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エッセイ

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ノンフィクション、実録エピソードです。生きづらさ、自己肯定感、悩みが中心。
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#ノンフィクション

中国の田舎で、詐欺に遭う #わたしの旅行記

中国の田舎で、詐欺に遭う #わたしの旅行記

まさか自分が詐欺に合う日が来るとは、思わなかった。

あれは十数年前のゴールデンウィーク前。「ANAのマイルが失効しそうだから、一緒に海外旅行へ行かない?行先は上海ね。もうチケット取っちゃったから」と、同期の女性に声をかけられたのがきっかけだった。

今思えばずいぶんと雑な誘われ方かもしれないが、私はひとつ返事で了承した。当時の私たちはメガバンクで法人営業をしていて、小さな箱の中にぎゅうぎゅうに押

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難病を持つ息子の未来を照らしてくれた言葉

難病を持つ息子の未来を照らしてくれた言葉

 自分が欲しい言葉だけを「やさしさ」だと勘違いしていた。それは間違いであると、長男の闘病生活を通じて気付かされた。残酷な真実であったり、思わぬ方面からの気付きを与えてくれる言葉も「やさしさ」なのだ。前者が悲しい日のおやつのように、心に寄り添ってくれるものだとすれば、後者は暗闇に突き落とされた先にある、未来を照らす灯りのようなものだ。

 あれは長男が五歳になった、夏の終わり。彼の闘病生活が三年目を

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トシオ6号

トシオ6号

 20年ぶりに母校の小学校へ足を踏み入れた時、校庭で大きな違和感を覚えた。運動場の隅に、直径1mほどの木箱が5つほど設置されているのだ。根がボンクラにできており、小学生なんて久しく接してこなかった私は「ここに生徒を入れていじめるのかな」と暗い妄想にふけってしまった。足を進めると、3人ほどの小学生が木箱を囲んでいた。彼らに近づき、私はぎょっとしてしまった。箱には大きく「トシオ」という人名が書かれてい

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不愉快だった料理を、楽しくさせてくれたもの

不愉快だった料理を、楽しくさせてくれたもの

「苦手なことは?」と聞かれたら、真っ先に「料理です」と答えていた。

 就活時代、この返しは大半の面接官に、冷ややかな笑みを浮かべさせた。
「こいつと結婚する男は苦労するだろうな」という憐れみと、
「俺がそうでなくて良かった」という安心感が、歪んだ口元から伝わって来た。

 数年後、そんな女と結婚した男、つまり現在の夫は、その事実を知る由も無かった。
 私の料理スキルが上がったのではない。夫は激務

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サウナで旅先を体感。新しく見える景色。

サウナで旅先を体感。新しく見える景色。

 都会での暮らしは、本当に必要なものが分からなくなってしまう。

 もっと良い暮らしをして、やりがいのある仕事をしている人に出会ってしまう。
 理解のあるパートナーと結ばれ、素直を絵に描いたような子供に恵まれた人が目に入る。

 なんだか自分の人生が、とてつもなく惨めなもののように思えてきてしまう。
 あれもこれも、と欲しくなる。気付くと走り続けていて、息を付くのも忘れてしまうほどだ。

 自分を

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【エッセイ】いきなり老人ホーム

【エッセイ】いきなり老人ホーム

 物心ついた時から「高学歴で大企業の会社員か医者か弁護士にならないと、人生終了」という思い込んでいた。これが変わったきっかけは、大学入試に惨敗したことだけではない。祖父の老人ホームで遭遇した、ある出来事だった。(思い込みが変わった後も、「今まで必死に求めてきた学歴が全てじゃない。だとしたら、自分は今まで何をしていたんだ? そもそも人間の価値って何なんだ?」という問いに、苦しむことになるのだが)。

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存在理由

存在理由

陽が暮れた学校ほど、おかしなことが起こる場所はない。人生で最もおかしなことが起きたあの場所は愛知と岐阜の県境にある、私立の中高一貫校だった。

あの頃、高校校舎の一階廊下の突き当りに鏡が置かれていた。何の特徴もないガラスの板だ。だだ、置いてある場所が妙だった。誰が廊下で身だしなみを整えるだろう? 機能としては最悪だが、高校生の暇潰しには最高だった。正解のある受験勉強に飽き飽きしていた生徒たちは、「

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少年院の職員

少年院の職員

彼に声をかけられた時。私は歩道に寝転がっていた。
三月と思えない陽気。金曜日の夜。マンションの入り口で。

「お前。こんなとこで何してんの?」

聞かれなくても分かっていた。私のような二十三歳の会社員は、誰かと過ごすべきなのだ。悩みを話せる上司。共にいて息苦しくない彼氏。夢を語り合う友達。そんな類の知人は、持ち合わせていなかった。私にあるのは朝までの時間と、静かな歩道だけだった。

「あんたこそ、

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