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不愉快だった料理を、楽しくさせてくれたもの

「苦手なことは?」と聞かれたら、真っ先に「料理です」と答えていた。

 就活時代、この返しは大半の面接官に、冷ややかな笑みを浮かべさせた。
「こいつと結婚する男は苦労するだろうな」という憐れみと、
「俺がそうでなくて良かった」という安心感が、歪んだ口元から伝わって来た。

 数年後、そんな女と結婚した男、つまり現在の夫は、その事実を知る由も無かった。
 私の料理スキルが上がったのではない。夫は激務で、家で食べる機会はほぼ無かったからだ。
これ幸いと、たまに夫婦で食事を取る際は外食で済ませていた。

 当時の私は銀行で働いており、平日は飲み会、土日は資格試験の勉強に追われていた。
 資格試験といっても、自ら望んだものではない。会社から強制的に受けさせられていた。

 銀行という組織は「銀行員に暇を与えるとロクなことをしない」という宗教を信じている。
 あながち間違いでもない。過去に集金と見せかけて、下着を盗んでいた行員がいる。
 他人の車に十円玉で傷をつけることを、唯一の生きがいとしていた課長もいる。

 銀行の性悪説に目を付けた資格業者たちは、様々な資格を金融業界に提供してくれた。
 証券外務員、生保損保、FP、簿記。数か月勉強すれば、特別な能力がなくても受かる。
 私は資格の勉強を理由に、料理から逃げていた。

 しかし、転機は出産とともにやってきた。

 息子が生後半年を過ぎ、離乳食を作る時期が到来した。
 レシピにある「すりつぶし」「うらごし」は呪文にしか見えないが、やるしかない。
 何度か見よう見まねでやっていくも、息子は断固として食べようとしなかった。
 みじん切りすらできなかった私が作ったのだから、無理はない。
離乳食は市販品で乗り越えたが、一歳を過ぎると幼児食がやってきた。

 本来なら、料理教室に行くべきなのだろう。
 パン教室、ベビーマッサージ、ねんねアートまで、嫌というほど教室があふれている。
 育児休暇中に子供のためになることを学ぶのは、世間でも「良いこと」とされている。

 そんな風潮に従っていては、郊外に3LDKの家を買い、住宅ローン返済のために一生銀行で働いて、疲れた目をInstagramで更に酷使し、子供の受験をどうするかで夫と言い争いをし、週末たまに旅行に出かけ、くたびれた一生を終えることになるだろう。

 私は汚く欲にまみれた都会で、好きに生きる道を選びたかった。
 だから、金の力を借りることにした。
 課金先は、ホットクック(電子調理鍋)、ヘルシオオーブン(オーブンレンジ)だ。

 今、我が家には三人の子供がいる。
「ママの作るご飯、おいしいね!」と、毎晩のように言ってくれる。

 この台詞はかつて、CMでしか聞けないと思っていた。
 どうせ幻想だし、SNSで同様の様子をアップするアカウントも嘘にしか見えなかった。

 手の込んだものを作っているわけではない。ほぼ調理家電に任せている
新鮮な食材は多少高くつくが、ネットスーパーで手に入る。

・ホットクックの味噌汁
ネットスーパーで受け取った新鮮な人参と玉ねぎの皮を向き、食べやすいサイズに切る。
豆腐、油揚げも同じくらいに切り、ホットクックに味噌と水とともに入れる。
だしを入れると、味に深みがでる。あとは「味噌汁」ボタンを押せば、調理開始。

・ヘルシオオーブンのチキン
カット済みの鶏もも肉を、皿に乗せる。
周りにじゃがいもときのこを適当に切り、ちりばめる。
その上にオリーブオイルと塩をふり、あらかじめ予熱したヘルシオオーブンに入れる。

・白米
炊飯器もそれなりに値の張るものに変えた。
たまに雑穀米や玄米などに変更しても、専用のモードで炊いてくれる。

 今、料理は楽しい。
「次は別の味噌を使おうかな」「ごま油に変えて、中華風にしよう」と、試行錯誤している。

 私にとっての料理は、鍋やフライパンを使わない。
 しかし家族が「おいしい」と喜び、自分もストレスがかからないなら。
 何より楽しいと感じることができるなら、それで良いと思っている。

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