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サウナで旅先を体感。新しく見える景色。

 都会での暮らしは、本当に必要なものが分からなくなってしまう。

 もっと良い暮らしをして、やりがいのある仕事をしている人に出会ってしまう。
 理解のあるパートナーと結ばれ、素直を絵に描いたような子供に恵まれた人が目に入る。

 なんだか自分の人生が、とてつもなく惨めなもののように思えてきてしまう。
 あれもこれも、と欲しくなる。気付くと走り続けていて、息を付くのも忘れてしまうほどだ。

 自分をすり減らして生きる様は、夏の夜に電灯に群がる虫にも似ている。
 煌々と輝く灯りから離れるために、週末には旅に出る。自分を取り戻すために。

 しかし子供がいる場合、そう簡単に事は運ばない。

 悪夢は移動から始まる。
 車で嘔吐され、においと旅行中の運命を共にすることとなる。
 電車では騒いで白い目で見られ、バスでは意地の悪い運転手に注意される。

 旅行先に到着しても油断はならない。
 絶妙なタイミングで「トイレに行きたい」と言われたり、疲れたと駄々をこねられる。
 一緒に体験したかった場所では、昼寝していたりする。

 うっかり高いホテルなんかに泊まった日には、大変だ。
 部屋で器物破損をしないか、目を光らせていなくてはならない。

 かえって疲れて家に帰路に就くことになる。
 子供が小さいうちは、ある程度は仕方ないのだろう。

 それでもお出かけを楽しみたい。
 そんな親にお勧めしたいのが、「旅先でサウナに行くこと」だ。

 宿泊先についていれば言うことはないが、サウナ付きのスーパー銭湯に寄るもの良い。
 田舎のサウナは都内と違って広いし、安い。店員さんも利用客も、どこかのんびりしている。

 子どもたちは普段、保育園や小学校に行っている。
 二十四時間を共にする旅行は、誰だって疲れる。

 場所にも寄るが、サウナは十二歳以上しか入れないところが多い。
 片方の親に子供を見ていてもらうか、両親を連れて行く手もある。

 夜でなくてはならないわけではない。家族が寝ている早朝という手もある。
 子供を見てもらう相手に負荷がかからない時間帯なら、いつだって構わない。

 サウナで五感が研ぎ澄まされれば、土地の匂い、風の音、小さい虫が見えてくる。
 これらは子供と一緒にいる時では、ゆっくり感じることはできない。

 以前、北海道へ家族で旅行した時のことだ。
 家族が寝しずまった後に、ホテルのサウナに入った。客は私しかいない。

 サウナから水風呂を経て、外気浴をしていると、森の香りが鼻をくすぐった。
 頬を撫でる風はきりっと冷えていて、木々はざわめいている。

 夜の闇は深く、あちこちで虫が蠢く気配がした。
 葉っぱが落ちた先を見つめると、何かの動物と目が合った。
「ここには本物の自然がある」と感じた。

 日中も充分に、大自然を満喫したつもりだった。ラベンダー畑、市場、農場。
 しかし、きれいに箱詰めされ、ラッピングされているような感覚は拭えなかった。

 サウナはそんな旅行の感想を、大きく変えてくれた。
 本物の自然は、もっと大きくて、恐ろしくて、得体が知れない。
 自分は地球に、ただお邪魔させてもらっている存在なのだ。

 そんな事実を知れたのも、ただ裸で寝そべっていたからだ。
 都内のサウナでは、忙しい毎日では、決してできない体験だった。

 もし旅行へ行くことがあったら、ぜひご当地サウナへ行ってみて欲しい。
 先程の話は無人だったが、もし先客がいれば、ぜひ会話してみて欲しい。
 現地の人であれば、面白い話が聞けるかもしれない。

 そうして心身ともに整えば、子供もかわいく見えてくる。
 また都会に戻り、すり切れずに生きていけるようになる。


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