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トシオ6号

 20年ぶりに母校の小学校へ足を踏み入れた時、校庭で大きな違和感を覚えた。運動場の隅に、直径1mほどの木箱が5つほど設置されているのだ。根がボンクラにできており、小学生なんて久しく接してこなかった私は「ここに生徒を入れていじめるのかな」と暗い妄想にふけってしまった。足を進めると、3人ほどの小学生が木箱を囲んでいた。彼らに近づき、私はぎょっとしてしまった。箱には大きく「トシオ」という人名が書かれていた。

「ねえ、何してるの」

 私は恐る恐る、彼らに声をかけた。言葉を発した直後、とんでもない答えが返ってきたらどうしよう、と後悔した。一時間後には金融広報委員として『お金の授業』を行う予定だったが、その時にいるのは警察かもしれない。彼らは私の声を聞くと、驚いた様子で目をあげた。

「え! 知らねえの?」
「うん。それ、人の名前だよね」
「これはトシオ1号! あっちにあるのはトシオ2号!」

 全く要領を得ない回答をよこす、小学1年生男子たちである。私はスマホをポケットから取り出し学校に連絡をしようとした。

「あーっ! 小学校でスマホいじっちゃいけないんだ!」

 早く彼らに冷ややかな視線を送り、再度スマホに目を戻した。すると背後から話しかけられた。

「こんにちは。金融広報委員の方ですよね」

 40代くらいの男性で、スーツを着ている。6月の蒸し暑い昼間だというのに、メガネの奥にある瞳は涼しげだった。電話でやり取りしていた声と同じなので、おそらく校長先生だろう。

「ほら。早く教室戻りなさい。当番、お疲れ様」

 歓声を上げながら教室へ向かう男子たちを見ながら、私は校長先生に尋ねた。

「この箱、何ですか? 人の名前が書いてあるんですけど」
「コンポストです」

 耳覚えのない単語に私が目を点にしていると、彼は説明してくれた。

 小学生は、給食時でに出る食べ残しや果物の皮などを、コンポストに捨てる。その後、当番制でコンポストの管理を行い、食べ残しや果物の皮などが自然に分解される様子を見守る。

 彼らはゴミを減らす重要性や環境への影響を学ぶと同時に、コンポストの活用方法や自然の循環を理解できる。また、コンポストを通じて生み出される堆肥は、学校の園芸活動や校庭の美化にも活用されているというのだ。

 この取り組みを通じて、自分たちの行動が環境に与える影響を実感し、将来自分たちができる環境保護活動にも関心を持つようになったという。コンポストは家庭でも広がり、家族間でゴミを減らす取り組みが進んでいるのだという。

 説明してくれた校長先生に、私は当初の疑問をぶつけた。トシオと書かれた名前だ。すると破顔一笑、彼はさらりと「あぁ、それ。僕の名前です」と言ってのけた。驚く私に、彼はこう説明した。

 コンポストに校長先生の名前「トシオ」という愛称をつけることで、小学生たちに親しみやすさと共に、ゴミでなく大切なものだという意識を育んでいるのだと言う。小学生たちもこれに大喜びし、コンポストへのゴミの捨て方にも一層の注意を払うようになったらしい。

「自分のした行動が、少しでも地球環境に良い影響を与える。そう自信をつけることで、彼らが大人になった時にも、できることを続けてくれると思うんですよね」

 校長先生は微笑んだ。あたたかく、深い笑みだった。私は小学生に対して大きな誤解を抱いていたことを恥じた。学校では世代を超えて、環境問題に取り組んでいるのだ。一方で、私はどうだろう? フリーランスとして独立した後は、自分のことでいっぱいいっぱいだった。SGDsといった単語が叫ばれているのは知っていたけど、どこか遠い世界のように感じていた。

 数日後、私もコンポストを始めてみた。臭いを出さず、スペースも取らないコンポストをネットで見つけたのだ。自宅に届いたコンポストに、マジックで名前を書き、写真を撮った。またあの小学校に行く機会があったら、彼らに見せるつもりだ。有機肥料によって一層美しくなったベランダガーデニングと、「トシオ6号」を。


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