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ある日の記録

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日常の中でたまに起きる、忘れたくない一日のこと
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#思い出

祖母がくれた褒め言葉

祖母がくれた褒め言葉

あれは6年前の初夏のこと。米寿を迎えた祖母に会いに行こうと、久しぶりに母方の実家へ家族で遊びに行った。父は家で犬猫の面倒を見るため一人お留守番で、行き帰りの道中は母と姉と妹と私、女4人のプチ旅行となった。

ざっくり分けると、家族の中で私と父は基本的にはマイペースなおっとりタイプで、あとの3人はおしゃべり好きなちゃきちゃきタイプだ。性格は違えど、一時期は毎年あちこち姉妹で旅行に行っていたくらい姉妹

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偶然の先にある未来

偶然の先にある未来

大学時代、気の合う男友達がいた。出会った当初の私たちはちっとも仲よくなりそうな気配なんかなかったのに、いつからか距離が縮まり、何かのきっかけで夜の暇な時間に電話でもしゃべるようになり、そのうち2人でごはんに行くようにもなった。女と男ではあるけれど色っぽい空気など一切なくて、ただ2人で話しているのがやけに楽しい、という感覚を共有していることはお互いに分かっていた。

彼は私より先に二十歳になり、酔う

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しょっぱかったバースデーケーキ

しょっぱかったバースデーケーキ

あれは何歳の誕生日だったろう。

子供の頃は毎年、誕生日には母がケーキを作ってくれた。生クリームをハンドミキサーでブーンと混ぜて、ふわふわになった白いクリームを丁寧に市販のスポンジに塗り、間にフルーツを挟んで、最後にまたフルーツとクリームでデコレーションするのが我が家の定番だった。

その年も、食後のケーキを楽しみにしていた。冷蔵庫で冷やしていたケーキをテーブルの上に出し、ろうそくを飾って、家族が

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下界の彼と仲直りした、旅路の夜

下界の彼と仲直りした、旅路の夜

「もしもし、今どこ?」

気まずそうな恋人の声。呼び鈴を押しても出ないから、電話をしてきたのだろう。

黒い空に輝く月と白い雲を近くに感じながら、私は努めてシンプルに答えた。

「富士山、の5合目」

「は!?」

予想どおりの反応に、思わず小さく笑ってしまう。

私と彼はケンカ中だった。

その夜、私は彼に何も言わず、勢いで女友達と富士山に来ていた。勢いと言っても、装備や下調べは万全だ。少し前に

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姉とヨーグルト

姉とヨーグルト

ヨーグルトと言えば、思い出すのは姉のことだ。あまり意識したことはなかったけれど、思えば昔から、姉はよくヨーグルトを食べていた。

私には姉と妹がいる。大人になった今でこそ、姉妹で旅行に出かけたり仲よくしているけれど、小さいころはよくケンカもした。それでも、昔からおやつだけは仲よく一緒に食べてきた記憶がある。

小学校低学年くらいまでは、母が2~3種類のおやつを少しずつ均等に、色違いのプラスチック製

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風の中の手

風の中の手

海の近く、見晴らし台への階段の途中。
上るほどに、風が強く吹き荒れる。
髪は乱れ、生き物のように次々と形を変えていく。
はしゃいで先に進む友人たちの後方で、私はついに立ち止まった。

風が怖い。

優しいそよ風は、好きだ。
だけど荒々しく吹きすさぶ風は、どうにも怖くてしかたない。

一瞬のうちに、どこから来て、どこへ行くのか。
その途方もない距離を思うと動けなくなる。
宇宙に放り出されるような気が

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子どもみたいな、大人の夏休み

子どもみたいな、大人の夏休み

この間の週末、とてもいい日を過ごせた。海外から友達が出張で日本に来ていて、久しぶりに会えることになったのだ。その友達の友達、そのまた友達も集まって、みんなでちょっとだけ遠出をしてきた。

大人になると、こういう時の「はじめまして」をすんなりと楽しめる。下の名前と、どんなつながりの友達かだけ紹介し合って、あとは適当に後から話していく。大好きな友達の友達とそのまた友達は、やっぱり素敵な人ばかりだった。

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あの日、あの時、あの場所でしか出会えなかった人

あの日、あの時、あの場所でしか出会えなかった人

あの夜。いてもたってもいられなくなり、メイクを直して玄関を飛び出した。

最寄駅に向かい、朝のラッシュとは打って変わってすいている上り方面の電車に乗り込む。終電も近い金曜の夜。すれ違う下りの電車は、帰路につく人々で混雑している。数時間前の自分は、どんな表情であちら側に乗っていただろう。がらんとした車内から暗い外を眺めながら、自分の行動にまだ少し驚いていた。

恋人には家を出る前に「おやすみ」とメー

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海へ向かう

海へ向かう

真冬の夜の闇の中、車は街を滑る。

頭上には、いつになく見事な満点の星空。

「代わりに見といて」

ハンドルを握る彼は前方に視線を戻し、ふわりと言う。

彼の隣で、彼の分まで星に見とれる。

地図は出さずに、目指すは海の方。

間違った道をぐるりと回り

また同じ場所に出て、2人で笑う。

見知らぬ街の、見知らぬ坂を上りきると

突然 視界が開けた。

同時に息をのみ、歓声をあげる。

宝石のよ

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「フリ」をしてると積み重なって自分に染みつく。悪い方向でもいい方向でも。

「フリ」をしてると積み重なって自分に染みつく。悪い方向でもいい方向でも。

新卒で会社員になり4年以上経った頃、趣味を通じて友達ができた。当時、クライミングにハマり、仕事帰りに週1~2回通っていたジムで徐々に顔なじみが増え、そのうち何人かとは土日も一緒にジムめぐりをするようになった。みんな年齢も職業も出身もばらばらだけど、壁を登っている間は子どもに戻ったようにワクワクして、本当に楽しかった。

その中に、海外から来て日本で働いている子もいた。背が高くて優しくてお茶目な年下

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ピーナツと「お父さん」

ピーナツと「お父さん」

あれは小学校何年生の時だっただろう。

家族で車に乗ってどこかへ出かけていた。父が運転していて、母が助手席に座り、私たち3姉妹は後ろの席できゃっきゃしていた。

移動中、おやつに柿の種をぽりぽり食べていた。今では柿2、3個にピーナツ1個の割合でバランスよく食べるけど、子どものころは柿のほうばかり食べていた。残ったピーナツを持てあまし、何の気なしに、父に「いる?」と聞くと、父は「うん」と答え、こう言

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