、紅葉に至るまでの準備を終わらせてしまったに違いない。昔からこの空気感が嫌いであった僕は、さらに部屋中を侵すであろう秋の気配

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プール・サイド・ストーリー 2

プール・サイド・ストーリー 2

 その日、久しぶりに雨が降った。山の手から遠く見える夕焼けは、そんなことなど素知らぬ態度で、ただ積乱雲の成れの果てを茜色に染めているのだった。馴染みのプールからの帰り、タイミング良くバスに乗り込んだ僕は、冷えた身体をどうする訳でもなく、ただ呆然と窓傍の席に座っていた。
 バスが停車のために速度を落とす際、わずかに開いた窓から、大粒の雨が車内に入り込んできて僕の肩を濡らした。ただ、濡らしていた。

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プール・サイド・ストーリー  1

プール・サイド・ストーリー 1

 九月の上旬、例年であれば夏の延長戦が如く蝉の糾弾も収まることを知らず、太陽にしても残業代をせしめる強い日差しは健在のはずで、我々は夏期休暇の思い出でも語りながら、ただプールサイドのビニール椅子に寝転がってさえいれば、しきりに吐く溜息さえも様式美として昇華されるはずであった。
 
「流石に、この肌寒さでプールはないだろう」
 電話口の向こうで葛西君がそう言えば、僕等は決して美しくない溜息を吐いた。

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夏の準備は風見鶏

夏の準備は風見鶏

 長らくご無沙汰をしてしまいました。というのも、あなたから教えて頂いた素敵な場所が、あまりに心地のよいものだから、本当であればもう色々と考え出さねばならない時分、つい僕は六月の雨音に酔いしれるかのような形で、そしてじきに過ぎてしまうでしょう梅雨の暖かな水滴の感触のみを記憶したままで、この手紙を書いているというわけなのです。
 従って、あなたから是非とお願いされた事項については、何の手もつけてはおら

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桜と共に散る雪を見たか

桜と共に散る雪を見たか

 今日、桜と共に散る雪を見たか。
 僕は見た。地面を染めるわけでなく悪意なき春雪の薄化粧。ほら、我々の視界は実に不明瞭でありながら、それでも苦し紛れに抵抗する桜の鼓動というものを、感じ取ろうとしている。数年前の、あの青年のように。

 青年には、昔から特別に想うところがあり、高校に進学するときも、大学へ入るときも、彼が見惚れた桜より離れることはなかった。彼らは幼い頃からの付き合いだったし、たとえ彼

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第七談話室

第七談話室

 いかにも悪そうな腰を屈めて、彼が暖炉に薪を焚べるところを見ていた。木炭が弾ける音、そしてこの談話室で唯一の熱源である暖炉から離れるのを、さも名残り惜しい面持ちで眺める友人を前にして、僕は少しばかりの心苦しさを感じたのだった。
「俺が誰かを責める権利など、あるわけない」
 こちらの心境を知ってか知らずか、僕に目線を向けないまま彼はそう言った。
「冷たい隙間風、建て付けが悪いせいだ。電灯は数ヶ月前か

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聖夜のチキンレース

聖夜のチキンレース

 混雑する百貨店、長く退屈な行列のなかに、彼女の姿を見つけました。相変わらず、髪は肩まで。相変わらず、腕を組む癖が抜けてない。相変わらず、僕は彼女の後ろにいる。そして、君はふいに振り返る素振りをみせて……。

 なにが我々の関係を割いてしまったのかと、そんな思考が浮かんでは、あまりの女々しさに嫌気がさす日々が続いています。というのも、やはり冬の寒さ、侘しさ、人恋しさは誰しもが共通に受け取るもの。公

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鎌倉少女

鎌倉少女

 あれから五度目の夏を迎えようとしていた。沈みゆく陽の光が、朽ちた小屋の窓から差し込んでくる光景。狭い空間は次第に薄暗くなり、右手に持つ招待状の文字列は、果たして何を表しているのかが分からなくなる。
 床のどす黒い滲みは、わずか数年の月日でここまで大きさを増したのだろうか。壁の端に捨てられたようにして積み上がる舞台衣装、歪んだ姿見からは、彼らの強靭とも言える意志が。
 そして、唯一その姿を保ってい

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叔父、ノアの方舟を買う

叔父、ノアの方舟を買う

 つい先日、叔父が亡くなったことを聞いた。十年ほど前から彼とは疎遠であったし、こちらに電話を寄越した父も、自らの弟の死についてどこか他人事のようにも感じる、そんな簡易的な連絡だった。
 念のために言う。我々は叔父のことを嫌っていたわけでも、疎ましく考えていたわけでも、そして実際に他人事で済まされるような関係性では決してなかった。ただ、彼が彼なりの人生を歩んだ道程に、我々が存在していなかった。それだ

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第七龍泉丸との遭遇

「先生、僕は学校を辞める気はない。どれだけ貴方が嫌いでも、僕はこの世界で生きなければならないのですから」
 思い上がりだ。自らの言葉に、そう思った。

 皆が土を踏み付ける音は、我々の心を映す様にして僕の耳まで届くのである。大いに乱れた足音、地表を捨てた人類が飢えと疲労のためにいま一度下を向いてただ歩いてゆく。昔に聞いた教師の言葉が、稼働をやめた脳に直接響いてくるようである。
「極楽は空に近く、地

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未来世紀の子供たち

未来世紀の子供たち

「知っての通り、航空車が普及した今となっては、航空法の改正により様々な物が規制されています。例えば、打ち上げ花火......」
 ──花火? 

 大人はいつだって、自らが知り得た物をさも創造主の様に語るのだ。僕等の世界は、どこまで行ったとしても彼等の延長であり、そんな生に取り憑かれている我々は、果たしてどこまで足を伸ばせるというのだろうか。

 人類が地を離れて二十五年が経過した。配食の普及によ

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華火116

 遥かなる未来の想像というのは、我々が辿ってきた数千年の歴史を想うより、いくらかは楽なものである。葛西教授は、まるで課題に手をつけようとしない私に向かってそう言った。
 ボードに描かれた様々な風景画、それは彼が創造した新世紀であった訳だが、当時十歳にも満たない少年には理解出来るはずもなかった。
「陸を離れ、空を目指す人類において、困難なのは水、そして食糧の確保だ。我々は天にまで届く太いチューブを介

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きらめけ☆青雲学院!

きらめけ☆青雲学院!

 ハロー! 私、青雲学院の夢見る女子校生、高野ゆかり。いつも退屈な授業ばかりでやんなっちゃう。でも、そんな日々にも心躍る瞬間というのはたしかにあって......。ああっ、噂をすればなんとやら。目当ての彼が、横断歩道を今過ぎようとしているわ。一人の男に翻弄される人生は、果たして惨めかしら? 滑稽かしら?でも、私だって輝かしい青春を、口に出したい年頃なの! 周りが何と言おうと、それだけは押し通させても

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