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A piece of rum raisin - 第二ユニバース第10話 洋子1、1986年10月20日(月)、モンペリエ

A piece of rum raisin - 第二ユニバース
第10話 洋子1、1986年10月20日(月)、モンペリエ

登場人物:

●フランス、洋子関連
島津洋子(第二): 仏モンペリエ大学の法学教授、1952年生まれ、1986年34歳
ピエール:仏モンペリエ大学の洋子の同僚
ジョン :ピエールの友人の米国人。フランス外人部隊の退役軍人。
●アメリカ、ハワード&ニック探偵事務所(ジョンの紹介の探偵事務所)
ハワード:アイリッシュ系白人男性、身長180センチ
ニック :黒人男性、身長200センチ
マリー :秘書、白人金髪女性、日本語を話す、捜査情報収集
●アメリカ、NYPD、監察医務局
ノーマン  :NYPDの警視、森絵美の捜査担当
マーガレット:ニューヨーク市監察医務局監察医、医学博士、森絵美の捜査担当
●ビル・ゲイツ(第一、第二):マイクロソフト創始者
ビル・ゲイツ(第二):第一、第二での洋子たちの資金源。1955年生まれ、1986年31歳
●日本
森絵美  (第二ユニ):1979年21歳転移、1985年27歳の時NYで射殺、死亡
神宮寺奈々(第二ユニ):1979年21歳転移、1986年28歳の時絵美の記憶が転移、二つの人格
宮部明彦(第二ユニ):1970年12歳転移、1986年28歳
加藤恵美(第二ユニ):1978年20歳転移、1986年28歳

第1話
  誘惑、1986年10月10日(金)第ニユニバース
→ 森絵美殺害(1985年12月7日)の1年後
第2話
  転移、1986年10月11日(土)第ニユニバース
→ 森絵美殺害(1985年12月7日)の1年後
 第一ユニバース、2010年
第3話
  交代、1986年10月11日(土)第ニユニバース
→ 森絵美殺害(1985年12月7日)の1年後
 第一ユニバース、2010年
第4話
  デート、1986年10月11日(土)第ニユニバース
→ 森絵美殺害(1985年12月7日)の1年後
 第一ユニバース、2010年
第5話
  神岡鉱山、2025年9月8日(月)、第三ユニバース
  高エネルギー加速器研究機構、2010年5月11日(火)、第三ユニバース
第6話
  買い物、1986年10月11日(土)第ニユニバース
→ 森絵美殺害(1985年12月7日)の1年後
  第一ユニバース、2010年
第7話
  融合、1986年10月11日(土)第ニユニバース
→ 森絵美殺害(1985年12月7日)の1年後
第8話
  渡航、1986年10月12日(日)第ニユニバース
→ 森絵美殺害(1985年12月7日)の1年後
第9話
 第一ユニバース、2010年
第10話
  洋子、1986年10月20日(月)、モンペリエ、フランス、第ニユニバース
→ 森絵美殺害(1985年12月7日)の1年後

1986年10月20日(月)、モンペリエ、フランス、第ニユニバース

 モンペリエは、マルセイユからは西に168kmのところにある。モンペリエは、ニース、ナルボンヌ、ベジエなどがローマ時代から都市として存在したのに対して、十世紀以降貴族の荘園として発達してきた都市だ。洋子の勤務するのは、モンペリエ第一大学法学部である。法学部の起源は、十二世紀の法学者が作った。ナポレオン法典の起草時に、モンペリエ大学の教授たちが大きく貢献したと言われている。有名なノストラダムスは、十六世紀にモンペリエ大学医学部に在学した。洋子は、南仏の人口三十万人たらずのこの学園都市が気に入っていた。

 南仏モンペリエの気候は穏やかだ。十月の最低気温は十℃程度。最高気温は二十℃である。洋子は大学の近くの一軒家を借りていた。ベランダには籐の椅子。籐のテーブルに茶器をおいて、講義録を見直していた。洋子は、今日のナポレオン法典の講義はちょっと硬かったな、と思った。アジアから唯一この大学の法学部助教授に任命され、フランス人以外では初めてナポレオン法典の講義を任されているのだ。

 壁にかけているパン屋にもらってきたカレンダーを見ると、今日は十月二十日。絵美の殺害で、明彦から電話があったのが、去年の十二月十日だったなあ、となんとなく思った。今頃の午後六時頃に国際電話があったんだなあ。結局、絵美の調べていた研究ファイルのVolume 06、08、11の内容も中途半端に終わってしまったわね。彼女は何を調べていたのかしらね?

 物思いに沈んでいると、頭がチクッと痛んだ。あら?偏頭痛?後頭部が熱い。風邪かしら?リビングの引き出しから鎮痛剤を出して飲んだ。冷凍庫から氷を取り出し、氷嚢に入れて後頭部に当てた。洋子は、ベッドに横になった。薄着したつもりはないんだけどね?おかしいわ。

 私の脳がおかしな感じがする。脳の中で万華鏡がクルクルと回り、さまざまな色彩を持つ模様が変わっていくようだ。声がする。ひどく懐かしい声が脳内にこだまする。私の声じゃない?でも、その声は年老いている。島津洋子、洋子、とその声は私に呼びかける。だって、年老いているはずでしょ?あなたは、1952年生まれで今三十四才だけど、私の世界では今は2015年、私は六十三才だもの。おばあちゃんよ、洋子。

 普通だったら夢か幻覚と思うだろうが、私はその声に妙に納得した。私の納得が脳内に広がった。これは現実のことなのだ。夢でも幻覚でもない。

 その声が続けた。この宇宙は、無数の多元並行宇宙、マルチバースという複数の宇宙で構成されているの。それらの宇宙には、洋子が存在しない宇宙もあれば、非常に似たような洋子たちが生きている宇宙もあるのよ。それらの宇宙の中で、近接して、洋子が三人存在する宇宙を思い浮かべて。仮に、その宇宙を第一、第二、第三ユニバースと呼びましょう。

 今、あなたが生きているこの宇宙のことを私たちは第二ユニバースと呼んでいるわ。私は、あなたの別の宇宙の記憶なの。私は長い旅をしてきた。まず、第三ユニバースから第一ユニバースに飛んだの。転移と呼ぶのだけど。第三ユニバースでは、あなたの似姿の別の洋子がいる。1971年生まれで、転移した時は2010年だったから、三十九才だったわ。第一では、別の洋子はあなたと同じ1952年生まれ。転移した時は、1979年。そこの洋子は二十七才だった。生年月日や電話番号は、いくら似ている宇宙でも、多少違うのよ。

 なぜ、第三ユニバースの洋子がそんなことをしたかというと、第三も第一も超新星爆発で起こるガンマ線バーストで、生物種の90%以上が死滅することがわかったから。私たちは、それを阻止しようとして、私たちの記憶を第一の私たちの似姿、その人間を類似体と呼んでいるけど、類似体に転移させたの。

 超新星爆発みたいな、宇宙の大規模な出来事をどう阻止するか、なんて、キチガイじみていると思わない?思うわよね。しかし、それを私たちは、膨大な資産を形成して、科学の発展を後押ししたの。そして、世界政府を形成させた。世界中が協力して、百メガトンの水爆を搭載したICBMを六千発発射して、ガンマ線を防ぐシールドを作ろうとしている。もう一歩で、それがうまくいきそうなの。

 第一での動きを第三に伝えて、第三でも同じようなことをして、第一と第三の種の滅亡をなんとか防止できそうになってきた。え?第二?第二は、なんとか、超新星爆発で起こるガンマ線バーストの標的からはずれそうなのよ。だから、私たちは、しばらくあなたのいる第二ユニバースへの干渉をしなかったの。

 ところが、第一、第二、第三に太古から存在する組織、それをNWO(新世界秩序)と呼びましょう、そのNWOが妨害することがわかった。詳しいことは、あなたの世界のビル・ゲイツに訊いてちょうだい。すぐに彼に会えるわ。そして、そのNWOを詳しく調査していたのが、あなたが去年ニューヨークに行って調べた森絵美だった。

 だから、この世界でも必要だけど、第一、第三でも、絵美の調査していたNWO(新世界秩序)の情報が必要なのよ。私たちは彼らの妨害を阻止して、地球の種の大量絶滅を防がないといけないの。

 え?さっきから、私たちって言っているって?そうよ。第一、第二、第三にも島津洋子だけじゃなく、宮部明彦、森絵美、加藤恵美がいるのよ。この三人はあなたも知っているでしょう?他にもメンバーはいるけど、ここ第二ではこの三人をあなたは知っている。

 特に、明彦は、あなたの愛人だったんだから。絵美と恵美はあなたの恋敵だったじゃない?第一と第三のこの四人の関係は違うけれど。男女の関係にはないの。この関係があるのは、第二だけよ。

 第三のあなたと明彦、絵美、恵美は1971年生まれの同い年だけど、第一とここ第二は、あなたは明彦よりも六才年上。それで、ちょっと癪に触っていたこともあったわよね?絵美に比べて年上のハンディがあるなんてね。私はあなたの類似体なんだから、あなたの考えそうなことはよくわかるわ。

 第二のここでは、あなたは法学者だけど、第一と第三の私は、素粒子物理学者なの。ここモンペリエから近い、ジュネーブの近くのセルン、欧州原子核研究機構に勤務している。第一と第三には記憶転移装置があるから、私の全部の記憶も転送できるけど、この第二は1986年、装置は製造できないわ。まだ、二十年くらいまたないと、装置に必要な半導体やハードウェア、ソフトウェアが手にはいらないの。だから、私のこの記憶は必要最小限ということ。でも、物理学の知識とか、今説明していることは転送した。

 え?でも森絵美は殺害されてこの世のいないですって?それがね、私たちが干渉したわけでもないのに、死んだ森絵美の記憶が、奈々という彼女の親友の体に転送されたのよ。偶発的な現象なんだけど、私には何かの神の摂理を感じさせるわ。

 さあ、だいたいそんなところ。あなたの脳の海馬を通じて、大脳皮質に私の記憶が移って、パケットデータが解凍されて、結合して、あなたの脳のシナプスが改変されているわ。そうしたら、あなたは私の記憶域を読めばいいだけよ。これを知りたい、とあなたが思えば、あなたの脳にある私の記憶域からデータが呼び出されて、思い出せるわ。経験したことがないのに、思い出すって変でしょ?デジャブとかア・プリオリ(先験的な知識)と思ってちょうだい。

 さあ、そろそろ、あなたと私が融合するわよ。そうしたら、あなたはもっと知ることができる。さあ、いらっしゃい。そうそう、もう少ししたら、明彦から電話があるはず。第一からここにほとんど同時刻の時点で記憶転移をさせたから。さあ、洋子、思い出しなさい。

 私はベッドから起き上がった。壁時計を見た。五分と経っていなかった。そう、洋子と洋子の記憶が融合したわね。私は知っているわ。何をしなければいけないかも。

 一時間ほどして、日本から国際電話がかかってきた。「もしもし、洋子?」と明彦の声がした。私は「十ヶ月ぶりね。また、ニューヨークに飛ぶのね?」と答えた。「その話しぶりだと、記憶転移がうまく行った、ということだな?洋子?」「ええ、完全に」

「大学の講義の代講を頼んだりしないといけないので、すぐにはニューヨークには行けないわ」
「こっちもメグミや奈々のパスポートの手配があって、仕事も辞めないといけないし、ビル・ゲイツからの送金を待たないといけない。だから、NY行きは、十一月になるだろうね。資金は心配しないで。ビルからの送金が済んだら、キャッシュとトラベラーズチェックでニ十万ドルくらい持っていく。日本円で三千ニ百万円(1986年、1ドル≒160円)くらいになるはずだよ」
「あら?すごいじゃない?」
「ビルにメグミの会社宛てで三百万ドルの資金送金をお願いしたんだ。だから、今回は大掛かりにニューヨークで人を雇って、調査をすることも可能だよ」
「ふ~ん、そうなら、まず、ボディーガードを雇うわ。かなり、ヤバいことになるかもしれないから」
「それは洋子に任せるよ」

「うん、大丈夫。フランスのコネでなんとかしてみる。でも、奈々さん、会うのが楽しみね。その子、奈々なの?絵美なの?融合したの?」
「両方だ。ぼくらみたいな類似体間の記憶転移と違う。だから、まだ、二つの独立した人格が一つの体に入っているんだ。落ち着くまで時間がかかるだろうね」

「ふ~ん、私は複雑な心境だわ。絵美が生き返って(?)うれしい反面、ね?わかるでしょう?」
「メグミもそう言っている」
「まあ、仕事優先にしましょう。でも、明彦、ちょっとくらいなら、いいでしょう?わかるわよね?ウフフ」
「洋子、頼むよ、話が複雑になるから・・・」
「あら?冷たいのね?会ってからのお楽しみにしておきましょう」
「やれやれ・・・」

第一ユニバース、2010年

 第二への転送が終わって、明彦と洋子は装置から出てきた。

「恵美が『第二での行動は向こうのメグミちゃん次第だよ。私の責任じゃありません』って言っていたらしいけど、私も同じことが言えるわね。『第二での行動は向こうの洋子次第。私の責任じゃありません』って」と洋子。
「そこが心配なところだな。しかし、ここ第一、第三と第二のぼくの人格は違うようだね。あっちのぼくは、なぜこうも女性問題を抱え込むんだろうか?」と明彦。

「あら?こちらでも、私たち、独身なんだから、アバンチュール可能よ。私、閉経しちゃってますけどね」
「洋子、勘弁してくれよ。もう、キミは五十八才で、ぼくだって五十二才なんだよ?」
「二十世紀だったら、もう初老なんでしょうが、二十一世紀はまだまだ現役よ。ねえ、明彦、してみる?」
「洋子、第二の洋子の記憶域の影響がでてないか?止めて欲しい」
「まあ、もったいないこと」

1986年11月10日(月)、ニューヨーク、アメリカ、第ニユニバース

 洋子は、去年ニューヨークから帰国した後、護身術を習い始めた。大学の同僚のピエール(今回、授業の代講をお願いした私に惚れているやつ)がフランス外人部隊の退役軍人を知っていたので、紹介してもらった。

 フランス外人部隊は、下士官以下は基本的に外国人志願者である。紹介してもらった彼女の教官はベトナム戦争経験者のアメリカ人だった。名前は、「ジョン」としか教えてもらえなかった。外人部隊は、本人が望めば名前や国籍、経歴を変えることも可能なので、本名じゃないのだろう。

 洋子が習ったのは、アメリカ人なので、フランスの体術のサバットではなく、海兵隊式の近接格闘術である。徒手空拳によるものだけではなく、警棒とナイフ、拳銃を使用した護身術を習った。「洋子は女性だからな。いくら徒手空拳で体術に長けたとしても、男性の七割には敵わない。だから、男が近寄ってくる前に、拳銃でバンっと撃ってスタコラ逃げてしまうのが一番だよ。女性用のオススメは、スミス&ウェッソン M&P9 シールド M2.0とかだな。500グラム。ハンドバックにしまっても苦にならない。装弾数は七発だ。マニュアルセイフティがないから危険だが、イザという時にセイフティをリリースしないでも撃てる」と彼の手持ちのスミス&ウェッソン を使って練習させてくれた。

 今回のニューヨーク行きに際して、ジョンに向こうでの捜査とボディーガードの人選を頼んだ。「ジョン、今度ニューヨークに行くけど、CIAやFBIが絡む日本人女性の殺害犯の調査に行くのよ。詳しいことは言えないけど。ヤバいことになるかもしれない。それで、向こうでの調査を助けてくれて、ボディーガードをお願いできる人間が必要なんだけど、誰か心当たりの人はいない?ピンカートン社絡みは絶対にダメよ。CIAやFBIにバレるかもしれない。小さい探偵事務所がいいんだけど・・・」と洋子が聞くと、「なんだ、それなら、俺を連れていけよ。暇なんだよ。向こうに知り合いもいるからな。手助けしてやれるぜ。どのくらいの期間だい?」「そうね、十一月の中旬から、ニ、三週間。クリスマス前には帰れるわ」「費用は?」

 洋子は、ジョンに森絵美の射殺事件の背景を一通り話した。ニューヨーク市立大学(CUNT)の院生で、FBIの下級調査員もしていたことなどを。彼女のファイルにジョン・ヒンクリー、ブッシュファミリーとCIA、FBI、ピンカートン社の資料があって、FBIのNCAVC(国立暴力犯罪分析センター)と凶暴犯逮捕プログラム、プロファイリングの技術資料などがあった、という説明をした。もちろん、NWOの話はしなかった。

「それで、森絵美の親族が彼女の殺害理由を知りたいということで依頼が来たのよ?」「おいおい、洋子、何か隠しているのはわかる。大学の法学の助教授にそんな依頼なんてしないだろう?普通?まあ、いいけどな」「その内、説明するわ。だから、ヤバくなりそうかもしれない。護衛する人数は、日本人男性一名、日本人女性は私を含めて三名。みんな英語を話すわ。こういう内容の事件だけど、相場で費用はいくらくらい?」「そうだなあ、俺の分で、経費抜きで週千ドル、七日皆勤だ。知り合いの探偵事務所に週ニ千ドル。危険手当抜きだぜ。危なくなったら追加をもらう」「あら?意外と安いわね。わかった。手付で六千ドルと経費千ドルの七千ドル。二週間分ね。キャッシュでお支払いします。手付けと経費がなくなったら、随時請求、という条件でいかが?」「気前がいいじゃないか?」「資金は潤沢にあるから。宿舎はペニンシュラでよろしい?」「ますます、気前がいいじゃないか。気に入った。引き受けるぜ」

「向こうで、森絵美の捜査担当はNYPDのノーマン警視、遺体の担当は、ニューヨーク市監察医局のマーガレット医学博士よ」
「わかった、調べておく」
「じゃあ、スケジュールが決まったら連絡するわ」
「ところで、洋子、まさか、いつものようにストローハットをかぶって、ミニスカートで行くんじゃないだろうな?あっちは寒いぜ」

「バカね、向こうの気象は知ってるわよ。南欧と違うわよ」
「できるだけ、地味な格好にしてくれよ。護衛する他の日本人にも言っておいてくれ。東洋のお姫様三人を護衛したくないからな。目立っていけない。キミみたいな女性なら、ただでさえ目立つからな」
「あら、お世辞?アリガト。それは了解。彼女たちに言っておきます」

 モンペリエ メディテラネ空港は、市街地から十キロ、車で十五分程度の距離にある。地中海に面したラグーンのエタン・ド・ロールに面している小さな地方空港だ。洋子は、ジョンが地味な格好、地味な格好と強調するので、白のタートルネック、黒のストレッチジーンズを着た。黒のウールのニットキャップをかぶった。黒のトレンチコートを手に持っている。空港のデパーチャーで待っていると、ジョンがタクシーから降りるのが見えた。スーツを着ている。どこにでもいそうなビジネスマンのなりをしている。小さなスーツケース一個だけ。洋子は、大型のスーツケースを三個抱えている。「洋子、バカンスに行くつもりか?そんな荷物、何を持っていくんだ?」「ジョン、女性は、あらゆる場面を想定して、フォーマルからカジュアルの服を用意するものなの。詰め込むとこうなるのよ。さ、私のもお願い」とジョンに荷物を持たせてしまう。「やれやれ、ポーター役の代金はもらってないぜ」とジョンがブツブツ言う。

 モンペリエからパリまでは、エール・フランスで移動した。飛行時間は一時間半だ。シャルル・ド・ゴール空港の第一ターミナルからエール・フランスのB747で行くことにした。コンコルドで行くことも考えたが、時間に追われているわけでもなく、B747が九時間弱、コンコルドが四時間弱、五時間飛行時間が短くなる。だが、人に聞いた話だが、コンコルドの飛行中の盛大な騒音、トイレの狭さ(パンティーをおろすのも大変)、エコノミー並の座席のサイズを考えると、B747のファーストクラスの方が断然良いに決まっている。明彦も資金は潤沢と言っているのだし、ファーストクラスで良いわよね?と洋子は思った。

 飛行機の中で、洋子とジョンはたわいのない話をした。ベトナム戦争が済んだ後、アメリカに帰国したら、女房が友人とできてた話。幸い、子供がいなかったので、すぐ離婚してやった。ベトナムで知り合ったフランス人から外人部隊を紹介してもらって入隊。アフリカや中央アジアに派遣された話。洋子も明彦や恵美、奈々の話をしておいた。むろん、奈々に絵美の人格が入っていることは伏せておいた。

 ケネディ国際空港に着くと、ジョンが「洋子は先にチェックインしておいてくれ。俺は後から行くから。まず、車の手配をして、こっちの探偵と話をつけてくる。キミのルガーも手に入れておく。車は、でかいヴァンがいいよな?キミがスーツケース三個なら、日本からくる他の二人のお姫様はスーツケース何個になるんだかわからんものな」と洋子をまずタクシーに乗せて、別行動を取った。「夕食は一緒にとれるでしょ?」と洋子がタクシーの窓越しに聞く。「ああ、後で部屋に電話するよ。日本食は止めてくれよ」「ジョン、ニューヨークに来て日本食なんて食べるもんですか。血の滴るステーキを食べるのよ」

 翌日、ジョンがミッドタウン・イーストにある探偵事務所に案内してくれた。洋子は薄汚れたビルに入居している事務所を想像していたが、ペニンシュラからパーク街に出て、イースト四十六番ストリートを曲がったところにあるビルは、カナダ総領事館のビルの真ん前だった。

 三十九階にエレベーターで登った。ハワード&ニック探偵事務所とドアに書いてあった。ドアを開けると、映画で見るような受付に金髪の女性がピンクのバブルガムを膨らませてファッション雑誌を読んでいた。ソバカスがあるがすごくカワイイ。まったく、映画を地で行く絵に書いたような場面じゃない?

「おい、マリー、接客態度、悪いぞ」とジョンが言う。
「あら、ジョン、お久しぶり。ハワードとニックが待っているわ」と奥の事務所のドアを開ける。

 マリーが「ハワード、ニック、お客様よ」と言った。「コーヒーで良いわよね。コーヒーしかないんだけどね。ジャパニーズティーはないのよ」と洋子にウィンクする。あら?私、この子気に入ったわと洋子は思った。

 ハワードとニックの事務所は、L字型にデスクを配置してあった。窓際に白人の男性が座っている。アイリッシュ系かな?と洋子は思った。洋子を見てニコッとした。もう一つのデスクには、黒人の男性が座っている。洋子をジロッと見る。

 二人が立ち上がった。ハワードがデスクの正面にある革張りの応接セットを指差して、さあ、そちらにどうぞ、とジョンと私に言った。ハワードは180センチぐらいあるだろう。ニックは2メートルくらいかな?

 応接セットにジョンと洋子が座った。正面にハワードとニック。マリーがコーヒーを持ってきて、配ると、ニックの隣りに座った。あれ?ただの受付の子じゃないの?と洋子は思った。

「ハワード、ニック、マリー、こちらが島津洋子教授。法学博士だ。我々のクライアントだ」とジョン。
「私がクライアントではなく、私たちのグループがクライアントになります。私は先遣隊みたいなものです。ジョンから聞いていると思いますが、昨年もここにまいりまして、森絵美の遺体確認とその後始末をいたしました。今回、遺族からの要望で、殺害原因を調査することになりました。FBIも噛んでいる様子。危ないことが起きないことを祈りますが、万が一のためにみなさんにお願いをすることと致しました。みなさん、よろしくお願いいたします」と洋子が説明した。

「ミス島津、ジョンから聞いたが、隠されていることもあるんだよね?」とハワード。
「スミマセン。確かにそうです。残りの三人がニューヨークにまいりましたら、打合せして、情報の開示範囲を決めますので、少々お待ち下さい。それから、マイクロソフトという会社のCEOのビル・ゲイツ氏もまいりますので、彼とも相談したいのです。

「え?あのMS-DOSとWindowsのマイクロソフト?」とマリーが聞いた。
「マリーさん、よくご存知ですね?」
「エヘヘ、私がハワードに無理を言って、日本からToshibaのJ-3100というラップトップを輸入してもらったんですよ。ニ千ドルですよ!RAMが640KB、3.5インチのフロッピーディスクがツードライブの最新型なんです。アメリカでは、ハンディーなコンピューターはIBMも出していないんです。日本が一番。これでスプレッドシートで情報整理しているんです。私は日本語も少し話せます」と驚くようなことを言う。
「ああ、じゃあ、マリーさん、ビル・ゲイツさんのことをご存知なのね。彼がアメリカでの私たちのパートナーです。あ!私はヨウコと呼んで下さいね」このマリーさん、バブルガムをただ噛んでいるおバカじゃないわね?と洋子は思った。

「じゃあ、ヨウコ、ここでの分担は、ジョンがリーダーだ。私とニックは力仕事専門。マリーは調査担当で、ヨウコのチームを補佐する。ジョンは24時間だけど、我々は、十二時間勤務くらいかな?それで、ジョンから聞いている契約内容で構わない。契約書はこれだ。署名して欲しい」とハワード。

 洋子は、契約書を二度読んだ。問題はない。しかし、一点、注文をつけた。「このオプションの項目に追加事項を書き入れて。この探偵事務所が入っている保険とは別に私たち負担で、死亡保険付の傷害保険を契約して下さい。上限額は五千万ドル。ジョンも含めてね。死亡時の保険の受取人はそちらで指定なさって下さい。それから、危険手当は、発生時に倍額とします。通常時とは別に、追加で支払います。手書きで結構です。それでサインします」と洋子は説明した。それはハワードたちの思っている以上の内容だ。

「ヨウコ、そんなことが起こると思っているのか?単に、日本人の女子学生の殺害調査だろう?」とハワード。
「日本のことわざで、転ばぬ先の杖、というのがあります。もしもの際の、というオプション項目ですわ。今は、私がサインしますが、ビル・ゲイツにも私たちの後見人としてサインをお願いしておくつもりです」
「う~ん、思っていた以上に厄介そうだな。後で、話を聞かせてくれるんだろうね?」
「日本からメンバーが来て、ビルが来たら、詳しい話をしますわ。この条件で、みなさん、どうでしょうか?」

 そこで初めてニックが口を開いた。「気に入った。そこまで手を尽くしてくれるんだ。俺に異存はないぜ」彼がそう言うと、ニックもマリーもうなずいた。

「じゃあ、ヨウコ、みんなが来たら作戦会議をしましょうよ。もっと私も情報がほしい」とマリー。
「ヨウコ、マリーは調査担当だけど、身辺警護も可能だからな。拳銃とナイフは凄腕なんだよ」とジョンが言う。
「みなさん、ご協力ありがとう。いいチームになりそうね。安心したわ。ジョン、ありがとう。いい人たちを紹介してくれて」
「ま、すべてビジネスだ。日本人と違って、俺たちはドライだからな」


第8話 渡航、1986年10月12日(日) 第ニユニバース

第9話 第一ユニバース、2010年

第10話 洋子、1986年10月20日(月)、モンペリエ、フランス、第ニユニバース


雨の日の美術館Ⅹ

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雨の日の美術館 XIV

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シリーズ「雨の日の美術館」

シリーズ「北千住物語」


フランク・ロイドの作品ポータル

複数のシリーズでの投稿数が増えてきましたので、目次代わりに作成しました。


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シリーズ「A piece of rum raisin - 第2ユニバース」

A piece of rum raisin - 第3ユニバース

シリーズ「フランク・ロイドのヰタ・セクスアリス-雅子編」

フランク・ロイドの随筆 Essay、バックデータ

弥呼と邪馬臺國、前史(BC19,000~BC.4C)


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